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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
21/94

21、花房亭とエナの実


「うぃーっ、食った」

「うん、美味しかったね」

 屋台街と言っても間口の狭い小さな店が立ち並ぶエリアで。

聖女様のおかげで醤油や味噌、異世界知識ではお約束のマヨネーズが普及していて、肉はもちろん近くの河で獲れる海老や蟹、川魚を煮たり焼いたり、蒸したりと様々な手法でバラエティー豊かな料理を提供していた。


ガイドブックに載っていた料理は完全制覇。

他にも目についた料理を次々と腹に入れてゆくリョクにはとても付き合い切れないので、マリオとタマは気になったものだけを食べていたのだが…。

「さすがにお腹いっぱいだな」

「ミヤぅ」

 ふぅと息を吐くマリオに、完全同意とばかりにタマが声を上げる。


「マリオはどいつが良かったんだ?」

「さっきの海老たっぷりのオムレツと煮豚っぽい肉の揚げパン包みかな。

あとホットメロンっ」

「あれか、確かに美味かったな」

 小玉のメロンに似た果実をくり抜いて、鳥肉のスープを入れて蒸した料理は、果肉の甘さとスープの塩気と鳥の出汁と油がよくマッチしていて深い味わいを生み出していた。

「でもスープを飲んだ後、メロンを皮ごと全部食べるのはやり過ぎだと思うけど」

「そういうお前も皮を向こうが透けるくらい薄く削いでたじゃねぇか」

「…それは否定しないよ」

 スープが染みた果肉は甘味と塩気のバランスが絶妙で、いくらでも食べられてしまう美味しさだったのだ。

そんな会話を交わしながらマリオ達は本日の宿である『花房亭』にやって来た。



「此処か?」

「うん、建物は古いけど居心地の良さそうなところだね」

 マリオ達の前にあるのは夕日に染まる赤い屋根とレンガの壁の3階建てレトロな雰囲気の宿だった。


「いらっしゃーい」

 此方もかなり年季の入った木製のドアを開けると元気な声が掛けられる。

その声に導かれるように中へ入ると、ポッチャリ系のおばさんが愛想の良い笑顔を浮かべて迎えてくれた。


「ハンターギルドで紹介されてきたんですけど。部屋は空いてますか?」

「丁度2人部屋が空いてるよ、前払いで一泊一人300ドンだよ。

食事はそこの広間で、風呂はこの裏で共同になってるからね」

「はい…えっとそれでこの子のことなんですけど」

 肩にいるタマを指し示すと、彼女は了承の笑みを返してくれた。

「他のお客さんに迷惑をかけなけりゃ部屋に入れて構わないよ」

「ありがとうございます」

「ニミャっ」

「おや、ちゃんと挨拶出来て御利巧だね」

 微笑む女性にマリオは共有金の入った巾着から600ドンを取り出し手渡す。

「これが鍵だよ。部屋は3階の右奥さ」

 礼を言って鍵を受け取りマリオを先頭に階段を上がってゆく。


「いい眺めだね」

 部屋の窓を開けると、高台に建っているおかげで街が一望できた。

「ん?あれって…」

 眼下に広がる宿の庭。

そこにある隣家との境に建てられいる大きな格子壁を覆い尽くすように緑の葉が茂っている。

「何かあったのか?」

 身を乗り出しているマリオに、あぶねぇぞと声を掛けながらリョクが隣にやってくる。

「ありゃあ…エナの葉か?」

「うん、だけどエナって魔素が薄い所では育たないはずなんだけど」

 マリオの言葉にリョクも頷く。

そのためエナは浅いが深淵の森でしか見掛けず、よってその実を得るのはなかなかに大変だ。


「誰か出て来たな」

 視線の先に人影が現われ、エナの傍で何か作業を始めた。

「あの人にちょっと聞いてくるね」

「気を付けてゆけよ」

 タマを肩に乗せたマリオにそう声を掛けると、食休みとばかりにリョクは傍らのベッドに横になった。


「あの…すみません」

「何だ?」

 背中越しに声を掛けられ初老の男が振り向く。

白髪混じりの髪と同色の太い眉、そして眉間の深い皺が彼をいかにも頑固者に見せている。

「これって…エナの蔓ですよね」

「ああ、それがどうかしたか?」

「エナって魔素が薄い所では…」

「育たないか?確かにそれで苦労しとる」

 言いながら男は蔓の根元を目掛けて小声で詠唱を始めた。


『水の精霊王たるウェンティルよ。その御力を我に与え給え』


 男の言葉が終わるなり、その手先から水が溢れて地面に吸い込まれてゆく。

その行動にマリオは納得の頷きを返した。


「あなたが魔素を含んだ水を与えているから、このエナはここまで大きくなれたんですね」

「まあな、だがこれが限界だ。育ちはするが実をつけるところまではどうやってもならん。この15年ずっとな」

「15年!?」

 その長い年月にマリオが驚きの声を上げる。


そんなマリオに男は自嘲めいた口調で言葉を綴る。

「エナの実は娘の大好物でな。まだホンの子供だった頃にエナの枝を庭に植えた。こうしておけばまた春が来たらエナが食えると思ったらしい」

 それは実に子供らしい行動だ。

マリオも幼い頃、食べたスイカやリンゴの種を植えて収穫を楽しみにしていたことを懐かしく思い出す。

しかし現実は厳しく、どちらも実をつける前に枯れるか、そもそも芽を出すことはなかった。


「最初は女房が娘の為にこうして魔法で水をやってた。

根付いたと分かってからは母娘して小まめに世話をしていたもんだ。

