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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
14/94

14、旅は道連れ世は情け


「え、駅長っ」

 そこへ慌てた様子で部屋に飛び込んできた駅員に、駅長のラルフは眉を寄せた。

「落ち着きなさい。どうしたんだね?」

「に、庭がっ」

「庭に何かあったのかねっ」

 その言葉に弾かれたように駅長は立ち上がった。


「…これは」

 駅員と共に駅舎の外に出た彼は目にした光景に言葉を失う。

そこにあったのは見事なまでに咲き誇る大輪のローラの花。

それらに寄り添うように咲く周囲の花壇の可憐な花々。

『花の楽園』…そんな言葉が脳裏を過ぎり、自然と感嘆のため息が零れた。


「あ、駅長さん」

 すると倉庫の陰から切った枝葉を抱えたマリオが姿を現した。

どうやら庭を完成させた後、駅舎周辺の生け垣の剪定をしてくれていたようだ。


「いただいた図面の通りに造ってみましたけど、何か変えるところはありますか?」

「変えるなんてとんでもないっ」

 慌てて首を振ると駅長は感激した様子でマリオの手を取った。


「ありがとうございますっ。私が考えていた…いえ、それ以上に素晴らしい庭にしていただきました」

 ぶんぶんと握ったマリオの手を上下に振りながら、ですがと不思議そうに尋ねてきた。


「ローラの花をどうやって」

「ああ、それは…」

 花にまつわる顛末を話すと駅長はさらに感激して頭を下げた。

「あの苗達は夫人のお好きな色を私が選び揃えたものだったのです。

それを生かしていただいて感謝に堪えません」

「えっと…喜んでもらえて何よりです」

 思った以上の評価と感謝にマリオは照れた顔で頭を掻いた。




『他人が自分に向ける言葉や態度は基本的に善意だと受け止める。

それはとても大事なことだ。

たまに悪意を向けてくる者もいるが、そんなのは放っておけばいい。

執拗に絡んでくるならば距離を取ればいい。

自分が善意でいると自然と優しい人たちが集まってくるものだ。

その逆もまたしかり』


「懐かしい言葉を思い出しました」

 先程のマリオとの遣り取りを思い返し、かつてカトウが教えてくれた通りの生き方をしているなと駅長は小さく笑った。



「こちらをお受け取り下さい」

「…多すぎませんか?」

 剪定の仕事が終わったところで駅長室に行くとテーブルの上に光輝く金貨が10枚、鎮座していた。

依頼書の報酬は銀貨3枚だったので、明らかにこれは貰い過ぎだ。


「いえ、マリオさんにしていただいたことを考えれば、むしろ安いくらいです」

 しかし頑として引っ込めようとしない駅長にマリオは困り顔で眉を下げた。

「分かりました。有難くいただきます」

 頷いたマリオにホッとした様子の駅長が、それでと言葉を継ぐ。


「よろしければ当駅の専属庭師になってはいただけませんでしょうか?

