冒険者対策、始めました!①
◇1◇
「ぬうりゃああ!」
巨漢のオークが、ハンマーを振り下ろす。
「わあああ」
とっさにバックステップで交わそうとするが、何かに身体を捕まれているのか、ぴくりとも動けない。
どこからともなく、声が聞こえてくる。
「サキュバス殿、動いてはいけません」
「そ、そんな?!」
「それが、お約束です」
正面からは、轟音をたてたハンマーが迫ってくる。
「わ、わーーーー……」
「わあああー!」
がばっと布団から飛び起きる。
……あ、あれ?
ここは?
辺りをキョロキョロと見渡す。
こじんまりとした石造りの部屋
室内に装飾品は無く、小さなテーブルと椅子、そして、今自分が横になっていたベッドだけがある。
ベッドの上で荒い息をつく少女、サキュバスは、ゆっくりと目を閉じる。
なんだ夢か……
ふぅ……
と、息をつくとベッドの上で身体を起こす。
格子窓の外は、明るく晴れ渡り、近くの森からはギャアギャアと、よく分からないMOB達の声が聞こえてくる。
爽やかな朝だ。
お仕事は夕方から。
今日は平日なので、自分の出番は、たぶん、もっと夜が更けてからになるだろう。
今のうちに何か食べておこうかな。
腰まで伸びた銀の髪を手で簡単にとかすと、壁に掛けておいた深緑色のローブを手に取った。
背中の蝙蝠に似た羽をたたみ、ローブに袖を通す。
フードを被ろうか悩み、頭に生えている角を触ってみる。
昨日の戦闘で折られてしまった角は、2本ともきちんと再生していた。
(これなら、被らなくても良さそうですね。でも、いつか生えてこなくなったらどうしよう……)
そんなことを考えながら、サキュバスはフードを背中側に下ろす。
ふぅ……と、息を吐きドアに向かって歩き出す。
サキュバスがここ、≪夢魔の搭≫のレイドボスに就任してから早1週間。
彼女は、未だに1人の冒険者も倒せないでいたのだった。
◇2◇
「それで、そんなに浮かない顔をしていたっすか」
食堂は、いつも通り賑やかな音に包まれていた。
厨房で何かが揚がる音、注文を取る大きな声、MOB同士の他愛もない会話。
そんな食堂の隅っこ(ここが定位置になりつつある)には、先客の骸骨の弓兵が、昼食を頬張っていた。
ちなみに、全身骨の彼だが、食べ物を溢したりはしない。
咀嚼して飲み込んだものがどうなるかは知らないし、観察する気もないが、どうにかなるのだろう。
サキュバスは、彼の正面に座ると「いただきます」と手を合わせ、食事を開始した。
今日の日替わりランチは、唐揚げ定食だ。
初日の夜にも思ったが、ここの怪鳥の唐揚げは本当に美味しい。
「あんまり気にしない方がいいっすよ。 旦那も言ってたっすけど、準備万端の冒険者PTを倒すのは至難の技っす。油断してたり、不意打ちできたり、大勢で囲んでぼこぼこに出来る分、まだ下層の方が倒せる確率高いっす」
「わたしも、そっちで働きたいです……」
サキュバスは、付け合わせの野菜をつつく。
「レイドボスが嫌になったとか、そういうのではないのですけど、やっぱり……その……」
「まぁ、分かるっすよ~。負け続けるのは結構しんどいものがあるっすからね」
サキュバスは勢いよく身を乗り出した。
「そう!そうなんですよ! 今日なんか夢にまで見ましたし……」
「夢魔でも悪い夢とか見るんすね。なんか不憫になってきたっす……」
骸骨の弓兵は、空になった食器にを重ねると、それを持って席を立った。
「これから時間あるっすか? 良かったら食後に大広間に集合っす」
野菜をつついていたサキュバスが顔を上げる。
「何かするんですか?」
「もちろん、サキュバスちゃんの冒険者対策っす」
ちょっと間が空いてしまいましたが、第2章スタートします。