1、迷子になって異世界に
素人作品です。
少しでも楽しんでいだだけましたら嬉しいです。
他作品を同時進行で書き溜め中なので更新は遅めです。
よろしくお願いします。
「出来ました」
「そうかい。…どれ」
飯屋の女店主は店前の花壇の様に歓声を上げた。
「凄いじゃないかい!元通りどころか前より綺麗になってるよ」
滅茶苦茶になっていた花壇には色とりどりの花が咲き、壊れていた石板の囲いも綺麗に直されている。
「大したもんだ。気に入った、約束通り昼飯は私の奢りだ。
好きに注文しな」
「ありがとうございます」
嬉し気に頭を下げ、ふにゃんとした笑顔を浮かべたのは薄茶の髪に琥珀の瞳を持つ青年だ。
「けど大したもんだね。まるでお貴族様の庭みたいだよ」
オーク肉を使った野菜煮込みと黒パン、ハチミツ入りのレモン水をカウンターに乗せながら店主が感心しきった様子で青年を見つめる。
「故郷で駆け出しだけど庭師だったから、そのおかげかな」
「へー、その故郷ってのは何処にあるんだい?」
「凄く遠くにある日本っていう国だよ」
「…初めて聞く名だね」
「だと思うよ」
ニコッと笑うと青年は、いただきますと手を合わせてから目の前の定食を口に入れる。
「あ、美味い」
とろとろに煮込まれた甘辛な肉は歯がいらないほどの柔らかさで、まるでビーフシチューのような味わいだ。
素直な誉め言葉にたちまち店主の相好が崩れる。
「だろう、ウチの飯はこのゴーザの街でも美味いと評判なんだよ」
「おーい、こっちにもオーク定食とエールをくれ」
「俺もだ」
ご機嫌で胸を張る主人にテーブルに着いた客から注文が入る。
「あいよ。じゃあ、ゆっくり食べとくれ」
ポンと青年の肩を叩くと店主は早足で厨房へと姿を消した。
その背に小さく会釈をしてから青年は食事を再開させる。
「…この世界でも何とかやって行けそうだな。女神さまに感謝かな」
そんなことを呟きながら。
背にした黒いリュックに茶色のフード付きマント。
ごく普通の旅人に見える彼にはある秘密があった。
彼の名は立花万里生。
つい3日前まではごく普通の庭師の青年だった。
その昔、盆栽の魅力に取りつかれ遥々日本にやってきたイタリア人の母と庭師だった父が恋に落ち、師でもある祖父の大反対を押し切って結婚。
そして生まれたのが万里生だった。
因みに万里生という名は母方の曾祖父のものを受け継いだからで、世界一有名な配管工が由来ではない。
イケメンで面白い父と少しばかり気が強いが優しい母とのイタリアでの生活は楽しくて幸せだったが、残念ながらそれは万里生が10才の時に2人の事故死によって終わりを迎えた。
それからは日本で祖父と暮らしながら父と同じ庭師を目指し、大好きな植物を育てる日々を送っていた。
しかし得意先へ向かう道、駅のエレベーターに乗り込んだら。
「えっ?」
世界が激変していた。
開いた扉の先に広がる見たことの無い華が咲き誇る優美な庭園。
その中央に少しばかり困り顔を浮かべた絶世の美女が立っている。
「あ、あの…」
「こんにちは、立花万里生さん」
「え?何で名前?」
盛大にハテナマークを飛ばしている万里生に、女性は笑んだまま言葉を継ぐ。
「私の名はイネス、貴方にとって異世界であるリスエールを管理している女神です」
「…はぁ」
訳が分からないまま、いつの間にか傍らに現れた椅子とテーブル。
勧められるままそれに腰を下ろすと、一瞬で湯気の立つお茶が出現する。
「とても気の毒なことなのだけれど…」
ため息混じりな女神の話を要約すると、万里生は迷子なのだそうだ。
稀に異世界同士が接触して次元の壁に穴が開くことがある。
万里生はちょうど空いたその穴を通って女神のお膝元である神界に迷い込んでしまったのだと。
まるでラノベのようなことをいきなり言われても、とても信じられるものではないが、目の前の状況が彼女の話が真実だと教えている。
「えっと…元の世界には」
万里生の問いに女神は緩く首を振った。
「帰ることは叶わないわね。穴はもう閉じてしまったもの。
また空くのは百年後か、二百年後か…それに空いたとしても貴方がいた世界に繋がるとは限らないわ」
「…そんなぁ」
ガックリと肩を落とす万里生に、女神はさらに追い打ちを掛ける。
「この神界にも長くはいられないわ。人の身体は此処の神気に耐えられないの。
このままだと消滅してしまうわよ」
「ええっ?ならどうしたら」
「私が管理するリスエールへお行きなさい。
創造神さまに造られてからまだ一万年しか経っていない幼い世界だけれど、人の想いや在り様はあなたの世界とそう変わりはないわ。
それに他の人はもう向かったわよ」
言われてエレベーターには万里生の他に4人が乗っていたことを思い出す。
「その人達は無事なんですか?」