あなたの素晴らしい庭師としての腕と魔法をこれからも此処で振るって欲しいのです」

 会ったばかりの一見の庭師に対しては破格の申し出に驚くが、しかしマリオは緩く首を振った。


「すみません。大変光栄なんですけど、僕にはこの世界を見て回る旅をするという目的があるので…申し訳ありませんが」

「そうですか」

 残念そうな顔をしたが、次には駅長は笑顔で言葉を継いだ。


「長く旅をするのでしたら年間パスを購入してはいかがでしょう」

「パス…ですか?」

「ええ、それがあれば1年間はすべての線での利用が可能で、乗り降りも自由です。主に国々を行き来する行商の方が購入されていますね」

 確かにそんなパスがあれば旅は格段に便利になるだろう。


「教えていただいてありがとうございます。早速、購入させてもらいます」

「それがよろしいでしょう。すぐに用意させます」 

 満足げに頷く駅長に、今度はマリオが気になったことを問うてみる。


「魔導列車の動力は魔石と聞きましけど、あれだけ大きな物を動かすとなるとかなりの出力が必要なんじゃないですか?」

「ええ、ですからSランクの妖魔の物を組み込んでいます。

それに魔石に含まれる魔素が無くなっても充填が出来ますので半永久的に稼働が可能なのです」

「そんなことが出来るんですか!?」

 驚くマリオに、はいと駅長は誇らしげに胸を反らした。


妖魔から獲れる魔素の塊である魔石。

かつては市場に出る数は少なく高額で、しかも魔石は乾電池のように内包されている魔素が無くなったら廃棄するしかなかった。

そんな貴重な魔石を使って作る魔道具も当然のことながら高額なため庶民には高嶺の花だった。


しかしカトウが空になった魔石に付与魔法によって魔素を充填する方法を確立させたことにより魔道具の生産事情は一変した。 

おかげで安価な魔道具が出回り、人々の生活は驚くほど便利になった。


「凄い人ですね、カトウさんて」

「はい、史上最高の錬金術師と謳われ『光の聖女さま』と並ぶ聖人と誰もが尊敬と感謝を寄せています」

 誇らしげな駅長にマリオも頷きと笑みを返した。



「こちらがカトウ鉄道の年間パスになります」

 まだ年若い駅員が差し出した青銀色に輝く名刺サイズのパスを受け取り、代金としてさっきもらった金貨10枚を渡す。

「契約魔法が掛かっていますので購入者以外が使うことは出来ませんが、盗難の際には早急に届け出て下さい。すぐに再発行いたします」

「ありがとう。駅長さんによろしく」

 笑顔で手を振るとマリオは駅舎を後にして依頼完了を報告にギルドへと向かう。



「ようっ」

 道の真ん中で軽く手を上げ、マリオに挨拶する男。

無駄のない筋肉に覆われた長身、濃い緑色の髪に碧い目の美丈夫。

野性的な魅力に溢れたその顔は初めて見るものだ。

しかし声には聞き覚えがあった。


「…もしかして、リョクさん?」

「おう、良く判ったな」

 小首を傾げての問いにリョクが笑顔で応える。

「マフラー、赤に変えたんだね」

「た、たまたまだ。お前がそうした方がいいとか言ったからじゃねぇからなっ」

 見事なまでのツンデレに自然とマリオの口角が上がる。


「良く似合ってるよ」

「そ、そうか」

 ガリガリと頭を掻いてから、ようやくリョクは此処に来た目的を思い出したらしい。

「てか、そんなことはどうでもいいんだよっ。おい、マリオっ」

「何?」

「お前、これから旅をすんだろっ」

「うん、薬草の売り上げをもらったらこの街を出る予定だけど」

「その旅に俺も連れてけっ」

「ふへっ?」

 予想を遥か外れた言葉にマリオから変な声が飛び出る。


「何だよ、その顔はっ。他の種族と交流して勉強しろって言ったのはお前だろっ」

「確かにそうだけど…」

 しかしまさか風の王たるリョクが実践するとは思わなかったのでマリオも驚きを隠せない。


「お前が造った『変身の実』の予備分も持ってきたし、狩った妖魔を売った金もある。それにこいつもさっき手に入れたしな」

 得意げに見せて来たのは真新しいハンターカード。


「準備万端だね」

「おう、お前に迷惑かけんなって赤角の奴に旅に必要なことを『勉強』させられたからなっ。他にもいろいろ買い込んだぜっ」

 そう言って腰にあるマジックバックらしき鞄をポンと叩いてみせる。

 

「それと聖樹の世話役だがよ。蝶族の青紫に戻ることになったぜ。

前のようにガキ共に葉を食わせながら守ってくってよ」

「そっか、良かった」

 ホッとした様子のマリオに、それでよとリョクが言葉を継ぐ。


「変身の実は各種族の頭領が集まって使い方を決める事にしたぜ。

せっかくもらった緑の王からの恩恵だしな。

顔向けが出来ねぇような真似だけはしねぇってのが俺らの総意だからな」

「うん、上手く使ってもらえたら僕も嬉しいよ」

 にっこり笑ってから、でもとマリオが聞き返す。


「リョクさんも頭領でしょ。勝手に森から離れていいの?」

「そいつは心配ねぇ。ちゃんと他の奴に押し付け…いや、譲ってきたからな。だから今の俺はただの緑碧だ」

 とんでもないことを胸を張って言い切るリョクに、マリオは呆れを含んだ視線を向ける。


「ところで風の精霊王さまは何て?」

 続けられた声のトーンを落とした質問にもリョクは得意げに答えてきた。

「見分を広めるのはいいことだってよ。それにお前と一緒なら楽しそうとか言ってノリノリで賛成してくれたぜ」

 その様が目に浮かぶようでマリオは深いため息を吐いた。


「で、どうなんだ?」

「そこまで期待されてちゃ断る訳にはゆかないよね。

不束者(ふつつかもの)ですがよろしくお願いします」

「そうこなくっちゃなっ」

 ペコリと頭を下げるマリオにリョクが上機嫌で肩を叩いてきた。


その後、『そよ風』で待ち合わせることにして予定通りマリオはギルドへ。

リョクは年間パスの話をしたら「俺も買うっ」と駅に向かった。

どうやらリョクも以前から魔導列車に興味があって、機会があれば乗りたいと思っていたようで大喜びで走っていった。



「わぷっ」

「控えなさい、無礼な」

 宿の部屋の扉を開けた途端、視界に広がった白いモフモフ。

イツキの叱責を聞きながら顔から引きはがすと、それは白と黒の縞模様の。

「仔猫?」

 どう見てもそうとしか思えない存在がいた。


「どうしたの?この子?」

「これに見覚えはございませんか?」

 逆にそう問われて抱えていた仔猫をまじまじと見つめる。

「もしかして…森で僕を追いかけてきた虎?」

 見覚えのある毛並みに額にある青い石は、この世界にきた時に遭遇した氷虎にそっくりだ。


「はい、どうやら自らを負かした我が王を主と思い定めてしまったようで、お傍に(はべ)りたいと言って聞きませぬ」

 はあと深いため息を吐いてからイツキは言葉を継いだ。

「その図体では我が王の御迷惑になると言い聞かせ帰したのですが、翌日には大きさを変えるスキルを身に着け戻ってくる始末」

 イツキの言葉にモノクルで仔猫を鑑定してみると、確かにスキル項目に『サイズ変換』がある。


「一日で習得するなんて頑張ったんだね」

 よしよしと頭を撫でてやると、仔猫はにゃーんと嬉しそうな鳴き声をあげた。

「随分と懐ついたもんだな」

「あざといにも程があります」

 呆れ顔を浮かべるリョクの隣で不機嫌そうにイツキが呟く。

 

「分かったよ、一緒に行こう」

「よろしいので」

「うん、一人旅もいいけどやっぱり旅仲間がいた方が楽しいよね。

リョクさんもいいでしょ?」

「俺は構わねぇぜ。悪さをしたら喰っちまえばいいだけだしな」

 物騒なリョクの言葉に、フシャーと仔猫から威嚇の声が放たれる。

「おもしれえ、やるか?」

「もう、ケンカしないの」

 睨み合う2人を(いさ)めてからマリオは仔猫を抱き上げ視線を合わす。

「これからよろしくね」

 賑やかになりそうな旅が楽しみなマリオだった。




 

 

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