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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
13/94

13、駅の庭園を完成させよう


「此処にいると異世界にきたとは思えないな」

 クスリと笑うと、マリオは目の前のクレープ屋台へと歩み寄った。

クレープの隣はお好み焼き、白玉入りフワフワかき氷、焼きそば、カレーにラーメン、焼き鳥にハンバーガーと見知った料理が並んでいる。

この世界の食材を使いアレンジはされているが、見かけは完璧に再現されていて実に食欲をそそる。


「はい、毎度」

「ありがとう」 

 売り子のお姉さんから礼を言って受け取った真っ赤なベリーと生クリームをタップリと使い、カラフルなフルーツソースが彩り良く、かかったクレープをさっそく一口齧ってみる。

「あ、美味っ」

 口の中に広がるほど良いベリーの酸味とクリームの甘味。

それに寄り添うフルーツソースとのバランスが絶妙で、思わず笑みが零れる。


これらの料理は聖女が伝えたと言われており、医療の一環として彼女が食事の改善に尽力した結果だ。

おかげでそれまで一日二回だった食事が三回に変わり、同時にただ食べるだけでなく、誰もが栄養バランスに気を付けたものを取るようになった。


カトウが売り出した氷魔法を付与した冷蔵庫や火魔法を使った簡易コンロの普及もそれを後押しし、リスエールの食文化は大いに発展した。



クレープを食べながら屋台街を歩いていると、新聞や雑誌の販売所があったり、魔石を動力にしたミニバイク風の乗り物が街中を走り、店先に置かれたラジオに似た魔道具からは軽妙なおしゃべりや音楽が流れ、その横では売り子が算盤(そろばん)でお釣りの計算をしている姿があった。



「こうして見ると地球産の物がたくさんあるね。

頑張ったんだな、聖女様とカトウさん」

 感心したように呟いてから、それを行った2人のことを思いやる。


「それくらい頑張らなといけないほど黒の魔王の影響は大きかったわけか」

 魔王の名の由来となった黒目黒髪という特徴。

この世界に黒髪の者はいるが黒い瞳の者はおらず、両方を持った者は渡来人しかいなかった。

その黒の魔王が起こした大厄災。

それはリスエールに生きる誰もを震撼させた。


その所為で後にやって来た2人にも、黒目黒髪ということで厳しい目が向けられた。

彼らは何もしていないのに何度も命を狙われたり、数え切れぬほど理不尽な目にあったという。


そんな黒目黒髪の悪評を跳ね返す為にも、2人はこの世界で役立つことを望み、奮闘したのだろう。


「学校に通ってた頃はこの茶髪のおかげで先生に目を付けられたり、同級生に虐められたりしたけど、此処では助かったかな」

 自らの毛先を軽く引っ張ってから、マリオはギルドを目指して歩き出した。



「手頃な依頼は…っと」

 ギルドの壁に貼ってある依頼書を眺めながらマリオは仕事を吟味してゆく。

「うん、これにしよう」

 イツキのおかげで懐に余裕はあるが、働くことが好きなマリオは嬉々として一枚の依頼書を手に取った。


「すみません。これをお願いします」

 笑顔で応対しているマールにカウンター越しに依頼書を渡す。

「はい、駅舎の庭造りの手伝いですね」

 無駄のない動きで処理を進めるマールに改めて『そよ風』を紹介してもらった礼を言い、請負証明の木札を手に取る。

 

「お役に立ったのなら何よりです」

 ニコニコと笑うとマールはいつものように『お気を付けて』と手を振って見送ってくれた。




「『不可能』の反対語は『可能』ではない。『挑戦』だ」


 駅長室の壁に掲げられたこの言葉はカトウの口癖だったとかで、本人が亡くなった後もこうして鉄道事業に関わるすべての者に礎として伝えられている。


その下にはカトウ鉄道の路線図。

本線は円を描くように深淵の森の周辺を走り、大陸にあるすべての国に行くことが出来る。

その本線から伸びた支線が各国の王都や主要都市を繋いでいる。


此処ゴーザは支線駅の一つで、イデア国王都からの終着駅となっていて2つ先の『サマルトア』という駅から本線に乗り換えると隣国のウェルテリアに行くことが出来る。


「魔導列車かぁ、それに乗って旅をしたら楽しそうだな」

 路線図を眺めながらそんなことを呟いて、マリオは出されたお茶を口に含んだ。


ギルドから紹介されたことを告げて木札とギルドカードを見せたら、何故か丁重に駅長室に案内され、高級そうな香りの良いお茶まで出されてしまった。

一介の庭師に対しては破格な扱いに首を傾げていたら。


「お待たせしました」

 ドアの向こうから立派な白髭を蓄えた紳士が姿を見せた。

「このゴーザ駅の駅長のラルフです」

 お日様のような笑顔を浮かべた駅長は、立ち上がったマリオに席に戻るよう勧めてから口を開いた。


「この駅にも専任の庭師がいるのですが、先日腰を痛めましてね」

「それは…どうぞお大事に」

 庭師の仕事は屋外での作業に加え、木の剪定・整枝に始まり、土に肥料を足す、庭石を動かすなど力仕事が主体だ。

よって腰痛を抱え込む者が多いのだ。


「ありがとうございます、伝えておきます。回復薬を飲んでいますので2、3日中には良くなるでしょう」

 この世界の回復薬は下級で『無いよりマシ』中級で『徐々に回復』上級が『時間はかかるが完全回復』最上級は『即効完全回復』となっている。

当然のことながらランクが上がるに従って高額になり、庶民が使うのは下級か中級がほとんどだ。


マリオの気遣いに礼を言ってから駅長は本題に入った。

「そこでギルドに依頼を出したのですが、噂の草木魔法師さまが来てくれるとは僥倖でした」

「噂?」

 怪訝な顔をするマリオに、ええと駅長がその瞳に愉快そうな光を宿して言葉を継ぐ。


「コマドリ亭の花壇を草木魔法を使って見事に作り直しましたでしょう。

それが話題になって街内音声放送局が取材に来たそうです。見たことのない斬新な花壇だと大絶賛で、そのことが放送されてから『コマドリ亭』は花壇を見にくる客で溢れ返っているそうです」

