その婚約破棄、後押ししましょう!
息抜きに初めての短編です。
ちょっと、あまり考えずに書いたので設定があやふやかもしれません。
温かい目でお願いします。
煌びやかな舞台の中心。突如、女の甲高い悲鳴が響いた。
「っ、ルシカ……!」
「ふえぇぇぇん、ベルリラ様ぁ!」
床に尻もちをつき、目に痛ましげな涙を溜める少女。そして、愛しい彼女の痛みを感じたような悲しい表情をして駆け寄る青年。彼女達はそう、紛れもない被害者だった。ルシカと呼ばれた少女はベルリラ、所謂ベスティカ王国第一王子、王位継承権第一位の青年の胸元に飛び込んだ。
また、彼らの眼前に立ち、彼らをどこか冷めた目で見つめる少女がいた。
「……大丈夫ですか?」
「っ貴様!」
まるで親の仇を目の前にしているかの如く、ベルリラは睨み、吠えた。
「貴様のせいでルシカがまた怪我をしたぞ! いい加減にしろ!」
「ベルリラ、さま、いい……のです。どうか……お姉様をお許し下さいませ」
「本当にルシカは優しいな。だが、もういい加減、うんざりしたんだ。ティスロナ! もはや情状酌量の余地はない! 貴様と俺の婚約は破棄させてもらう!」
おやおや、これは。
現在、ここは夜会中。しかも、ただの夜会ではない。国王も王妃も、加えて隣国の使者や王太子までもが参加している夜会だ。こんな国大一番の場所で、こんな醜態を晒すなど、ベルリラという第一王子は頭のネジが緩いらしい。
夜会に参加し、尚且つ第三者を決め込んでいたとある人物は内心でこの一連の事件に関心していた。
宣言した第一王子はこの中でティスロナという婚約者――いや、破棄されるのだったら元婚約者か――を辱めたことに達成感を覚えているのか、ドヤ顔で白髪で黄色い瞳をした少女、ティスロナを見下していた。
まあ、反対にその肝心なティスロナの方は相変わらず感情のない顔をしているだけで、ベルリラ達を見てはいなかった。まるで、とある人物と同じく第三者のようだ。
「また、と仰られても……私はルシカに何一つ傷を付けておりません」
淡々としたティスロナの説明口調にベルリラは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
ふと疑問に思うが、この第一王子、感情が顔に出過ぎではないのか。ああ。だから未だ王太子に任命されていないのか。
当たり前か、ととある人物は一人で納得する。
「とぼけるな! 再三とルシカに優しくしろと言っていただろう?!」
「では、私がその度に申し上げた、私は何もしておりません、という言葉も無視しないで頂けますか」
「はんっ! 貴様の言うことなど信用できるものか」
「……では、私も殿下の言葉に従う理由はありません」
「貴様……俺に逆らうというのかっ! それに、今更どれほど言葉を重ねようとも、貴様がやって来たことはここにいる貴族全員が知っている。罪は免れられないぞ」
とある人物の周りにいたベスティカ王国の貴族達も縦に首を振る。どうやら、この国もさっさと滅亡したいらしい。
茶番がヒートアップしてきたところで、とある人物の下に一人の青年が密かに近寄った。
「……何だ。お前が操っているんじゃないのか……」
そして、そんな失礼極まりないことを口にする。
「操るわけないじゃない。早く殺したいなとは思っているけれど」
空色に紫がかったドレスを身に纏い、扇子で口元を隠すとある人物こと、セーティはティスロナとベスティカ王国第一王子を見つめ、物騒なことを平然と宣った。
それでも実行に移さないのはこの青年、ベフィの言いつけを守っているだけに過ぎない。もしベフィとの約束がなければ、セーティは真っ先に殺していたに違いない。
「やるなよ?!」
「許可されていないからやらないわ」
「はぁ……お前といるとホンットに心労が絶えない」
「…………ねえ、そんなことより、私、さっさと帰りたいんだけど。てゆーか、さっさと終わらせたいからあの婚約破棄、後押ししていい?」
セーティのまさかの言葉にベフィは狼狽え――――ることはなかった。
「……ああ。俺も同感だ」
むしろ、協力する一択である。
ベスティカ王国の国王と王妃に目を配れば、彼らは彼らで顔を真っ青に変え、近くの従者達に何か命令をしている様子が見える。そして、セーティ達の視線に気付くと、身体を硬直させた。セーティ達がやろうとしていることを察したのだろうか。まあ、何にせよ、セーティ達を止める者はこの場にはいないし、セーティ達自身、止める気はさらさらない。
周りのベスティカ王国貴族のこともあり、ティスロナはセーティ達が目を離している隙に窮地に立たされていた。
――可哀想なティスロナ様。私の世界でたった二つしかない私の宝物。
「その手を振り下ろすことは許さないわよ」
かなり過激になったらしく、ベルリラは右手を天高く上げ、今にもティスロナの頬に傷を付けようとしていた。
突然の乱入者にベルリラも、そしてベルリラの胸元で微笑んでいたルシカも、一瞬唖然とする。まさか、乱入されるとは思ってもみていなかっただろう。