「ええ、貴方のように神界に来ることはなかったけれど、それぞれの時の場所に辿り着いています」
「時の場所?」
「穴を通った時間の違いによって降り立つ時と場所が変わるの。
貴方が向かった先で巡り合うことが出来るかは私にも分からないわ」
「そっか…」
深いため息をつく万里生に女神は憐憫の表情を向けた。
「貴方の望みは何かしら?」
唐突な問いに深く考えることなく万里生は思ったことを口にする。
「望み?…うーん、大好きな植物と一緒に暮らして行けたら嬉しいかな」
「分かりました」
大きく頷くと、女神はゆっくりと立ちあがった。
「へ?あの…」
盛大に首を傾げる万里生の前に使い慣れた黒いリュックが光と共に姿を現わす。
「私からの餞別です。リスエールは少し厳しい世界ですからこれらを使って生き抜いて下さい。この中にある食べ物は無くなることはありません。
それとリスエールの言葉が使えるようにしておきます。…では」
「ちょ、待っ…うわぁぁっ」
スッと足元の地面が無くなり、たちまち万里生は下に向かって落ちていった。
「実り多き一生を送れることを祈っています」
優美な笑みを浮かべ、女神は万里生に向かって小さく手を振った。
「うぅーっ、死ぬかと思った」
気付けばマリオは森の中に倒れていた。
「神界に長居は出来ないっていってたけど、いきなり放り出すのはないよなー。心の準備ってものがさぁ」
ため息混じりにそんなことを口にしたマリオだったが、すぐに大きく首を振った。
「じいちゃんが言っていたよね、不平不満や愚痴は不幸を呼び寄せる呪文だって。助けてもらったのにすみません。女神様」
両手を合わせて謝るとマリオは周囲を見回した。
背の高い木が生い茂る深い森。
強いて言うなら青木ヶ原の樹海に近い感じがする。
「何だかとんでも無いことになっちゃったな」
あまりの急展開に呆然となるが、取り合えず現状を確認する。
着ているのはТシャツにGパン、パーカーにスニーカー。
ポケットにあったはずのスマホや財布は無くなっていた。
手にあるのは女神にもらった黒いリュックのみ。
「マンハッタンで追い剥ぎにあった時以来のピンチだな」
それは18の夏、初めての一人旅でニューヨークへ行った時のことだ。
夕暮れ時、一人で歩いていたら大柄な三人組に裏路地に連れ込まれ服以外すべてを持って行かれることになった。
「あの時はマジで殺されると思ったけど、こうして何とか生きてるし」
トボトボと半べそをかきながら肩を落として歩くマリオに気付いた通行人が声を掛けてくれ、事情を知ると最寄りの警察署まで連れていってくれた。
結果的に荷物も財布も戻っては来なかったけれど、気の毒がったその人が親身に世話をしてくれた。
自らも旅人だという彼は、観光地はともかく普通に街中を歩くなら目をひく貴金属や腕時計は着けて歩かないこと。
路地に引っ張り込まれないよう必ず車道側を歩くこと。
(マリオはこの2つに抵触していた)
財布は最低でも3つ、それぞれに分けておけば強盗にあった時に1つを差し出せば1/3の被害で済む…と旅のノウハウをいろいろとレクチャーしてくれた。
『今回の失敗は次に活かせばいいよ。少し気を回せば危険をやり過ごす事は出来るし、何より知らない場所に行って、知らなかったことを知ることが出来る旅ってやつは本当に素晴らしいものだから』
かけてもらったその言葉が凄く嬉しくて、おかげで初めての一人旅は悪い思い出にならなかった。
「あれが切っ掛けだったよな。世界を旅して回り出したのって」
別れ際にお礼をしたいと言ったら、返された言葉。
『親切にされて嬉しかったのなら、その親切を今度は君が他の困っている人に回してくれたらいいよ。親切のグルグル回しだ』
その言葉に従い、休みを使って訪れた様々な国で受けた親切を返して回った。
たくさんの人と知り合い、笑い合える旅が楽しかった。
「ま、世界は変わったけど…やる事は変わらないな。
いろんな場所に行って、たくさんの人と知り合いになって、そこの名物や美味しい物を食べたい」
この世界で生きて行く覚悟を決め、マリオはリュックを見つめた。
「女神さまからのプレゼントか。何が入っているのかな?」
リュックの中を覗いてみて…絶句する。
そこにあったのは真っ黒な空間だった。
「これって…ラノベによく出てくるアイテムバッグ?」
恐る恐る手を入れてみると、頭の中に情報が流れ込んできた。
「…今朝、僕が入れた物だ」
水入りペットボトル、鮭とおかかのお握り2個、チョコ菓子
手拭い、それと愛用の植木鋏。
「中の食べ物はいくら食べても無くならないって言ってたよね。
だったら当面は飢え死にすることはなさそうだな」
取り出したペットボトルの水を飲んで息を吐く。
「ありがとうございます、女神さま。長生き出来るよう頑張ります」
決意と共に空に向かって頭を下げるマリオだった。