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緑の王さま異世界漫遊記  作者: 太地 文
12/94

12、前の緑の王の話


「ふ~、気持ちよかった」

 風呂上がりの火照った体を冷やすべく、マリオは窓辺へと歩み寄った。


さすがは最新の情報を扱うギルド受付嬢お勧めの宿だけあって各部屋に小さいが浴室が完備されている。

トイレも浄化の魔法が付与されていて清潔そのもの。


それは此処だけでなく、ギルドで借りたトイレもそうだった。

街中でも悪臭を嗅いだことがなかったので、どこもそうなのだろう。



「光の聖女さまには感謝しかないな」

 窓を開け、月の光に照らされる街並みを見下ろしながらマリオは小さく呟いた。


聖女が現われる前のリスエールは疫病が蔓延し、乳幼児や老人の死亡率は六割を超えていたという。

その原因のほとんどが不衛生な環境下で増殖した細菌による感染症。

医者である彼女としては絶対に見過ごせない事態だったのだろう。


最初はまったく相手にされず、逆に詐欺師呼ばわりされたりしたが、その医療知識で人々を救い続けた結果。

彼女の言うことに耳を傾けてくれる人が増え、今では辺境の街ゴーザでも日本と変わらぬくらい清潔な環境を整えることが出来ている。


「カトウさんもそうだけど、異世界に迷い込んでもしっかりと自分の信念を貫き通したんだな」

 その意気に尊敬と感謝を込めて、マリオはもう此処にはいない聖女に深く頭を下げた。



「だけどさすがは速さを誇る蜻蛉族だな。運搬方法はちょっとあれだったけど、おかげで思ったより早く町に戻れたよ」

 窓を閉めながらマリオはこれまでのことを思い返す。


あれから虫人族たちに大いに感謝され、全員参加の宴へと突入した。

聖樹の丘の近くに(かまど)が作られ、辛めのタレを使った串焼き料理とビールに似た酒が振舞われた。

飲めや歌えとばかりに大盛り上がりの後、名残惜し気な皆を残してゴーザの町に帰ろうとしたのだが…。


連れて来たリョクは酔い潰れて使い物にならず、仕方なしに歩いて帰ることにしたマリオに赤角が待ったをかけた。

「恐れ多いことですが、よろしければ某が王君を町までお送り致します」

「いいの?」

「はい、では失礼して」

「うひぃぃ」

 いきなりのお姫様だっこにマリオから悲鳴に近い声が飛び出す。


「やっ、これは…その…」

 おたおたしているマリオに気付くことなく、参りますと赤角は背にある銀色の羽根を広げるなり空へと飛び立った。


その後、姫抱きという羞恥プレイを受けつつ無事にゴーザの町に到着。

礼を言って赤角と別れ、夕闇が迫る中ようやくマールお勧めの『そよ風』にやってくることが出来た。



「ところでさ、イツキ」

「何用でしょう、我が王」

 姿を現したイツキに、マリオが少しばかり呆れたように言葉を継ぐ。


「僕に『要らぬ争いに巻き込まれぬ為にも行動は慎重に』とか言っといて、あれは無いと思うよ」

 虫人族の前で紋章を翳しての派手なパフォーマンスを指摘すると。


「それは申し訳ございません。確かに少々(はしゃ)ぎ過ぎたのは認めます。

ですがそれだけ楽しかったのです。我が下で静かに暮らす歴代の王を見守るだけの長き年月に比べ、我が王と過ごす時間の何と刺激的で楽しきことか。王の臣下となって良かったと心から思うばかりです」

 ニコニコと言葉を綴るイツキを前にして、はぁっと深く息を吐くとマリオは仕方ないなとばかりに頷いた。


「楽しそうで何よりだよ」

「はい。それに虫人族は忠誠心の高き一族ですゆえ、王のことを外に漏らすような真似はいたしません」

 どうやらそれを見越しての行動だったようだ。

 