「な、んだ貴様ら……! この俺に指図でもするつもりか!」
おや。一国の第一王子だと言うのに、ベフィのことを知らないらしい。
この国ではあまり知られていないのか、とセーティが周囲を観察したところ、セーティはともかく、ベフィの乱入に顔色を変える者は多い。つまり、気付いていないのは第一王子だけということだ。
そんなむの……いや、第一王子を一瞥するだけで、セーティはすぐにティスロナに視線を固定させる。
表情こそ変わらず平気なようだったが、やはり十八の少女だ。怖かったのだろう、手足が震え、息が浅く短いものになっていた。
「ティスロナ様、大丈夫ですか?」
「っ……え、ええ」
「ティス、無理はするな」
「あ……ベフィ様……」
まあ、それも、セーティとベフィがいれば治るというもの。
しかし、ティスロナはセーティ達に迷惑をかけたくない、と考えているのか、それとも巻き込みたくない、と心配しているのか、不安げな瞳でセーティとベフィを交互に見つめる。そんなティスロナにふと、セーティは微笑み、「ティスロナ様はここで堂々として下さいませ」と言って第一王子達の方向を振り向いた。
――さあ、ここからがこちらのターンだ。
「ベルリラ様、この者達は今、ベルリラ様を無視しましたわ!」
「ああ、分かっているよ、ルシカ。おい、貴様ら、この俺を誰か知らないらしいな……? この俺は」
「ベスティカ王国第一王子王位継承権第一位ベルリラ・ロウ・ベスティカ」
さぞ予想外だったのだろう、ベルリラは目を大きく見開き、周りの貴族は恐怖で引き攣った顔をし、そしてベスティカ王国国王及び王妃は腰が抜けて椅子から立ち上がれなくなった。
セーティが名前、それもフルネームと役職名を口にするということがそれほどまでに影響力を持ち、絶望を与えるものであったのだ。
「ベスティカ王国国王。こいつを廃嫡せよ」
「なっ……!」
「……しょ、承知、いたした……」
「ち、父上?!」
ベルリラは人生最大の驚きと絶望を体感していたが、これはまだまだ序の口。セーティが齎すのはこれだけではない。
「また、このク――こいつを永久に幽閉か、国外追放にしろ」
「……はい」
「少しでも甘くしたらどうなるか、分かっているだろうな? 厳しくしろ」
「……はい」
すると、ベフィから訝しげな視線を送られる。
その意味は確実に、『殺すんじゃなかったのか』というものだ。
その視線にセーティも同様に、『楽に殺すより人生を続けさせて絶望させる方がいいわ』と答えてやる。
ベフィからドン引きされたことは言うまでもなさそうだ。それに、わざわざ処刑など、面倒臭いに決まっている。なぜこんなクズにそこまでしてやらなければならないのか。セーティはそこまで優しくはない。
その間にも、ベルリラは父親である国王に抗議しているが、覆すことはできはしない。一国の王であっても、セーティの処罰に異議を唱えることは許されていない。王が全てである彼らには分かるはずもないことではあるが。
「なぜだ……! この女は俺のルシカを傷付けたんだぞ?!」
もうそろそろ、黙ってほしくなってきた。
ティスロナに目を向けてみれば、目を伏せて憔悴し切っている。
正直、セーティはここまでの会話でベルリラという男とこれ以上話したくなくなってしまった。
さっさと終わらせるか。
小さく呟かれたその言葉は果たしてセーティとベフィ、どちらのものであったか。いや、同時だった。
「ティスロナ様が傷付けた、ね」
「そ、そうだ。その女はルシカの美貌、性格、全てに嫉妬し、日常的に暴力を振るっていた。しかも、ルシカの服や装飾品も奪っていたという。その女こそが裁かれるべきなんだ!」
「私はそんなこと――」
「黙れ! 貴様にどれほどの温情を与えていたと思っている?!」
「ベルリラ様……!」
第一王子の胸元に涙を浮かべて飛び込むルシカに第一王子は人当たりのいい微笑みを返し、二人の世界へと旅立っていく。そのまま帰って来なければいいのに、とはさすがに言わない。
とは言え――
「……暴力。強奪。――温情、ねえ?」
一つ一つ挙げるセーティ。その表情は微笑み。
天使の微笑みではない。悪魔に似たものである。
「な、なんだ……」
「ふふ。ふふふふふ。――――本当に?」
最後、それまで笑っていたセーティの笑い声が途切れると同時に、セーティの表情は消えた。瞳の奥では怒りが込み上げ、しかしそれを一切表に出すことはない。王族であればこれくらい、お手のものにならなけらばならなく、セーティはそれについては得意、と言っても過言ではない。
この場に漂う怒りはセーティのものだけではない。ベフィのものも加わっている。
それもそのはずだ。なぜなら――
「暴力は知らないが、ティスロナ様が奪った? 違う。ティスロナ様は奪われた。お前に」
「な…………っ、そんなわけ……!」
「ならば、返してもらうぞ」
へ、というルシカの虫唾が走る声を無視して、ベフィはルシカの左胸で光り輝いていた宝石の飾り物を無理矢理ドレスを引き千切って取った。
