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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
20/94

20、サマルトアに到着


「あ、着いたみたいだよ」

「やっとかよ」

 大きな欠伸と共にリョクが座席から身を起こす。


あれから昏倒させられていた運転士を助け、幸いにも通信用の魔道具は無事だったので本部に事の顛末を報告してもらった。

今回のことを重く見たカトウ鉄道はイデア国騎士団に野盗の一団の速やかな捕縛を依頼し、現地に代替列車を急行させたのだった。

おかげで大幅に遅れはしたがマリオ達は無事に本線への乗り換え駅であるサマルトアに到着した。



「凄く賑やかなところだね」

「おう、さすがは国境沿いの街だけはあるぜ」

 光魔法を駆使した派手な看板が所狭しと立ち並び、街行く人も多種多様。

サマルトアは幾つのもの支線の乗り入れ駅だけあっていろいろな文化が混然一体となっているエネルギッシュな街という印象を受けた。


「何だか前に行った香港に似てるな」

 そんなことを呟いてからマリオは駅の売店で買った本を広げる。

「あ?何だそりゃ?」

 マリオの手にある2冊の本のタイトルは。


『るぶぶガイド・リスエール版』

『楽しいリスエールの歩き方』


「この世界を旅するのに必要なことが書いてある本だよ。

えっと…各国のおおよその物価、法律、治安、気候、宿情報にグルメ、ショッピング、アクティビティ、一般的なマナーに主要街の大まかな地図とかが載ってるね」

「便利なもんだな。けど何で2冊なんだ?書いてあることに大差はねぇだろ」

「それはね『ガイド本は最低でも2冊用意しろ。比較することで正しい情報が見えて来る』って旅先で知り合ったバックパッカーの人が言っていたんだ」

「なるほどな」

 感心するリョクに、本のグルメ情報を披露する。


「サマルトアの名物は、川エビを生きたままお酒に漬けて焼いた酔っ払いエビに薄切りにした白身魚に熱したネギ油をかけたナッツ和え。衣が薄くて中の具材が透けて見える透明ザギョウ、マンゴの果肉を使ったとろけるプリンに周囲にマゴをまぶした揚げ団子だって」

