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ある晴れた日にクジラと焼きそばと

作者: 藤熊吾郎

久しぶりにゆっくり寝られるはずの日曜日、朝から彼女の電話で起こされる。

「すっごい良い天気だよ。どっか行こう。」

「何だよ急に。せっかく寝てたのに。」当然、僕は機嫌が悪い。

「こんな良い天気に寝てたらバチが当たるよ。」

「・・靴紐が上手く結べたら行く。」

「上手く結べなかったら行かないの?」

「そん時は結びなおす。」

「何だそれ。村上春樹気取ってもダメよ。じゃあ、後でね。」相変わらず彼女は人の都合なんか聞かない。まあ僕も予定など無いのだが。


駅で待ち合わせ、彼女の提案でとりあえず電車で新宿へ行こうということになった。新宿は嫌いじゃない。最悪の場合に別行動を取ったって楽しい街だし。

確かに良い天気だ。電車の窓から入る日差しが心地いい。眠りの続きを取りたいくらいだが、おしゃべりな女の子の隣では不可能だ。

「新宿で何しよっか。映画みよっか。」

「何か面白いのやってんの?」

「知らないけど、何かあるでしょ。」

「そういうのは嫌だな。見たいのがあるなら分かるけど。寄席はどう?」

「ヨセ?」

「うん寄席。新宿末広亭。生で落語とか漫才とか見るところだよ。最近は女の子も結構行くらしいよ。」

「ふーん。」

「5時間も楽しめて3千円って、めっちゃコスパ良いと思わないか?」

「面白くなかったら最悪じゃない。嫌だ、デートっぽくないし。」

「映画とどう違うんだよ。まあ良いけど。」今日のトリは小三治なんだぞ、人間国宝だぞ、と言っても通じないので飲み込む。

「給食、何が好きだった?」突然でキュウショクの漢字が分からない。休職、求職、九色。。。

「あたしは焼きそばだったな。あなたは?」そのキュウショクね、ま、そらそうか。しかし寄席から給食か。女の子はすごい。真似できない。

「クジラ肉のノルウェー風」こういうことはいくつになっても忘れないもんだな。

「え?」

「クジラ肉のノルウェー風」思いっきりゆっくり言う。

「えー、そんなの無かったよ。それにノルウェー風って何よ。」可笑しそうに聞く彼女はちょっと可愛い。

「ちょうど世代の差だな。俺が給食でクジラを食べた最後の世代だろうな。君の頃にはもう牛とか豚とかだろう。根菜と一緒に甘辛く煮たようなやつだった。なんでノルウェー風なのかは未だに謎だけど。クラスでも一番人気があった。」

「ふーん。クジラ食べちゃうんだ。何だか可愛そう。」

「牛や豚は可愛そうじゃないのか。鶏だって。」

「そんな話はしていない。でもクジラって賢いんでしょう?」

「絶対俺のほうが賢い。」

「あなたは食べられないでしょうが。牛や豚は最初から食べるために育ててるし。」

「賢かったら食べちゃダメで、牛豚はバカな家畜だから食べてよいのか。白人みたいなことを言うんだな。そんな感情的で非論理的な話がまかり通っているせいで、クジラが増えすぎて魚の数が減っているって話だってある。それにクジラはでかいから、一頭獲るだけでもの凄い量の蛋白質になる。これからの人口爆発に対応する牛豚を育てるのはほぼ不可能だと言うデータもあるし、捕鯨を再開しなきゃダメなんだ。」

「熱くならないでよ。好きな給食の話してただけなんだから。相変わらず理屈っぽいなあ。」

「法学部に5年も通ったからな。」

「はいはい」

「スイミーって知ってる?」この連想ゲームは理解できる。クジラからだ。

「ああ。教科書に載ってたし、運動会でお遊戯みたいに演じた覚えがある。」

「スイミーになりたかったんだよね。」また訳が分からない。黙って聞くに限る。

「だってスイミーがいなかったら、目が出来ないよね。大きな魚のフリをすることだって出来なかったんだよね?そんなスイミーになりたかったんだよねぇ。」

「谷川俊太郎さんの翻訳だったな。世の中は大変なことも多いけど、皆で力を合わせれば戦える。それぞれが自分の役割を持っている。そんなことを教えてくれる素晴らしい話だよね。」

「ほんと理屈っぽいなあ。スイミーがかっこよかったことしか覚えてないよ。」かっこよかったか?


「もうお昼だし、新宿着いたら取りあえずゴハン食べよっか。」今日初めての良いテーマだ。

「賛成。日曜だし昼ビールもありだな。前に行った、魚なんとか食堂行かない?」

「ようやく気が合ったね。賛成賛成。さっき話したせいか、焼きそば食べたくなっちゃったし。あそこ、焼きそばあるよね。」

「B級天国みたいな店だから、間違いなくあるだろうね。スイミーも食べれば?」

「バッカじゃないの」彼女はまた可笑しそうに笑う。


あの店を提案したのは、メニューにクジラカツがあるからだということは、内緒だ。


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