成り行きで、始めました!⑦
◇11◇
「ま、負けたことがない?!」
サキュバスは目を丸くした。
デュラハンは、中身が半分になったサキュバスのジョッキに葡萄酒を足しながら続ける。
「はい。姉上殿は、冒険者がどれだけ高レベルで、装備、数を揃えたとしても、決して負けることはありませんでした」
サキュバスも姉が強いことは知っていたが、ちょっと信じられない。
連携のとれた冒険者がいかに強いか、さっき実感したばかりだ。
「サキュバス殿、先ほど戦ってみて、優先して倒そうとした冒険者はおりましたか? 」
「はい……青い髪の騎士から倒そうかと思ってました」
実際には、騎士は非常に頑丈で、せっかくダメージを与えても、後ろに控える回復職達がせっせと回復してしまったのだが。
「あ……ヒーラーから狙った方が良かったですか? 」
良く考えれば当たり前の事だ。
ヒーラーが遠くにいても、魔法で攻撃することは出来たのに……。
失敗した~と、葡萄酒の入ったジョッキで口許を隠す。
しかし、デュラハンは首を降った。
「いえ、ヒーラーから狙うのはその通りなのですが、恐らくそれは出来ません」
「え?」
「あの騎士は、<挑発>のスキルを使っていました。 あれを使われると我々は<挑発>を使った者を優先して攻撃したくなるのです」
「な、なるほど」
「冒険者の基本戦術ですが、盾職と呼ばれる防御に優れた者が攻撃を受け、回復職が回復。そして、攻撃職がダメージを与えるという戦法が主流です。」
想像しただけで厄介そうだ。
「しかし、姉上殿は、その高い弱体耐性のため、<挑発>の影響をほとんど受けなかったのです」
「相変わらず、無茶苦茶ですね」
そういえば模擬戦では弱体魔法は当たったことがない。サキュバスが得意な系統の弱体魔法は、同じ種族である姉に効果が薄いからだ。
そして夢魔族は、<魅了>系の魔法が使える。<挑発>も同系統の魔法なのではないか。
「姉上殿は、真っ先に回復職から倒していきました。 回復職がいなくなったPTは、数が多くても敵ではありません」
「実の姉になんですけど……反則ですね……」
「さらに、姉上殿の結界であの部屋は撤退不可エリアになっていました。1度踏みいれば、姉上殿を倒すか、死なないと脱出できなかったのです」
「なんて地獄ですか? 」
それで、今回の冒険者達は、戦闘前に転移スクロールが使えるか確認していたのか……
敵が逃走できない結界なんて、姉らしいと言えば姉らしい……
「あれ? でもそれなら、どうして姉は辞めちゃったのですか?」
冒険者を全員倒せるなら、それに越したことは無いはずだ。
ふむ……と、デュラハンはジョッキを持ち上げようとして、中身が無くなっていることに気がついた。
サキュバスは、置いてあった麦酒の瓶を取り、注いであげる。
デュラハンは、礼を言うと麦酒に口をつけた後、ゆっくりと話し始めた。
「冒険者達は、何度も挑んで来ました。 手を変え品を変え、奇策も用いてきました」
「奇策?」
「色々です。例えば、最初から回復職無しの筋肉PTで挑んできたこともあります」
「ど、どうなったんですか?」
「全員が魅了と睡眠をかけられ、全滅しました」
「……お気の毒です」
「何にしても、姉上殿は無敗を誇りました。 レベル制限の結界があるので、最高レベルの冒険者は入れません」
サキュバスは、少し冷えた唐揚げを食べながら、疑問を口にする。
「冒険者には気の毒ですけど、良いことですよね?」
「そうですな。実は、我々も最初はそう思っていました。冒険者を倒した数だけ、皆の実績が上がるのですから。 しかし、サキュバス殿が冒険者だった場合どうですか?」
「どう、とは?」
「全く勝ち目の無い姉上殿と、何度も戦えますか?」
「それは、無理、ですね……」
模擬戦だって、無理やり付き合わされたのだ。
自分から挑むなんてありえない……
「そう。いつしか冒険者達は、姉上殿に勝つことを諦め、塔に寄り付かなくなってしまったのです」
「気持ちは良くわかります」
でも、それのどこが問題なのだろう。
戦わなくて良いなら、それに越したことはないではないか。
葡萄酒で火照ってきた顔を、手で扇ぎながら疑問を口にする。
「大いに問題です。 我々は、冒険者を倒すことで糧を得ています。しかし、冒険者が来ないことには倒す以前の問題です」
「あ、なるほど。冒険者を倒すために外に出ては行けないんでしたっけ」
「そうですな。冒険者が来ず、仕事が無い日が何週間も続きました」
デュラハンは、握りこぶしを作ると熱く語りだした。
「MOB達のモチベーションは下がり、塔内は荒れ、故郷に帰るものまで現れたのです!」
「わたしも帰りたいです」
「しかし、そんな状況も長くは続きませんでした!」
「もしも~し?」
「ある日、マスターから連絡があったのです。冒険者から苦情が来ている、と」
「冒険者がマスターに苦情を!?」
なんて事してくれてるんですか
「マスターは姉上殿に言いました。テカゲン出来ないか、と」
ん?と、サキュバスは首をかしげる。
「すみません、テカゲンってなんですか?」
「私にも分かりません。姉上殿もご存知ありませんでした。恐らく何かのスキルでしょう」
マスターなら姉のスキルくらい全部知ってそうですけど?