「今日はいろんな人に会えたね。虫人族や風の王様や風の精霊王様とか。

それでイツキに聞きたいことが出来たんだけど」

「何なりと」

 胸に手を当てて恭しく頭を下げたイツキだったが、続けられたマリオの問いに思わず眉を寄せる。


「前の緑の王の紋章はどうして消えたの?」

「…それは」

 少しばかり逡巡(しゅんじゅん)してからイツキは(おもむろ)に口を開いた。


「先王が道に外れる行いをした訳ではありません。悪いのは…従者やその取り巻き達の在り方でした」

「どういうこと?」

 首を傾げるマリオに、イツキは小さく息を吐いてから先王即位の経緯(いきさつ)を語り出した。


「そもそもの始まりは先王の前の王が黒の魔王の襲撃により、その命を落とされたからです」

「黒の魔王!?」

 いきなり飛び出した同郷人の名にマリオが驚きに目を見開く。


「はい、その目的は今もって謎です。王君を殺してその首を(さら)し、国を滅ぼし、多くの命を葬り去っていったい何がしたいのか。

それが判らぬゆえに、その恐怖はこの世界全体を支配しておりました。

ですのでその後すぐに王となられた先王は、いつ魔王が自分のことを殺しにくるかと…それは怯えていらっしゃいました」


続けられた話によると、殺されるかもしれないというのに緑の王に選ばれたことを喜ぶばかりで自分のことを心配すらしない親や周囲の者に絶望し。

魔王が火の王に討たれた後も他人と接することを極端に嫌い、結界内にある家にずっと引き籠ったままだった。

そんな王に代わって外界との遣り取りをするのが2人の従者たちだった。


エルフ族の寿命は長く、他種族は百年程であるのに倍である二百年の時を生きる。

しかも成人後の百五十年はそのままの容姿を保ち、晩年に入ると徐々に年老いてゆく。


最初の百年の従者はきちんと王の意向を伝えていたのだが、彼らが老いて交代した後の従者たちは並外れたエルフ至上主義者だった。

尊いエルフ族の中でも緑の王に仕える従者という地位。

それは激しい選民意識を生み、そのうち好き勝手な振る舞いをするようになった。


陳情に来た者達から金品を受け取り、やがて無心や強要をし始め、王の威光を笠に着てやりたい放題。

旨味がないと判断した陳情者は、リョクのようにけんもほろろに追い返すのが常だった。

そんな彼らの周囲には、そのおこぼれに与かろうとする輩が集まり、賄賂の額はどんどん高額になっていった。

その所為で『緑の王は金の亡者』と陰口を叩かれるほどだった。


「従者達の所業に先王も薄々は気付いていたようですが…。

揉め事を嫌い、敢えて目を逸らし続けておりました」

「嫌なことや面倒なことから逃げて、自分を守ってくれる絶対に安全なテリトリーから出てこない…なんだか子供のような人だね」

 ため息混じりのマリオの言葉に、はいとイツキが頷く。

「確かに先王は齢三百を超えても幼い少女のような方でした」


「さっきイツキは『道に外れる行いをした訳ではありません』って言ったけど、話を聞く限りそうは思えないな。

いきなり王にされて、しかもいつ殺されるかって状況で怖かったのは分かるよ。

でもだからって引き籠ったままで、いつまでも何もしないでいるのはダメだと思う。

前に庭師の仕事で社屋の中庭の手入れに行った時のことなんだけど。

そこと別の会社とで合併の話が持ち上がっていて、僕がいた庭先で双方の社長さんが言い争っていたんだ」

 盗み聞きしたことに軽く肩を竦めてから、マリオはその時に耳にした話を披露する。



「どうして君はそうまで新しいことを嫌うのかね。

そこが君の一番悪いところだと何故気付かない?」

「私の経営方針が間違っていると言いたいのかっ」

「ああ、強烈な主張も大胆な決断も無い代わりに、危ない橋を渡らない鈍牛のように慎重な君の経営スタイルは会社に一定の安心感を与えたことは確かだ。

しかし問題はその慎重さがトラウマにも似た現状変更への『恐怖』から来ていたということだ。

だから君は自らが社長として君臨するための秩序維持を最優先し、時代が変化しているにもかかわらず改革を軽視した。

その結果がどうだ?

君は構造が固定化した『何も変わらない会社』を作っただけで終わってしまった」



「それが決定打だったらしくて合併の話は流れてしまって、その『何も変わらない会社』はしばらくして倒産したよ」

「…変わることを恐れて何もしなければ、待つのは滅びだけということですね」

「うん、それに従者の行いを知っていながら何もしなかったのは責任放棄に当たると思うし」

「…天も王のようにお考えになったのでしょう。

いつまで経っても変わることのない先王を見限り、天命を失わせた」

 イツキの話にマリオは哀し気に言葉を紡いだ。


「王であることに振り回され続けた一生だったんだね」

 そう言うとマリオはそっと目を閉じた。

『静かな眠りのあらんことを。再び生まれ来る時は良き出会いを得られるように』

「そちらは?」

 手を合わせ祈りを捧げる姿を見やりながら問い掛けてきたイツキに、マリオは笑みと共にその由来を教える。


「これは僕がいた世界のチベットって国を旅した時にそこの僧侶さんに教えてもらった言葉なんだ。またこの世に生まれた時は好きなように生きて幸せになってくれたらいいなって」

「会ったこともない先王の為に祈るのですか?」

「まあ、同じ緑の王のよしみだし。僕がしてあげられることはこれくらいしかないしね」

 トレードマークのふんにゃんとした笑みを浮かべるマリオに、そうですかとイツキは小さく頷いた。

「改めて王の臣下となって良かったと心から思うばかりです」

 楽し気なイツキに、あはっとマリオは困ったような笑みを零した。

そして話の中で生まれた新たな疑問について聞いてみる。


「ところでさ、イツキは前の王が何もしないことを(いさ)めなかったの?」

 自分に対していろいろと世話を焼いてくれるイツキが何もしなかった

とは思えず不思議そうに問いかけると。


「我が王は特別です。本来、王とこのように親しく言葉を交わすことはありません。我と緑の王が顔を合わすのは即位の時と退位の時の二度だけ。それが慣例でした」

「それ以外は接触無し?」

「はい、我が下で静かに暮らす王と話す必要はありませぬ。

我の役目は王の保護という名の監視ですゆえ」

 確かに監視対象に情を持ってしまっては支障が出るので、それは仕方のないことだろう。


「じゃあ僕があの家に住むことになっていたら」

「退位の時まで会うことはございませんでした。

ですから我が王は特別なのです。世界を見て回る旅に出るなどと言い出したのは開闢以来、王が初めてです」

「まあ、僕は一か所にじっとしてられる性分じゃないしね。そう言うことで…これからもよろしく。イツキ」

「はい、親愛なる我が王」

 笑みを浮かべて会釈をするイツキに、マリオも笑みを返した。

 



 


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