11、虫人族の未来
評価、ブックマーク、誤字報告をありがとうございます。
拙いお話ですが少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。
「この言葉はこのような時に使うものと『光の聖女』が残した書物にありましたが」
「元凶はそこかぁ」
イツキの話によると、どうやら聖女は大の時代劇ファンだったようだ。
彼女が記憶を頼りに書き残した物語は勧善懲悪なストーリーが受け、この世界でベストセラーになっていた。
他に『小銭を投げて犯人を捕らえる衛士の話』や『背中に桜吹雪の模様がある騎士団長の話』『金で依頼人に代わって陰から悪を打つ仕事師の話』『暴れ者の将軍の話』『エチゼンという名裁判長が活躍する話』などがあるらしい。
派手に脱力した後、マリオは目の前に広がる土下座の平野を見やった。
この世界にも土下座ってあったんだ…などと軽く現実逃避をしてからとにかくこの場を治めようと口を開く。
「えっと…取り敢えず頭を上げて下さい」
マリオの言葉に一同が恐々と顔を上げる。
しかしその顔には紛れもない怯えがはっきりと見て取れる。
「僕ってそんなに怖い顔してるのかな?」
どこかズレたマリオの言に、いえっとイツキが笑みと共に首を振る。
「大変お可愛らしい面をしていらっしゃいます。
彼らが怯えているのは緑の王が生殺権を握る存在だからです」
「へ?」
訳が判らないと言った顔をするマリオに、呆れた様子でリョクが口を開く。
「あのな、植物はすべての食い物に関わっているだろ。
その主たる緑の王の機嫌を損ねて恩恵を絶たれたら、次から口に出来んのは水と塩を振った肉くらいしかなくなるからな」
リョクの話にマリオも納得の頷きを返す。
野菜はもちろん、パンや酒、果実や香辛料などが消えた食卓は確かに寂しいものとなるだろう。
「それに食い物だけじゃねぇ。服や靴、家具に紙、弓矢や槍とかもだ。
植物が無きゃ作れねぇモンばっかだ」
「はい、過去に緑の王に無礼を働き怒りを買った人族の王の国はそれゆえ一月を経たずして滅びました」
そんな会話をしていたマリオ達の前に、蜘蛛族のリーダーが決死の表情で進み出て来た。
「緑の王君とは知らず数々の御無礼、誠に申し訳ありません。
我らが間違っておりました。聖樹を大切に思うあまり何もしなかったことが一族の滅亡を招くことになろうとは…。
しかも王君の言葉を信じることなく無礼を働くなど言語道断。
この失態は、どうかこの首一つでお許しいただけるよう伏してお願い申し上げる」
言うなり自分の喉笛を掻っ切ろうとその爪を閃かせる。
「待ってくださいっ!」
慌ててマリオが制止の声を上げるが、とても間に合わない。
「愚かな真似をするなっ、朱黒」
しかし喉に届く寸前、その手を掴んで止める者がいた。
「は、離せっ。赤角っ」
喚く蜘蛛族のリーダーを赤い体色と同色の触覚を持ち、緑の目をした蜻蛉族の男が睥睨する。
「お前一人が罪を償うのは違うだろう。聖樹を弱らせてしまったのはその言葉に賛同した某ら全員の咎だっ」
最もな男の言葉に、朱黒はガクリと力なく膝をついた。
朱黒が無事なことにホッとしつつ、マリオはこの場にいる者達を見回した。
「みんなが聖樹を大切に思う気持ちに嘘はなかった。なのにどうしてこんなことになったか分かる?」
「それは…某らが愚かだった所為かと」
肩を落とす赤角に、そうだねとマリオは頷いた。
「勝手な思い込みで真実を捻じ曲げてしまった。
でもそうなってしまったのは木に対しての知識がなかったから。
だから…勉強しよう」
「べ、勉強?」
困惑も露わに聞き返す赤角に、うんとマリオが笑顔で頷く。
「木のことに限らず、分からないことや迷うことがあっても知識を得ていたら正解に辿り着ける可能性は高くなるから」
「そんなんどうやりゃいいんだっ」
不満気なリョクに簡単だよとマリオが言葉を返す。
「分からないことがあったら他の人に聞けばいいんだよ。
森に引きこもってないで、どんどん外に出て他種族と交流を持てばたくさんの知識を得ることが出来るよ」
「簡単に言ってくれるぜ。俺らの姿を見た途端、逃げ出す連中とどうやって付き合えってっ!?」
「それについては良い手があるよ。…ちょっと失礼」
言うなりマリオはポケットから鑑定のモノクルを取り出した。
「出会った時、こっそりリョクさんを鑑定させてもらったんだけど」
「てめっ、いつの間に」
「だって得体の知れない人と関わりを持つのは危険でしょ」