「…えっと、放送局って凄いですね」

 思ってもみない評価と話の拡散の速度にマリオは驚きを隠せない。


「出力の問題で放送範囲は街の中だけですが、半日もあれば取り上げられた事はゴーザの街の隅々まで行き渡ります。

人々に娯楽を与え、緊急時には最新の情報を伝える。

これも社長であったカトウの偉大な功績の一つです」

 我がことのように胸を張って言葉を綴る駅長の姿は喜びに満ちていた。


「駅長さんはカトウさんのことが大好きなんですね」

「はい、孤児で病気がちだった私を拾い、病院に連れていってくれて健康な体と学ぶ喜びを与えて下さった恩人ですから。

ですがそういった子供は私だけではありません。

『子は宝だ。可能性という種を持って生まれてくる。その種を芽吹かせて育てる手伝いをするのが大人の役目だ』と、社長は多くの孤児を救い面倒をみて下さいました。

カトウ家の恩義に報いるためにも貴方に庭造りをお願いしたいのです」

 不思議そうな顔をするマリオに、駅長は明後日に到着する辺境伯一家のことを教えてくれた。

 

この辺りを統治しているカッセル辺境伯の母親がカトウの末娘で、到着日が丁度彼女の60歳の誕生日なのだそうだ。

彼女はお嬢様であるばずなのに気さくに子供らがいる寮にやってきては幼い子の相手をし、年嵩の子には勉強を教えと何くれとなく面倒をみてくれたという。

駅長も子供の頃に随分と世話になり、その恩義を少しでも返したくて彼女が好きな花を使って祝いたいとずっと考えていた。


「最初はお好きな花を駅一杯に飾ってお迎えしようとしたのですが、出来たら後に残るものにしたいと思いまして」

「それで庭造りを」

「ええ、ですがいろいろとトラブルが重なり庭はまだ未完成の状態で、何とか明後日までに完成させたいのですが」

「分かりました。確約は出来ませんけど最善を尽くします」

「ありがとうございますっ。どうかよろしくお願いします」

 大きく頷くマリオの手を取ると、駅長は力強く握って頭を下げた。



「こちらになります」

 案内されたのは駅舎の裏手にある庭で、貴賓室の大きな窓から一望できる位置にあった。

庭は八割ほど出来ていてフランス様式に似た左右対称に並べられた花壇や美術品のように成形された植栽がバランス良く配置されている。


ただ残念なことに庭の中央部は土がむき出しのままで、荒涼とした印象を与えてしまっていた。


「此処には何を植える予定だったんです?」

「夫人が一番お好きなローラを植えるはずでした」

 ローラとは地球のバラに良く似た姿をした花で、違いは棘がないことくらいである。


「ですが取り寄せた苗に病気が発生し、仕方なく処分しました。

すぐに別の苗を送ってもらおうとしましたが…王都での祭典に大量のローラの花を使うことになり、融通出来ないと」

 困り果てた顔で言葉を綴る駅長にマリオは気の毒そうな目を向けた。


「処分した苗は何処にあるんです?」

「確か…庭師のハーリーが庭の外れに埋めたと聞きましたが」

 何故そんなことを聞くのかとばかりに此方を見る駅長に笑みを返してからマリオは口を開いた。

「取り敢えずいただいた図面の通りに造ってみます。足らない物は僕の方で何とかします」

「何卒よろしく」

 そう頭を下げると駅長は本来の仕事に戻るべく駅舎へと戻っていった。



「さてっと、始めようか」

 駅長を見送ってからマリオは仕事に取り掛かるべく歩き出した。

まず向かうのはローラの苗が埋められた場所だ。


「どんなものかな…」

 グローブに付与されている土魔法を使って辺りを掘り起こし、姿を現わした苗を手に取ってみる。

廃棄されて時間が経ってしまっているので、ほとんどの物は完全に枯れてしまっていたが数本はまだ生気が残っていた。


「頑張ったね」

 そう声を掛けてからマリオは苗に向かって【活性】と【治癒】の魔法を発動させた。

すると見る間にぐったりしていた苗達が元気に茂り出す。


「次は…」

 図面に従って芝生地を石で囲って一段高くした4ヶ所の菱形の花壇とその中心にある円形の花壇を土魔法を駆使して造り出す。


「だけど魔法って本当に便利だな。普通なら3日はかかる仕事がすぐだもの」

 そんなことを言いながら救出した苗を、中央に白、四隅に赤とピンク、オレンジに黄色と配置して、たっぷりと水を撒いてやる。


「少し仲間を増やそうか」

 隙間が目立つところに植木鋏で切り分けた枝を聖樹にした時のように土に刺して【成長】の魔法を放つと、すぐに花壇がローラで一杯になった。


「仕上げは…【開花】っと」

 マリオが右手を翳すとグローブ越しに紋章から緑の光が溢れて辺り一帯を暖かく包み込んでいった。







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