15、イツキとの夜話
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「ところでこの子、名前は?」
「特には無いと。ですので我が王に付けていただきたいそうです」
不機嫌そうに言葉を綴るイツキを、まあまあと宥めてからマリオは顎の下に指を添えて考える。
「確か名付けをすると従属契約を結んだことにんるんだよね。
君はそれでいいの?」
マリオの問いに、ミャウと仔猫が承諾の声を上げた。
「だったら…タマで」
「随分と簡単な名だな」
呆れを含んだ視線を送るリョクに、そうかなとマリオは首を傾げた。
「僕の故郷だと猫に付けるにはポピュラーな名前なんだけど。
丸くなってる姿が珠に似てるからと玉のように大切ってのが由来なんだ」
マリオの話に不本意そうだった仔猫の態度がコロッと変わる。
嬉し気に喉を鳴らし、テシテシと両手で抱いているマリオの胸を軽く叩いてきた。
「ふふっ、可愛い。ピンクでふにふにだね」
寄せられた肉球をツンツンと指で押しながらマリオが楽しそうに笑う。
その様子を何故かイツキが寂し気に見つめていた。
「イツキ…」
「はい、我が王」
リョクは隣の部屋で、タマもマリオのベッドの上で深い眠りについた頃、マリオはイツキを呼んだ。
「夜遅くにゴメン。でもちょっと気になることがあって」
「何なりとお聞きください」
会釈を返すイツキに向けてマリオが笑みと共に言葉を継ぐ。
「何がそんなに哀しいの?」
「そ、そのようなことは」
気不味そうに視線を逸らすイツキの前で、あのねとマリオが言葉を継ぐ。
「植物ってどんな過酷な場所にも生えてきたりして凄くたくましいけど、同時に凄く繊細で弱い処があるんだよね。ちょっとした環境の変化ですぐに元気を無くすし、扱いが悪いと枯れてしまったり。些細な変化を見過ごすと取り返しがつかないことになったりする。
だから庭師は常に気を張って植物達を見守ってやらないといけないんだ。
もう一度聞くよ。何がイツキを哀しませてるの?」
真っ直ぐに向けられる瞳に嘘や誤魔化しは効かないと悟り、イツキは観念したように口を開いた。
「王は我のことが…疎ましくはないですか?」
「はい?」
思ってもみない言葉にマリオはまじまじとイツキの顔を見つめる。
「王に旅の仲間が増えたのは良きこと。それが分かってはいても思ってしまうのです。我はもう王に必要とされないのではと。
風の王やタマのように実体がなく、触れ合うことも出来ぬ気味の悪い存在が傍にいるのは我慢ならないのではと」
確かに本体が世界樹であるイツキに実体はない。
精霊族は基本、ホログラムのように虚像だけの存在だ。
「もしかして誰かにそう言われたの?」
逆に問い返されてイツキは小さく頷いた。
「八代前の王が言っておりました」
しばしの沈黙の後、イツキが語った話によると。
今から千二百年前…その頃はイツキと王には交流があり、世界樹として王の相談事に答えたりしていた。
その王には最愛の恋人がおり、王は恋人を従者に選び常に傍に置いていた。
しかし長く共に暮らすうちに互いの間に小さな不満が溜まってゆき、ついには些細なことから大喧嘩に発展した。
どちらも自分は悪くないと言い張り、まったく歩み寄ろうとはしない。
見かねたイツキが仲裁に入ると、恋人は世界樹を自分の味方に引き入れようと阿るような態度をとるようになった。
当然、王はそんな恋人の様子が気に入らない。
しかもその怒りは当の恋人ではなく、イツキに向かった。
二人の仲がおかしくなったのは、すべてイツキの所為だと。
以来、事あるごとにイツキに辛くあたり、そんなイツキを恋人が庇う。
それが繰り返され、ついに王は怒りに任せて恋人を従者の任から外してしまう。
そうなれば恋人が謝って、別れたくないと自分に縋ってくると思ったのだ。
しかし思惑は外れ、恋人は王の下を去って別の男の処へと行ってしまった。
王は憤り、去った恋人ではなくイツキを憎み、自分の前に姿を現すことを禁じた。
その後、王が天命を失い新たな王が立ってもイツキは再び疎まれるのを厭い、即位と退位の時以外は王と会わぬようになった。
「大変だったね」
イツキの話にマリオは労わりの言葉を紡ぐ。
しかしイツキは小さく首を振った。
「我は狡いのです。渡来人の王ならば我を疎むことなくお傍に居られるのではないかと、そう考え即位の後もこうして…」
「だったらイツキに感謝しないとね」
「な、何を…」
「だってこうしてイツキが傍にいてくれないと困るもの。
それに僕は触れ合えなくても話が出来て楽しいし、この世界のことをいろいろ教えてもらえて凄く助かってるよ」
「…ならばよろしいのですが」