しれっと言ってのけてからマリオは集まっている虫人達を見回し次々と鑑定をかけて行く。
「やっぱりみんな擬態のスキルを持ってるんだね」
「あ?あたりめぇだろ。それが無きゃ上手く狩りが出来ねぇだろうが」
獲物に近付く為に草木のに擬態して気配を絶つのは、虫人族にとって当たり前のことなので呆れ顔でリョクが言い返す。
「みんな、ちょっと手を貸してくれる?」
言うなりマリオは切り落とした聖樹の枝を抱えた。
「何をなさるので?」
不思議そうな赤角に笑みを返すと、マリオは周囲を見回した。
「これを全部…そうだな、あっちの丘の上に運んでくれる」
先頭に立つマリオの後を、枝を持った虫人達が続いてゆく。
「えっと…まずは土魔法で穴を開けてと」
直径50㎝程の穴を掘ると切り口を下にして枝を中に入れてゆく。
他の者達もそれに倣い、たちまち穴は枝でいっぱいになった。
「ありがとう。じゃあみんな少し離れて」
マリオが何をするのか興味津々といった様子で、一同は離れた場所から穴を取り囲む。
「さてっと」
気合を入れてからマリオは手を翳し、緑魔法の【成長】を放つ。
「おおっ!」
次々と上がる驚愕の声の中、淡い光を放ちながら枝がどんどん上へと伸びてゆく。
やがてそれは絡み合い、一本の太い幹へと変わった。
その大きさは元の聖樹に勝るとも劣らない。
「自分でやっといてなんだけど…完全にト〇ロの気分だな」
大木となった様を見上げてからマリオは新たな魔法を放つ。
「続いて【進化】と【豊穣】っと」
マリオの手にある紋章から緑の光が溢れ、それに呼応するように枝葉がキラキラと輝き始めた。
すると見る間に枝先に花が咲き、次いでそこに黄色い実が姿を現す。
「実がっ」
「馬鹿なっ。まだ春先だぞっ!」
驚愕する皆の前でマリオはたわわに実った果実の一つを手に取った。
「この実は聖樹と同じで食べればしばらくの間、空腹になることはないよ。それとは別の効能も付けたから」
「別の効能?」
首を傾げる赤角に頷くと、はいとマリオはその目の前に実を差し出す。
「食べてみて」
「拝領いたします」
大きく息を吐くと赤角は覚悟を決めたような顔で受け取った実を口にする。
「…美味い」
小さくそう呟くと、嬉々として残った実を食べ始めた。
「そんなに美味いのか?。聖樹の実は身が縮むくれぇ酢っぺぇと相場が決まってるもんだが」
「はい。ですがこの実はとても甘く、さわやかな酸味もあり、大変に美味です」
「そんなにかっ!?どれ、俺にも食わせろっ」
言うなりリョクも手近な実を取って食べだした。
「う、うんめぇぇっ」
そう叫ぶなり、リョクは一心不乱に実を食べてゆく。
「そろそろいいかな。では風見さん」
「そ、某のことでございますか?」
驚いて聞き返す赤角に、当然とばかりにマリオが頷く。
しかし…。
「その呼び名は…何故かとても恐れ多く感じますので、出来ましたら止めていただきたいかと」
「えーっ、仕方ないな。じゃあ…セキさんで」
渋々と呼び名を変えてからマリオは赤角に向き直った。
「虫人以外の姿を思い浮かべて擬態のスキルを使ってみて下さい」
「分かり申した」
言われるまま赤角がスキルを発動させると…。
「何だとっ!?」
「赤角の姿がっ!」
驚きの視線の中、その姿が赤い髪に緑の目をした人族の男の姿に変わった。
「この実のもう一つの効能は、みんなが持ってる擬態のスキルレベルを上げること。これなら他の種族の町に行くことができるでしょ」
「さすがは我が王。祝え!王が新たな力を示した瞬間に立ち会えたことを誇りとするがいい」
背後で両手を広げて芝居がかったセリフを放つイツキをサクッとスルーしてマリオが言葉を継ぐ。
「この実は…そうだな『変身の実』とでも呼ぼうか。
これをどう使うかは虫人族の人達に任せるよ。
ただ異種族が同一地域で生存する以上、トラブルは避けられない。
みんな自分が大切だからね」
紛争地帯を含む多くの国を旅してきたマリオの言葉には実感が籠っていた。
「それに多くの知識が入って来たら、混乱することや不都合なことが起こったりすると思う。だからこの言葉をみんなに贈るよ。
『艱難汝を玉にす』
これは僕の故郷の言葉で『困難や苦労を克服することによって初めて大きく成長できる』って意味なんだけど。
トラブルに見舞われても、それを乗り越える力と英知を虫人族が持っていると僕は信じてる」
マリオの言に、その場にいた誰もが覚悟を秘めた目で大きく頷いた。




