23、本線乗車とエルフの近況
「支線はSLだったけど、本線は新幹線なんだ」
流線型の美しいフォルムを持つ車体にマリオは感心しきった視線を送る。
「おい、マリオ。こいつもお前のリュックに入れといてくれ。
そうしとけばいつでも出来立てが食えるだろう」
中身はすべて食べ物という大荷物を抱えたリョクが、そう言って後を
追ってくる。
確かに時間停止機能が付いているマリオのリュックならそれは可能だろう。
あれからイツキに居所を聞いて急いでリョクの下に向かうと、やはりと言うか
その姿は屋台街にあった。
「こいつらは此処でしか食えねぇんだろ。だったら喰い納めをして
おかなきゃな」
カカッと笑ってから、気に入った料理をせっせとテイクアウトにして
もらっていた。
「こちらになります」
2人してパスを見せると乗務員が先頭車両にある個室へと
案内してくれた。
中はマホガニー風の家具とアールヌーボに似た調度品で飾られた
一流ホテルのスィートと見紛うばかりの豪華な部屋だった。
「凄いね。本当に此処を使っていいのかな?」
「向こうがいいって言ってんだ。構うことはねぇさ」
完全に腰が引けてるマリオと違いリョクは至ってマイペースだ。
「…やたら豪華だと思ったら内装はオリエント急行仕様なんだ」
カウンターテーブルにあった車内案内書に目を通すと、この部屋の
由来が記してあった。
此処は4部屋しかない特等席で、オリエント急行の超豪華寝台車
『青き貴婦人』をカトウが心血を注いで寸分違わず再現したものだった。
さすがは鉄オタ、信念に揺ぎ無し。
「ふみゃ」
マリオの肩で大きな欠伸をするタマの頭を撫でてやると、そのまま
ウトウトと船を漕ぎ出す。
寝子とはよく言ったもので、いくら寝ても眠いようだ。
安心しきって眠る様は微笑ましく、マリオはタマの為に街で買った柔らかな
クッションを取り出しその上に乗せてやる。
「おおっ、此処には食堂車があるじゃねぇか」
座席の反対側にある二段ベッドの上からヒョイと顔を覗かせたリョクが
案内書を片手に嬉々とした声を上げた。
「他には…遊戯車両とかもあるね」
遊戯車両にはダーツにリバーシー、カードゲームにルーレットなどがあり
お客を退屈させないよう工夫を凝らしている。
しかしそれらを利用できるのは2等席の乗客までで、支線と同じで
3等席車両からは移動が出来ないようになっている。
停車駅でホームから入り込もうとしても、乗車の際には必ずチケットの
提示が求められるのでまず無理だ。
だが何にでも例外というものがある。
「あれは?」
派手な歓声や笑い声に窓を開けると、遊戯車両に入ってゆく賑やかな
集団が見えた。
「彼らは旅芸人たちです。興行を打ちながら国々を回るのです。
芸人協会の登録証を持つ者はカトウ鉄道での運賃は無料とされており
見返りとして車内で芸を披露するようです」
イツキの説明に、そうなんだとマリオは彼らを見つめる。
「地球でいうジプシーみたいなものかな」
ヨーロッパを回っていた時に知り合いになった人達のことを思い出し
ながらマリオはリョクに聞いてみる。
「後で遊戯車両を覗いてみようか?」
「おう、食堂車に行った後でならいいぜ」
お約束な答えに笑んだまま頷くマリオを乗せて魔同列車は静かに
動き出した。
「我が王にご報告がございます」
走り出してしばらくするとイツキが居住まいを正してマリオに対峙する。
「何?」
不思議そうに小首を傾げたマリオにイツキは眷属たちから伝えられた
事柄を口にする。
「エルフ族ですが、どうやら日頃の行いの報いを受けるようです」
驚きに目を見開くマリオにイツキが語ったことによると。
先日、神殿の紋章に光が戻ったことにより新たな緑の王が誕生したことが
世界に知れ渡った。
いつもならエルフ族が新王の即位と同時にその報を携えた使者を各国に
向かわせるのだが、今回はいつまで経っても使者がやって来ない。
よって巷では新王はエルフ族からではなく、別の種族から立ったのではと
ちょっとした騒ぎになっているという。
何しろエルフ族の評判はすこぶる悪い。
緑の王の威光を笠に着て他種族を貶め、陳情者に対して法外な金を
要求してきたのだからそれも当然だが。
この先、後ろ盾だった緑の王を失ったエルフ族の未来が暗いものに
なるのは間違いないだろう。
「ケッ、絵に描いたような自業自得じゃねぇか」
早速マリオに教わった言葉を使い、いい気味だとばかリにリョクは
人の悪い笑みを浮かべた。
「ですのでエルフ族はこの状況を打破すべく動き出しました。
我が王を自らの陣営に引き込む為の捜索隊が組織され、先ほど各国に
向け旅立ちました。
どうやら見つけさえすれば他種族であってもエルフ族の求めに応じて
簡単に言うことを聞くと思っているようで」
「つまり僕を前の緑の王のように傀儡として利用したいってことだよね」
「そのようです」
マリオの言にイツキが眉間に派手な皺を寄せて頷く。
「エルフってのは馬鹿なのか?そう都合よく事が運ぶわきゃねぇだろ」
身も蓋もないリョクの言にマリオも苦笑を浮かべる。
「自分たちを中心に世界が回ってるって本気で信じてるみたいだね。
長い間、好き勝手しすぎて頭の中が退化しちゃったのかも」
サラッとリョクより酷いことを言ってのけてからマリオはイツキに
向き直った。
「エルフ族についてはこの先も見張っておいてくれる」
「はい、何か動きがありましたらお知らせいたします」
胸に手を添え、イツキは頭を下げた。
「値段だけのことはあったな」
ポンと満足げに腹を叩くリョクに、そうだねとマリオも同意する。