「よし、全部喰うぞっ」

 ゴーザで女将からもらった弁当を完食したのに、どうやらそれくらいではリョクの腹は満たされなかったようだ。

意気込むリョクに、うんとマリオも頷く。

「この時間じゃ本線に乗るより今日は此処に泊まった方がいいね」

 と言うことで2人して街見物に繰り出す。


「まずは泊まる宿を決めないとね。だからギルドに行こう」

「あ?何でだ?」

「ギルドには最新の情報が集まっているからだよ。それにリョクさんが倒した黒猿の魔石を買い取ってもらわないと」

 格好つけてリョクが去った後、タマが死んだ黒猿を氷漬けにしてから魔石をその鋭い爪で抉り取っておいてくれたのだ。


「そう言うことならさっさと行こうぜ」

「ちょ、待って。リョクさんっ」

 駆け出したその身を慌ててマリオが止める。

「ギルドはこっちだよ」

「ミャア」

 小馬鹿にした顔でこちらを見るタマを、むぅっとリョクが睨み返す。

「そ、そのくらい知ってらぁ」

 くるりと方向転換をするとリョクは少しばかりバツが悪そうにマリオの隣に並んだ。



「ようこそ、サマルトアギルドへ」

 紫髪に琥珀の瞳をした美女が受付で笑みを浮かべた。

「買い取りをお願いします」

 しかしその笑顔はマリオが取り出した魔石を見た途端、驚愕に変わる。

「こ、これは貴方がっ!?」

「いえ、僕じゃなくてリョクさんです」

 傍らにいるリョクを指し示すと受付嬢は納得の頷きを返した。

人族の姿を取っていても、その身から溢れる威圧感は変わらない為それがリョクを凄腕のハンターに見せているからだ。


「ではハンターカードの提示をお願いします。これだけの大きさで色の濃い物はなかなかありませんから、かなりの高額が期待できますよ」

 そう言うと受付嬢は鑑定係の下へ魔石を持ってゆく。

「査定が終わるまで少々時間がかかりますが」

「構わないです。それとCランクでお勧めの宿とかあったら教えて欲しいんですが」

 こういった問い合わせは多いのか、小さく頷くと受付嬢は宿の格付け表を取り出した。


このサマルトアは本線の駅だけでなく支線の乗り入れ駅でもあり、毎日大勢の旅人が行き交っている。

よって街には数多くの宿屋があり、表には百を超える名が列記されていた。

「お勧めとしては『花房亭』『ショーンの宿』『マルガ亭』あたりでしょうか。

どれも評価が高いですよ」

「その中で一番飯が美味ぇのは何処だ?」

 リョクの問いに受付嬢は笑みと共に『花房亭』を指さした。

「んじゃそこに決まりだな」

「此方が花房亭までの地図です」

 渡された紙片を受け取り、礼を言ってマリオ達はカウンターを離れた。



「おい、今日の音声放送を聞いたか?列車が妖魔に襲われたらしいぜ」

「そうなのかっ!?」

「ああ、けどたまたま行き交った氷虎を従魔にした虫人族が退治してくれて乗客は全員無事だったそうだ」

「虫人族!?」

「意外だな、奴らは喰うことしか興味がないと思ったが」

「あいつらもいいとこあるじゃねぇか」

「まあ、目が赤くなってなけりゃ気のいい連中らしいしな」


 ギルドに併設された食堂で時間を潰していたら、ハンターたちの会話が聞こえて来た。

「凄いね、リョクさん。一躍ヒーローだね」

 小声でそう言って笑うマリオに、何言ってるっとリョクが言葉を返す。

「元の姿に戻れって言った時点でそんなことは織り込み済みなクセによ」

 恐怖の対象でしかない虫人族の評判を少しでも良くしようと心を砕いてくれたことに感謝しかない。


「まったく、恩ばっかが増えてちっとも返せねぇじゃねぇか」

 小さくぼやくリョクにマリオは軽く肩を竦めることで応える。

そんなマリオに何か言いかけたリョクだったが、目の前に注文した料理が届きすぐに意識はそちらへと向かう。

骨付き肉に香辛料を塗して衣を着けて揚げたものを濃い味付けのタレに漬け込んで米に似た実を炊いた上に乗せた、早い、美味い、安いと三拍子揃った一番の人気メニューの登場にリョクの喉がゴクリと鳴る。

これに甘辛のタレが乗った刻んだネギっぽいものを混ぜた揚げ卵焼き、ワンタンが浮いた野菜スープが付いている。

さすがはハンターギルド内の食堂だけあってガッツリ系だ。


「うんめぇぇっ!」

「美味しいね」

 ドンブリを抱えて歓喜の声を上げるリョクに、前に座るマリオも笑顔で頷く。

「台湾で食べた排骨飯にそっくりだな」

 そう呟いて箸を進めるマリオにリョクが話しかける。

「そういや妖魔のことは話題に上がっても野盗どもの話が聞こえてこねぇな」

「今はまだ背後関係を探ってる最中だから情報統制をしているんだろうね。

今回のことはカトウ鉄道にとって取り返しのつかないスキャンダルになる可能性があるから」

「どう言うこった?」

「イツキに聞いたんだけど。あの貨物車の中にはオライリィ国が買い付けたミスリル鉱が積まれていたんだって」

「そいつは…」

 事の重大さに気付いたリョクが絶句する。


「預かった荷を渡せなくなったなら、その賠償も凄いことになるけど国家との契約を果たせなかったってのは会社としては致命的だよね。そんな重要な荷の輸送計画を知っているのは限られた人だけだろうから」

「…つまり会社の中に襲撃の協力者がいるってことか?」

「うん、それもかなり中枢に」

「話がどんどんデカくなりやがる。んで、どうすんだ?」

「取り敢えずは静観かな。僕らに出来ることは終わってるし」

 もっともなマリオの言にリョクも頷く。

「ま、それしかねぇな」

 ふうと息を吐くとリョクはカウンターへと顔を向けた。

「おやじ、お代わりだっ。3杯なっ」

「まだ食べるの?」

「ミャっ」

 勢い良く指を三本立てて見せるリョクに、マリオと傍らにいたタマが呆れ顔を向けた。



「お待たせしました」

 そうこうしているうちに魔石の査定が終わり、何と提示された額は5万ドン…金貨50枚になった。

「この金額で間違いないですか?」

 オズオズと聞き返すマリオに、はいと受付嬢が笑顔で頷く。


「これだけ質の高い魔石ですと大型の魔道具に使用できます。ですので買い取り額も多めになっています」

 納得の理由を告げてから彼女はリョクのハンターカードを差し出した。

「高額支払いですのでカードに預金しておきました。それと今回の納品でランクが上がり、EからDになります」

「おう、ありがとうよ」

 礼を言って受け取ると、早速リョクは街見物に繰り出すべくギルドを後にする。


「んで、何処に行ったらこの街の名物が食えるんだ?」

 さっき丼5杯を完食したのにそんなことを言うリョクに苦笑しながらマリオはガイドブックを開いた。

「街の南ブロックに屋台街が広がってるね。そこに行けば食べられるはずだよ。花房亭にも近いしね」

「ならさっさと行こうぜ」

 言うなり歩き出したリョクの腕を掴んでクルリと反転させる。

「南はこっちだよ」

「わ、分かってらぁ」

 どうやら風の王様はかなりの方向音痴のようだ。


耳を赤くしてズンズンと進むリョクの後ろを、肩にタマを乗せたマリオが笑みと共に追ってゆく。

その姿はすぐに街の喧噪の中に消えていった。





お読みいただきありがとうございます。

「21話 花房亭とエナの実」は火曜日に投稿予定です。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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