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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
22/94

22、仲直りとトラブル


翌日の昼過ぎ、隣町の食堂に一人の客がやって来た。

「お、お父さんっ!?」

 驚く娘の前にマシューは手にしていた籠を差し出した。

「これって…エナの実?」

 渡された実はどれも真っ赤に熟し、甘酸っぱい香りを辺りに放っている。

訳が分からず首を傾げるマリーナの前で、マシューは大きく息を吐くと思い切り頭を下げた。


「今まですまなかった」

「い、いったいどうしたのっ!?」

 予想を遥かに飛び越えた父親の行動にマリーナは動揺を隠せない。

「取り敢えず座ってもらったら」

 厨房から顔を出したダンの言葉に頷くと、マリーナはマシューをダンと共に奥の席へと案内する。


「何があったって言うの?」

 頑固なことでは右に出る者はいないと思っていた父の豹変にマリーナは困惑したまま口を開いた。

「…朝になったら、庭のエナの蔓にこいつがなってた」

「ええっ!?嘘でしょっ」

 幼い頃ならともかく、大人になったマリーナは庭のエナが実をつけないことは分かっていた。

それでも世話をし続けたのは、母との思い出が詰まったものだったからだ。

しかし父親はそのエナに実がなったという。


「嘘じゃねぇさ。家にいってみろ、格子壁一面がエナの実だらけだ。

さっき音声放送局の奴らが取材に来たからな。明日なれば街中の話題になるだろう」

 父親の話に呆気に取られるマリーナの前でマシューは後悔に満ちた様子で言葉を紡ぐ。


「本当にすまなかった。特にダン君には申し訳ないことを言った」

「いえ、そんな」

「…俺は娘を掻っ攫って行くお前が気にくわなくてならなかった。

ずっと幸せになって欲しいと思い、大切に育ててきた。

女房が死んでからは特にな。

だからお前さんのことを認めようとしなかった。娘からを遠ざけようとした。

けどそれは俺のわがままで…娘の為じゃなく、一人残されたくなくて足掻く自分のことしか考えない馬鹿野郎の言葉だった」

「…お父さん」

 素直に自らの想いを吐露する父親の姿にマリーナの顔が歪む。


「…ごめんなさい。悪いのはお父さんばかりじゃないの。

お父さんの気持ちも考えないで、ちゃんと話し合うこともせずに勝手に飛び出した私も悪いの」

「それは僕もです。マシューさんに娘はやれないと怒鳴られて追い返されて臆病な僕はそれっきりあなたに会おうとしませんでした。

結婚の許しをもらえるまで、もっと食い下がらないといけなかったのに安易な道に逃げてしまった」

 そもまま誰も口を開かず沈黙が場を支配したが、それを吹っ切るようにマシューが言葉を綴る。


「昨夜、うちに泊まった客の一人がな…壁一面のエナの実に驚く俺に言ったんだ。

『きっとこれはエナからのメッセージですよ。

だってこのエナはずっとマシューさんたち親子を見守って来たんですから。

2人に仲直りをして欲しくて頑張って実をつけたんだと思います。

このことをきっかけに話をして欲しいって』とな。

まるで夢みたいな話だが…こうしてエナの実がある以上、それを無下にするわけにはゆかねえ」

「…そうね」

 頷くマリーナにマシューはさらに言葉を継ぐ。


「それでだ。…マーサの奴がこのことが街中の評判になったら今以上に客が押し寄せるだろうから私ら2人だけじゃ手が足りない。

宿のことを良く判っていて気の利く子と俺の料理の手伝いをしてくれる料理人を探してこいと」

「マーサおばさんらしいわね」

 クスリと笑うとマリーナは隣のダンを見つめ、頷きが返ったことに微笑んでから口を開いた。

「すぐには無理だけど、近いうちに家に行くわ…2人して」

「未熟者ですけど、少しでもマシューさんの料理に近付けるよう精進します」

「お、おう…待っている」

 笑い合う3人をテーブルの中央に置かれたエナの実が静かに見つめていた。




「一件落着のようです」

「うまくいったのか?」

 リョクの問いに、はいとイツキが頷く。

「エナの実から見えた様子では大丈夫だと思われます」

「ありがとう、イツキ」

 礼を言うマリオに、けどよとリョクが感心した様子で言葉を綴る。

「エナの実を使って親子を仲直りさせるたぁ。さすがは緑の王だな」

「当然です。我が王なのですから」

 リョクとイツキの言葉にマリオは緩く首を振った。


「行動を起こしたのはマシューさんで、僕は魔素が少なくても実をつけられるようにエナを品種改良しただけだよ。

でもあれだけの実が一気に生ったのは、あのエナの意思だよ。

ずっと世話をし続けてくれたマシューさん一家に少しでも恩返しがしたかったんだろうね。だから僕がしたことは単なるきっかけに過ぎないよ」

 謙遜するマリオを、まったくとリョクがため息混じり言葉を綴る。

「ぐだぐだ言ってねぇで今は素直に自分がしたことを誇っとけ」

「わっ」

 ポンと小突かれ態勢を崩しながらもその顔には笑みが刷かれる。


「んで、次はどうすんだ?」

「まずはウェステリアの王都へ行って、そこから水の郷を目指そうかと思うんだけど」

「おう、前に行った時は何処にもよらずに風魔法で飛んでいっただけだったからな。いろいろ食ってから向かおうぜ」

 相変わらず食欲全開なリョクに笑みを返し、ウェステリアの情報を得るためにギルドに立ち寄ったマリオだったが…。

「てめぇ、ふざけんのもいいかげんしろっ!」

 ガタイの良い男たちに取り囲まれることとなった。


 

