18、妖魔の襲撃に遭いました。
「何だか却って申し訳なかったね。忙しいのに」
「それだけお前に感謝してるってこった」
駅長達と別れたマリオ達を待っていたのは、ホームで大量の弁当を抱えた女将だった。
「列車の中で食べな。日持ちがするものを詰めてあるから明日くらいまでは大丈夫さ」
どうやら大急ぎで作ってくれたらしい。
そのことに恐縮しつつ、マリオは女将の手作り弁当をリュックへと納めた。
「どうぞ、此方です」
女将に見送られ魔同列車に乗り込むと、壮年の乗務員がマリオ達を席へと案内してくれた。
「えっと…此処で間違いないですか?」
マリオが思わずそう聞いてしまったのも無理はない。
何しろ示されたのは一等座席の最前列だったのだ。
マリオ達が乗るカトウ鉄道の支線は三車両編成で、地球の飛行機の座席がファースト、ビジネス、エコノミーと区分けされているように一両目の前が一等、衝立で仕切られた後が二等、二両目が三等、最後が貨物用となっている。
運賃は一等が一番高く、使うのは貴族か余程の金持ちで、二等は商人か高ランクのハンター、庶民は三等を使うことが多い。
アラベスク文様の厚手の布が張られた壁、天井にある照明は周囲を繊細な飾りが囲み、床も艶光りする一枚板が使われている。
そんな高級車両に恐れをなすように問うマリオに、はいと乗務員は頷いた。
「年間パスをお持ちの方の特典の一つです。どうぞ快適な旅をお楽しみください」
深々と頭を下げると彼はマリオ達を残して衝立の向こうへと去っていった。
「得したと思えばいいじゃねえか」
「…そうだね」
さっさと向かい合わせのボックス席に着くとリョクは大きな窓の下にあるテーブルを引き上げたり、肘掛けにあるスイッチで壁の照明を点けたりと車内の設備を嬉々としていじり始める。
「フニュ」
マリオの肩から降りたタマもふかふかの座席が気に入ったようで、可愛らしく欠伸をするとその上で丸くなってすぐに寝息を立て出す。
その様に笑みを漏らすとマリオもタマの隣に腰を下ろした。
そうこうするうちに発車のベルが鳴り、次いでゆっくりと列車が動き始める。
少し浮いているからか振動もなく、その走りは実にスムーズだ。
次々と変わる車窓の景色を興味津々の体で眺めていたリョクだったが。
「…飽きた」
走り出して10分かそこらでそんなことを言い出した。
「もう?」
「仕方ねぇだろ、列車の中なんぞすぐに見飽きる。外の景色もあんまり代わり映えしねぇし、これだったら自分で跳んだ方が早ぇ」
車窓に広がるのは長閑な田園地帯と反対側に見える深淵の森の緑が延々と続く風景で、確かに変化に富んだものとはいえない。
「じゃあ退屈しのぎに指遊びでもする?」
「あ?なんだそりゃ」
怪訝な顔をするリョクにマリオがやり方を説明する。
順番を決めたら両手をグーにして前に出す。
「いっせーの1」の声と共に親指を出すといったように掛け声と同時に数字を言う。
指で作った数が言った数字と同じ場合は片手を外す。
それを繰り返し、両手が外れた人が勝ち。
「面白そうだな」
「単純だけどやってみると意外と楽しいよ。イツキも一緒にやろう」
「はい、我が王」
うまい具合に一等席にはマリオ達しかいないので、イツキも仲間にいれて3人して声を上げて遊びに興じる。
「いっせーの3っ」
「ぬおっ、負けたっ」
「さすがは我が王」
悔しがるリョクの隣で嬉し気な声を上げたイツキが残念そうに窓の外に目をやった。
「どうやら駅に着いたようです」
「うん、続きは動き出してからやろうね」
マリオの言葉に笑顔で頷いたイツキが消えた途端、衝立の後ろから乗務員が姿を見せた。