食堂車の料理は屋台街の3倍から4倍の値はしたが、盛り付けも美しく
味も満足のゆくものだった。
「けどあの取り澄ました雰囲気はいただけねぇな。
飯はもっと自由に喰いたいぜ」
さすがにドレスコードは無かったが、裕福層が利用するだけあって
食堂車はそれなりの品位を要求される場所だった。
おかげでそういった場所に不慣れなリョクは大変だったようで
マリオに基本のマナーを教えてもらいながらの食事に四苦八苦していた。
「この先が遊戯車両だから、此処は食堂車みたいなことにはならないと
思うよ」
「そう願いたいぜ」
軽く肩を竦めながらリョクは車両のドアを開いた。
「いらっしゃいませ」
2人を笑顔で迎えてくれたのは身体のラインを露わにした黒いスーツを
着こんだ妙齢の女性のコンパニオンだった。
「ご利用は初めてですか?」
「はい、遊び方を教えてもらいたいんですけど」
マリオの言葉に女性はパンフレットを手渡しながら説明を始めた。
「まずそちらのカウンターでチップを御購入ください。
この車両に有るもののご利用はすべてチップでの支払いとなります。
ゲームの掛け金もチップでお願いいたします。
車両を出る時に払い戻すことも出来ますし、チップのままお持ちいただく
ことも可能です」
「分かりました。ありがとう」
「楽しい時をお過ごし下さい」
綺麗なお辞儀をしてみせる彼女に手を振り返すと、それぞれチップを
購入して次の扉を開けた。
「おおぅ、スゲェな」
「うん、前にルイージ祖父ちゃんに連れていってもらったモナコのカジノ
みたいだ」
天井から吊るされている豪華なシャンテリアの下にはルーレット台が
置かれ周囲を多くの客が取り囲んでいる。
その隣ではカードを手にした者達がディーラーを相手に真剣勝負を
繰り広げていた。
反対側にはダーツ場とリバーシーが揃えられた4台のテーブルが並び
最奥にある小さな舞台では、さっき見かけた芸人たちが軽快な音楽に
乗ってダンスを披露している。
若い女の子たちが長いスカートを翻して踊る様を鑑賞していたら
なあなあとリョクがマリオの袖を引いた。
「あのデカくて回ってる奴は何だ?」
「ルーレットだね。あそにある白い球が何番に入るかを当てるゲームだよ。
他に赤色か黒色かとか偶数か奇数かとか賭け方はいろいろあるよ」
「面白そうだ」
そう意気込んだリョクだったが…賭け始めるとどれも大当たり
その前にどんどん高くチップが積まれてゆく。
「凄いね、リョクさん」
感心するマリオに、あたぼうよとリョクが得意げに胸を反らす。
「俺らは川向こうにいる得物の動きを予測しながら狩りをするんだぜ。
こんな近くで転がる玉が何処に入るかなんて簡単に見定められるさ」
「なるほどね」
虫人の視力と勘の良さに感心してから、マリオはリョクの下を離れて
リバーシーがあるテーブルにやって来た。
そこではシックなスーツを来た40代くらいの紳士が一人、盤に石を置いて
真剣な顔で何やら考え込んでいる。
どうやら相手をしてくれる者がいないようだ。
「お相手願いますか?」
「もちろん」
笑顔を浮かべる紳士の向かい側の席に座り、相対する。
「この車両には私に勝てる者がいなくてね。いささか退屈だったのだよ」
「でしたらその退屈を紛らわせられるよう頑張ります」
「それは楽しみだ」
微笑んだ紳士だったが、それはすぐに真剣なものに変わる。
次々と置かれる石に隙はなく対応を間違うとたちまち追い詰められてしまう。
「…参った」
軽く両手を上げて紳士が敗北を認める。
「君は年若いのに凄いな。こんなに打つのが楽しかったのは久しぶりだ」
「喜んでいただけたのなら良かったです」
笑顔を浮かべるマリオに紳士は再戦を申し出た。
それを了承し3度ほど対戦したが、結果は2勝2敗。
「…残念だがもう戻らなくてはならないな」
紳士が上着のポケットから金の懐中時計を取り出し、深いため息を吐く。
「お相手していただいて楽しかったです」
「私もだ、ぜひまた戦いたいものだ。申し遅れた、私はディオ・ユンヘルド
ウェステリア国で侯爵の位に着いている」
「侯爵様でしたか!?…ご無礼を」
「ああ、そう改まらなくていい。君の名は?」
「マリオ・タチバナです」
「ではウェステリアに立ち寄った時はぜひ私の屋敷を訪ねてくれ。
今日の続きをしよう」
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたマリオに笑みを返してから、侯爵は遊戯車両を
出て行った。
「ところでリョクさんは…」
辺りを見回すと、ルーレットに飽きたのか今はダーツに興じていた。
腕の方は、まあ上手いくらいで内心マリオはホッとした。
これ以上目立つのは何かとよろしくない。
何しろ既にその周囲を多くの者が取り巻いている。
リョクを妬みの目で見ている者…どうやら随分と負け込んだようだ。
反対にホクホク顔なのは、リョクの尻馬に乗って一儲けした連中だろう。
「そろそろ帰ろうよ。部屋にタマを残して来たし」
「おう、そうだな」
マリオの言に頷いたリョクが踵を返した時だった。
「お願いですっ」
その腕に取り縋る者がいた。
「私を買って下さいっ」
とんでもない叫びに辺りから盛大な響きが起こった。
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「24話 光の聖女の末裔」は土曜日に投稿予定です。
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