そう言いながらもイツキの表情は晴れない。
「僕がいた日本って国ではね、ほとんどの子供は髪が黒いんだ。
だけど僕の髪は茶色だろ。昔はもっと色が薄くて黒髪の中に入ると凄く目立ったんだ」
突然始まった話にイツキは困惑顔を浮かべた。
「で、学校の教師に『茶色の髪はおかしいから黒く染めて来なさい』
って命令された。
でも死んだ母さん譲りの色だから染めたくないって、校長先生っていう教師のトップに直接お願いして許してもらって茶色のまま過ごしてたけど、それが気に入らなかったんだろうね。
『あなたみたいな子は学校の恥よ』『試験の結果が良いのも不正をしているからでしょう』『そんなふざけた名前を付けるような親の子供だからまともな訳がないわね』とか言われていびられた」
「…理不尽な」
マリオの話にイツキから怒りの声が漏れる。
「それくらいなら聞き流せばいいから良かった。
でも教師に目を付けられた奴って、他の子供に『苛めてもいい存在』って格下認定されるんだよね。
だから無視されたり、物を隠されたり、意味もなく殴られたりとか、やってもいないことを擦り付けられて犯人に仕立て上げられたりって、けっこう酷いことをずっとされてた」
「王に味方するものはいなかったのですか?」
イツキの問いにマリオは微苦笑と共に首を振った。
「クラスの中にはいなかった。
僕のことを気の毒に思っていた子はいたんだろうけど。
それよりみんな下手に庇ったりして、自分が苛められる恐怖の方が大きかったんだろうね。
教師は見て見ぬふりだし…っていうか、僕が苛められているのをいい気味だって楽しんでいたな」
辛い体験を笑顔で語るマリオを切なげな眼でイツキが見つめる。
「そんな時、日本に来てたルィージ祖父ちゃんが言ってくれた。
『嫌なことをされても1回目は笑顔で許せ。2回目は警告しろ。
そして3回目には遣り返せ。
1、2回は許してやればいいが、優しさは弱さと勘違いされやすい。
悪意に対して悪意で抵抗するとキリがないが、どこかで分からせてやる必要がある』って。
だから遣り返すことにした」
「何をされたのです?」
常に穏やかなマリオが紡ぐには珍しい言葉に、イツキが驚きを込めて聞き返す。
「僕への苛めの様子とか、教師の暴言や苛めを止めるどころか助長させていた姿をネットっていう世界中の人が見ることが出来る場所に流してみた。
最初は『何かの間違いです』とか『苛められる方にも責任がある』とか言い訳していたけど、それが却って悪かったみたいで教育委員会やマスコミとか周囲を巻き込む大騒動になって、苛めてた子供も教師も新学期には学校から姿を消していたな。
転校した先で苛めのことで逆に苛められたり、教師も信用を無くして肩身の狭い思いをしてるって聞いた。
弥彦祖父ちゃんが言うには『因果応報』だって」
因果応報とは、善い行いをすれば善い結果が得られ、悪い行いには相応の悪い結果がもたらされると言う教えだ。
「その王もそうやって誰かを悪者にして、自分の非を認めようとしない卑怯者だったんだよ。
だからそんな王の言葉をイツキが気にする必要はないよ。
あとルィージ祖父ちゃんはこうも言ってた。
『正直で素直な者ほど「きちんと説明すれば分かり合えるはずだ」と信じ、汚い言葉で非難してくる者に対しても誠実に対応しようとする。
だが「話し合いが出来る者が礼を失した態度で他人に接することはない」
という悲しい事実がある』って」
「…確かにそうかもしれません。
我は長く生きてはおりますが、他の者と言葉を交わすことはそう多くはありませぬゆえ、祖父君たちの金言痛み入ります」
深く頭を下げるイツキに、ほんと真面目だなぁとマリオが笑みを零す。
「だからイツキも言われるばっかじゃなくて、逆に言い返してやれば良かったのに」
「何と?」
「女に逃げられたのを他人の所為にするとはケツの穴の小さい男だなっ。
この甲斐性なしがって」
ケツの穴が小さい…出すものが小さいので金を出し惜しむケチな者を指す言葉が転じて『度量が狭い』『小心者』の蔑称となった。
とんでもない言い草に呆気に取られてから、イツキは軽く肩を竦めた。
「それはあまりに品がありませんのでお断りいたします。
ですが…ありがとうございます。
我が王の言葉で心の痞えが無くなりました」
「なら良かった」
嬉しげに頷くとマリオはイツキの目を見つめながら口を開いた。
「誰が何と言おうとイツキは僕の大切な相棒だよ。
だから僕と世界を回る旅をしよう。楽しいこと、嬉しいこと、時には悲しいことや辛いこともあるだろうけど2人一緒ならきっとどれも良い思い出になるよ」
「はい、我が王」
心底からの笑顔を浮かべたイツキにマリオも極上の笑みを返した。