きゃあぁぁぁぁっ、というイラつかせるしかないルシカの悲鳴に「チッ」と舌打ちをして、ベフィは続いてルシカの髪に飾られた髪飾りを抜く。
既に浮かべていた涙はルシカの瞳にはなく、般若の表情をするおぞましい醜女がそこにはいた。
「な、何をするの!!」
「はあ? 返してもらったんだよ。こいつは俺がティスにあげたものだ」
そう。
このペンダントや髪飾りといった装飾品は全て、ベフィがティスロナに贈ったものであった。ティスロナに合うようにとベフィがわざわざ店に足を運んで数日悩んだ末に贈ったものもある。それをルシカに奪われた、とベフィが知るやいなや何気に、セーティよりもベフィの方がこの件に関しては静かに憤怒している。
だからこそ、ベフィは常に被る仮面を取り払い、この場に立ち、ルシカだけでなく、ルシカの母にまで足を進め、プレスレットと扇子を奪い取る。
さっきまでは空気と化していたベフィの暴挙に周りは唖然としている。
一方、セーティはベフィのその背中を眺め、だったら私も、とルシカに歩み寄った。
「ねえ、その首輪、返してくれない? ベフィみたいに無理矢理は取りたくないから」
返さないのであれば、首ごとになるけど。貴族の令嬢とは思えぬ発言に、ルシカもベルリラも、そして周りの無関係な人も皆、顔を引き攣らせた。恐怖に襲われた瞳で、ルシカはそれでも、セーティの正体を知らないことが災いしてか、或いは証拠などないと思っているせいか、セーティを睨み付ける。
「これは私のよ! 誰であっても奪っていいはずがないわ!」
…………救いようのない、両方が原因か。
「そう。それじゃあ、貴女もティスロナ様から奪っていいはずないわよ」
「これは私のだって言ってるじゃない!!」
キィキィ、と耳障りな音を響かせて、ルシカは「ベルリラ様ぁ」とわざとらしい声を上げた。
助けて、ということだろうが、生憎、ベルリラにそんな余裕があるわけがない。廃嫡宣言から放心したかのように、目は虚ろで、ルシカを認識しているのかすら怪しい状態にある。
あらあら。セーティは呆れた声を出しながらも、ルシカの首で輝くものを見逃すわけにはいかなかった。
「私の、ね。それじゃあ、それはどこで買ったのかしら」
「……ど、どこ……って……そんな、の……店よ」
「何の? どこの?」
「そ…………し、知らないわ、そんなの。覚えてるわけないじゃない!」
「ま。そんなこと、どうでもいいんだけどね?」
「……は、あ?」
残念だが、今の返答でルシカがティスロナから取ったことは明らかになった。一目で分かってはいたが、もしかすればティスロナがルシカに譲ったかもしれなかった。
それならば、まだ許せた。ティスロナに暴力を振るい、こんな舞台で辱めたことは許すつもりは毛頭ないのだが。
「――それはね、店に売っているはずがないのよ。世界でたった一つしかない、私とお揃いで、私が作ったものなんだから」
ルシカがしている首輪はティスロナにセーティが愛を込めて贈ったもの。しかも、セーティしか製法が分からず、複製不可能な技法で作られた、この世で唯一と言える首輪。そして、その首輪はセーティが認めた者にしか付けることは許されない。
ルシカが付けてもいい代物ではないのだ。自ら外さないのであれば、やはり首を引き千切って取ろうか。
飽き飽きしてきたところだ、仕方ないだろう。
そうやって簡単に実行できたら、どれほど楽だっただろうか。
常ならばとっととやっていたところだが、ティスロナがいる目の前でそれをやることは慮れた。ティスロナにそんな惨たらしい光景を見せるわけにはいかないのだ。
仕方ない。
この日、この場で、何度我慢したことか。セーティは本来であれば欲望のままに実行する。それを何度目かになる妥協でまたしても別の案を実行する。
「そういうことだから、返してもらう」
「へ……?」
音もなく、突如ひとりでに首輪がルシカの首から解かれる。
「なっ……! どういうこと?!」
超常現象? いや、違う。こんなことはセーティとベフィにとっては日常茶飯事。やっていることとしては単純明快なことだ。
もはやセーティにとっては手足を操るのと変わりない、無数の糸を操っているのだ。
セーティが操る糸は罠に使われるような、細く見えにくい。目を凝らして見たとしても、部分的で、完全に糸を把握しているのは、セーティを含めて二人しかいない。始めからルシカや他の貴族が知るはずもなかった。それをわざわざセーティが説明することはない。つまり、一生、これは超常現象として語り続けられるということだ。
騎士が漸く来たことを視覚で捉え、セーティとベフィは最終段階に入る。
「ティスロナ様」
混乱しすぎて顔を強張らせたティスロナの足元でセーティとベフィは揃って膝をついた。
その様はまさに御伽噺に出てくる騎士だ。
そして、セーティの口からこの場の誰もが耳を疑う真実が告げられる。
「お迎えに参りました――――――我らが聖女様」
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