「アシナ駅に到着いたしました。停車時間は10分です」
その言葉が終わる前にリョクが待ちきれずホームへ飛び出す。
「お、やっぱ物売りが来てるな」
リョクの言葉に窓から顔を出すと、小さなワゴンを押した売り子が弁当や果物、お茶などを二等や三等の客に勧めている。
嬉々としてワゴンを覗き込んでいるリョクの近くには揃いの皮鎧を着け、腰に剣を下げた一団が軽く体操をしたり、配られたお茶を飲んで寛いでいる。
「…あの人達って」
「カトウ鉄道の警備兵です」
窓越しに眺めていたマリオに、歩み寄って来た乗務員が答えを紡ぐ。
「お客さまと貨物を安全に運ぶために列車に常駐しています」
「そうなんですか、守ってくれてありがとうございます」
軽く頭を下げると、そんなことを言われたのは初めてなのか驚きに目を見開いてから乗務員は軽く会釈を返した。
「うぉい、マリオ。珍しくエナの実が売ってたぜ」
発車ぎりぎりで戻ってきたリョクの手には蔦に似た葉が付いた拳大の赤い果実が山を成していた。
「へぇ、初めて見たよ」
「そうか、ならまず食ってみな。美味ぇからよ」
動き出した車窓の景色を背にエナの実を勧めるリョクにマリオが問いかける。
「その前にこれっていくらだった?」
「あ?こんなの端金だぜ。奢ってやらぁ」
しかしリョクの言葉にマリオは真剣な顔で首を振った。
「僕の故郷に『貸して不仲になるよりも、いつもニコニコ現金払い』って言葉があって、お金が絡む時はちゃんと取り決めをしておかないとトラブルの元になることが多いんだよ。
それに『いつまでもあると思うな親と金』とも言うし」
マリオの言葉に頷きつつも、けどようリョクが言い返す。
「金なんて森に入ってちょいと珍しい妖魔を狩りゃ簡単に手に入るぜ。
だいたいこんなこまけぇことで一々勘定なんて面倒癖ぇ」
リョクらしいと言えばらし過ぎる言葉に、マリオは仕方ないなとばかりに
肩を竦めた。
「だったら」
リュックから巾着袋を取り出すとマリオはそこに5枚の金貨をいれた。
「これを僕らの共同資金にしよう。2人で使うものは此処から支払うってことで」
「そりゃいい。んじゃ俺も」
リョクも懐から同じ数の金貨を取り出し袋に投じる。
「こいつはマリオが持っててくれ。俺はこまけぇことは苦手だからよ」
「うん、分かった。それでエナの実代だけど」
「今回は俺の奢りってことにしとけ。それくらいの甲斐性はあるつもりだぜ」
「了解。有難く奢られるね」
「おう」
にっこり笑うマリオに、リョクは尊大に頷いて見せた。
「あ、美味っ」
見た目も味も巨大な苺といったエナの実は、口に入れると自然の甘酸っぱさに満ちた果汁が勢いよく溢れ出す。
「ウナッ」
「あ、起きた?タマも食べる?」
ググっと伸びをしているタマに手にした新たなエナの実を勧めると、最初は味見とばかりに少し齧ってから気に入ったらしくすぐにむぐむぐと食べ出した。
「タマも食べるんだね」
「お前、勧めといてそれかよ」
呆れ顔を向けるリョクの隣にイツキが姿を現し、お得意の説明を始めた。
「従魔は契約主の魔素を喰らうので本来は食事をする必要はありません。ですが嗜好品として何かを食すことはあるようです」
「へぇ、そうなんだ」
自分の身体の半分近くある赤い実を抱え込んで、嬉々として齧り付いているタマの姿にマリオは目を細めた。
「うわっ」
「何だっ!?」
エナの実を食べ終わり、指遊びを再開していたら突然の大音響と衝撃の後列車が急停車した。
「運転席に大岩が投げ込まれ、同時にグレイエイプの群れが襲撃してきました」
周囲の草木から情報を得たイツキの報告に、リョクが眉を寄せる。