いつか必ず実がなると言ってな。

流行り病で女房が死んでからは娘が一人でやっていたが…その娘ももういないんでな」

「…すみません、辛い話を。お二人の遺志を継いでこうして」

「馬鹿野郎っ、勝手に殺すなっ!」

「ミギャっ」

 物凄い剣幕で怒鳴りつけられてマリオはもちろん、肩にいたタマも驚いて思わず肩に爪を立てる。


「へっ?…あの」

 爪の痛みに僅かに顔を歪めながら首を傾げるマリオに、男が訂正の声を上げる。

「娘は生きてピンピンしとるわっ」

「でももういないって…遠くに行かれたんですか?」

「…勝手に此処を出ていって、今は隣町にいる」

 どんどん不機嫌になってゆく男に困り顔を浮かべたマリオがったが。


「ちょいと兄さんっ。そんなところで油売ってないでっ。夕食の仕込みがまだ終わってないでしょっ」

「分かっとるわっ」

 庭に出て来たポッチャリさんに叱られ、男は口をへの字に曲げたまま宿へと戻ってゆく。


「いきなり怒鳴りつけて済まないね。兄さんも人は悪くないんだけど気が短くて」

「いえ、立ち入ったことを不躾に聞いた僕も良くなかったですから」

「あんた、いい子だねぇ」

 感心した様子で頷くと彼女は改めて名乗ってくれた。


「あたしはマーサ。で、あの頑固親父が兄のマシューさ」

「ご兄妹なんですね」

「ああ、両親が始めたこの宿を兄が継いでね。最初は兄夫婦で切り盛りしていたんだけど、義理姉さんが亡くなってからは私が手伝いに入ったのさ。丁度、子供らも独り立ちして暇が出来たからね」

 コロコロと笑うマーサにマリオは気になったことを聞いてみる。

「マシューさんと娘さんって…喧嘩でもしているんですか?」

 マリオの問いにマーサは派手なため息を吐いた。


この花房亭の一人娘であるマリーナには料理人見習いのダンという恋人がいた。

しかし父親のマシューは2人が付き合うことに大反対で『半端な腕の奴に娘はやれん』『だいたいシドに弟子入りしてるような奴は信用ならない』とマリーナの話にまったく聞く耳を持とうとしない。

どうやら昔、ダンが師と仰いでいるシドと料理のことでケンカになりそれが尾を引いているようだ。


「まあ、娘を奪ってく男のすべてが気に入らないっても分かるけどね。

だとしたって大人げないことこの上ないよ。

それでとうとうマリーナに愛想を尽かされてね。半年前に出て行かれちまったのさ。今はダンが働いてる食堂でウェイトレスをして一緒に暮らしてるんだよ」

「なるほど」

 マーサの話に頷いてから、でもとマリオは言葉を継いだ。

「マシューさんも自分の行いを悔いてはいるみたいですね。

でなければ娘さんがいなくなった後のエナの世話を引き継いだりはしないはずですから」

「まあねぇ。…ホントに素直じゃないんだから」

 やれやれとばかりに肩を竦めると、マーサはひらりと手を振った。


「身内のつまらない話を聞かせて悪かったね。

夕食は楽しみにしておくれ。ああ見えて兄さん、料理の腕だけは確かだからさ」

「は、はい。ありがとうございます」

 今日の夕食はパスするつもりだったのだが、こう言われてしまっては食べない訳にはゆかないなと悲壮な覚悟を決めたマリオだった。



「…食べ過ぎた」

「人族の腹は見た目ほど入らねぇってのが困りものだよな」

 力なくベッドに身を述べるマリオの隣でリョクがそんなことを呟く。


あれからすぐに夕食の時間となり、サクサクとした食感の揚げ物を中心としたメニューに頑張って挑戦したマリオだったが…。

マーサの言った通りどれも美味しかったが、半分も食べないうちに限界が来た。

結局、夕食の殆どをリョクが綺麗に食べてくれる中、マリオは手すきになったマシューに問いかけてみた。


「娘さんと仲直りしないんですか?」

「…お前さんには関係ない」

 ふんと他所を見やるマシューに負げることなく、マリオは話を続けてゆく。

「僕の両親も親の反対を押し切って結婚したんです」

 その言葉にマシューは驚いた顔でマリオを見返す。


「僕の場合は父方の祖父ちゃんが結婚に反対で、仕方なく父さんは母さんの故郷に行って、そこで一緒に暮らしてました。でもお互いに意地を張ってしまってそのままずっと過ごしていて、最後まで連絡を取ることはしませんでした」

「…最後まで?」

 (いぶか)るマシューに、ええとマリオは小さく頷いた。


「僕が10歳の時に両親は事故で亡くなったんです。

お葬式の時に初めて弥彦祖父ちゃんに会いました。

僕が父さんの子供の頃に似ていたんで、僕の顔を見た途端に大泣きして自分が馬鹿だった所為ですまないって何度も謝ってました。


『儂はいつでも会えると…その気になれば、いつだって会えると。

会えた時に謝ればいいと虫のいいことを考えていた。

いつかなどという日は永遠に来はしないというに。

会えるうちに会いに行かないと一生後悔すると、こうなって初めて分かった大馬鹿者だ』


そう言ってました」

「…そうか」

 マリオの話にマシューは険しい顔のまま席を立ち、そのまま一度も姿を見せることはなかった。


そして翌朝、小さな奇跡が起こる。







評価、ブックマークをありがとう御座います。

「22話 仲直りとトラブル」は土曜日に投稿予定です。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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