「えっと…ここかな。相談窓口」

 ギルドのカウンターの奥に進むと品の良い老夫人が座っていた。

「はい、いらっしゃい」

 丸眼鏡の奥のつぶらな瞳を輝かせ、愛想良く目の前の席を進める相手にマリオは会釈をしてから腰を下ろした。

肩にタマがいるのはいつものことだが此処にリョクの姿はない。

タップリと朝食を取ったはずなのだが、小腹が空いたと併設の食堂に行ってしまったからだ。


「相談事は何かしら?」

「これからウェステリアに向かう予定なんですけど、あちらで受けられる依頼や気を付けることがあったら教えていただきたいと思って」

 言いながらマリオは自らのギルドカードを取り出し夫人の前に置く。

ランクによって紹介する依頼が変わるからだ。


「あらあら、若いのに慎重なことね。でも長生きするのはそういった人が多いのよ」

 マリオの話に大きく頷いてから、老夫人はウェステリアの詳細な地図を取り出して説明を始めた。

「ウェステリア国内には5つのダンジョンがあってね。

多くのハンターはそこを目指すわ。

それと3つの大きな湖があるから水の妖魔の討伐依頼も多いわね。

貴方なら…そうね、ここらでは医療が一番進んでいる国だから薬草や薬種の採集依頼がお勧めね。後は穀倉地帯が広がっているから草木魔法師は重用されるわ。あちらではどうした訳か小麦の生育が不良ってことだから」

 夫人は地図の上に指を置きながら、いろいろとアドバイスをしてくれた。


「ありがとうございます。それで気を付けないといけない事とかはあります?」

「特にはないわね。あ、でも一部の貴族には注意が必要かしら」

「貴族…ですか?」

「ええ、此処の王都では身分に胡坐をかいて下の者に無理難題を押し付けるロクデナシ貴族が幅を利かせているって話よ」

「分かりました。目を付けられないようにします」

「それがいいわね」

 笑みと共に頷くと、彼女はマリオに説明に使った地図を差し出した。

「あの…」

「サービスよ。持ってお行きなさい」

「いいんですか?」

「ええ、きっと貴方の役に立つと思うわ」

 夫人の思いやりに礼を言ってマリオはその場を離れた。



「んと、リョクさんは」

 食堂を見渡すが、求める姿は見当たらない。

「何処にいっちゃったのかな。何か問題を起こしてないといいけど」

 食欲最優先のリョクは、時折それ以外のことが綺麗にすっぽ抜けてしまうからだ。

「おい、坊主」

「…僕のことですか?」

 近くのテーブルに座っていた凶悪そうな顔の4人組、そのうちの1人が怒りも露わに声を掛けてきた。


「お前、あの生意気な新人ハンターの仲間だろう?」

「誰のことでしょう?」

 逆に問い返されて、男は焦れたように言葉を継ぐ。

「緑の髪で首に赤い布切れを巻いた奴だよっ」

「それならリョクさんですね。で、何か御用ですか?」 

 強面な相手に平然と対応するマリオに、チッと男から派手な舌打ちが漏れた。


「あの野郎も礼儀を知らねぇが、こっちもだぜっ。

先輩に向かって生意気な口をきいた挙句、殴り倒すような了見の奴は許しちゃおけねぇ」

 そうだそうだと他の3人も囃し立て、マリオを睨みつける。

どうやらリョクにちょっかいを出して返り討ちにあったらしい。

そんな彼らに食堂に居た誰もが眉を顰め、同時に絡まれているマリオに同情の眼差しを向けた。


「ともかく落とし前をつけてもらおうか」

「落とし前…ですか?」

「ああ、お前の肩に乗ってるのはファングタイガーの幼体だろ。

そいつを置いてゆけば許してやる。珍しい妖魔はいい金になるからな」

「いえ、許してもらわなくて結構です。それじゃ」

 ひらりと手を振るとマリオは颯爽と食堂を出てゆく。


「ちょっ、待てよっ」

「てめぇ、ふざけんのもいいかげんしろっ!」

 憤怒の表情を浮かべ追いかけて来た4人がマリオを取り囲む。

「生意気な口を利くガキにはお仕置きが必要だな」

「おう、たっぷりと礼儀を教え込んでやるぜ。身体になっ」

「シャーっ」 

 凄む4人にタマから不機嫌そうな威嚇の声が上がる。

すぐにも元の大きさに戻って相手を(ほふ)りそうだ。


「落ち着いて、タマ」

 ポンポンと軽くその背を叩くと、マリオはリュックからマシューにもらったエナの実を取り出す。

「これ食べて待ってて」

 そう言ってタマとエナの実を傍らの台の上に乗せ、実についていた葉を手に取る。

「確認しますけど、あなたたちは僕に暴力を振るってタマを取り上げようとしている。で、間違いないですね?」

「へっ、当たり前のことを聞くんじゃねぇよ」

「馬鹿か、こいつ?」

 ゲラゲラと笑う4人を前にして、分かりましたとマリオが頷く。

「でしたら…思い切り抵抗させてもらいます」

 言うなりマリオの手にあったエナの葉が光り、次いで何本もの蔓が飛び出すように伸びてゆく。


「うわっ!」

「な、何だっ!?」

 驚く男たちの身体に伸びた蔓が何重にも巻き付いてその動きを封じる。

「僕も理不尽に殴られるのは御免なので悪しからず。

それと見境なくケンカを売るのは止めた方がいいですよ。良く言うでしょ『人は見かけによらない』って」

 にっこり笑ってそう言うと、マリオはタマを抱き上げ唖然とする周囲の者達に軽く会釈をする。


「何処にいったのかなぁ、リョクさん」

 その姿を求め、マリオはギルドを後にした。

 






お読みいただきありがとうございます。

「23話 本線乗車とエルフの近況」は火曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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