「灰色猿どもか。だが少しおかしくねぇか。
奴らの縄張りは森の奥深くだ。こんな外れにやってくることは普通じゃありえねぇ」
「だとしたらこの襲撃は普通じゃないのかも」
「ああ?」
「群れがわざわざ列車を襲う理由があったってことだと思う」
マリオの言葉に、まさかとリョクは窓を開けて後方を見やった。
「脇目も触れず真ん中の車両の周りだけに集まって来てやがる。
誰かがフォニンを撒いたのか?」
「フォニン?」
首を傾げるマリオの横でイツキが険しい表情で口を開く。
「妖魔の好むレキノの実を砕いて特殊な香料で溶いたものです。
生き物に付くとさらに匂いが増し、配合によっておびき寄せる種類を特定できるのでハンターはこれを連れて来た小動物にかけ、匂いに釣られやってきた妖魔を狩るのです」
イツキの話にマリオも顔色を変えた。
「それじゃあ三等車に居る乗客たちは…」
「奴らの腹の中に入るのは時間の問題だな」
「そんな…そうだ、警備隊はどうしたのっ?」
ここから見る限り乗客を守って戦っている様子はない。
「ちょっくら様子を見てくるか」
言うなりリョクは窓枠に足をかけて列車の上へと移動する。
「僕も行くよ」
「構わねぇが…」
見かけによらず頑固なところがあることを知るリョクは、仕方なしに屋根に登ってきたマリオに同行を許す。
「タマ公、ちゃんとマリオを守れよ」
「にゃっ」
念を押すリョクに、任せろとばかりに鳴くタマの姿が3m程の大きさに変わった。
「行くぜっ」
走り出したリョクの後をマリオとタマが追って行く。
「先輩っ、何故見てるんですっ」
戦いもせず、警備兵と妖魔の戦いを傍観するだけの相手に、必死に車両を守っている兵士の一人が悲痛な声を上げた。
「裏切ったんすかっ!?」
しかしその問いに相手は沈黙するばかりだ。
だが不意にその身を翻すと、男は貨物車に向かいジョイント部分を切り離す。
止まっていたのが傾斜地だった為、車両は男を乗せたままゆっくりと後方へと動き出した。
そのままどんどんとこの場から離れてゆく。
「嘘だっ、俺は信じないぃっ」
「あー、凄く何処かで観た覚えのあるシーンだな。
これで回りが雪山だったら完璧だったんだけど」
「あ?何だそりゃ?」
「いや、こっちの話。…でも兵士さん達の動きがおかしいね」
「どうやら先ほど駅で振舞われた茶に痺れ薬が仕込まれていたようです」
隣に姿を現したイツキの言葉に、なるほどとマリオが頷く。
「んで、どうする?」
「このままにしておく訳にはいかないよね。僕はフォニンを何とかするからリョクさんとタマは妖魔の相手をしてくれる?出来たらあまり殺さずに」
「あ?何でだ?」
「妖魔はフォニンに引き寄せられて来ただけで、そうさせた者がいる訳でしょ。勝手に利用されて殺されたんじゃ可哀想だと思って」
「さすがは我が王、その慈悲深さは蒼海のごとく…」
「分かったぜ、確かにマリオの言う通りだしな」
芝居がかった仕草で褒め称えるイツキに呆れながらリョクが立ち上がる。
「んじゃちょっくら行ってくるぜ。でもって…確かこうだったな」
マリオから教えられたポーズを決めるとリョクは大きく叫んだ。
「変身っ」
声と共にリョクの姿が元の虫人…赤いマフラーを靡かせた飛蝗族へと変わる。
「か、かっこいい…」
「そうか?」
「うん、頑張って。リョクさん」
「任せろっ、行くぜタマ公っ」
「ガオッ」
すぐに3つの影は思い思いの方向に散っていった。
お読みいただきありがとうございます。
「19話 妖魔の次は列車強盗退治」は火曜日に投稿予定です。
楽しんでいただけましたら幸いです。