疑問には思ったものの、サキュバスは話の先を促す。
「マスターはお困りの様子でした。このままでは、塔そのものを消去しなくてはならない、と」
「そこまで!?」
話が一気に物騒になった。
「そこで、姉上殿が提案なさったのです。自分の代わりに妹を働かせてはどうか、と」
「あ~、なるほど、それでわたしが、ってえぇーーーーーー!?」
ガタンと席を立つ。
回りで食事をしていた何人かがこちらを向くが、それどころではない。
「姉の代わりに、わたしが選ばれたのって、弱かったから……なんですか?」
「……はい。仰る通りです」
デュラハンがコクンと頷く
「何かおかしいと思っていましたけど、そんな理由で……」
ちょっとあんまりです。
そこまで言いかけ、サキュバスは言葉を止めた。
あれほど賑やかだった食堂が、今はサキュバスの言葉を待って静寂に包まれていた。
もし、レイドボスを降りると言ってしまったら、ここで働く彼らは……
サキュバスは、言いかけた言葉を飲み込むとゆっくりと席についた。
弱いから、負けるだろうから選ばれたなんて、本当に不本意だ。でも……
ジョッキの中、葡萄酒に写る自分の顔を見つめる。
瓜二つの姉の顔にも見える。
その表情は微笑んでいるのか、それとも……
サキュバスは、大きく息を吐いた。
「やりますよ……」
「「「え?」」」
「やります。わたしがレイドボスやらないと、ここ無くなっちゃうかも知れないですし。そんな事になったら皆困りますし、それに……」
姉が、好きだった仕事を譲ってまで、守ろうとした場所な訳ですし。
ぐいっと、ジョッキに残った葡萄酒を一気に飲み干す。
「それに……冒険者に、負けたままなんて気に食わな~~い!」
空になったジョッキを高々と掲げる。
「「「おおーーーー!!」」」
あちこちから歓声が沸く。
呆気に取られていたデュラハンが、葡萄酒の瓶を差し向けてくれる。
「サキュバス殿、これからも、どうぞ、よろしくお願い致します」
サキュバスは、ジョッキに葡萄酒を注いで貰いながら、頷いた。
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします。 今日から、レイドボス、がんばります!」
その日の酒宴は、遅くまで続いたのだった。
『成り行きで、始めました!』 終わり
◇おまけ◇
「盛り上がってるっすね~」
「む、遅かったな」
「いや、自分遅番っすから」
骸骨の弓兵は、デュラハンの正面に腰かけた。
「あ、自分も麦酒を」
「注文はあっちだぞ」
「つめたっ!」
渋々、自分で注文した麦酒を持ち、あらためて席に着く。
「サキュバスちゃんは?」
「そこだ」
視線を向けると、食堂の端で器用に毛布にくるまっている何かがいる。
「新しいミノムシ型MOBすか?」
「多くのMOB達が挨拶がわりに、次々と酒を持ってきてな。律儀に全て飲み干していたら、酔い潰れたという訳だ」
「夢魔種は、アルコールに完全耐性があるんじゃなかったっすか?」
「姉上殿だけらしい」
「まじすか」
よく聞くと、毛布の中からすーすーと可愛らしい寝息が聞こえる。
「お、唐揚げがあるっす。御馳走になるっす。おお……もうすっかり冷えてるっすね……」
「サキュバス殿は、ここでレイドを続けてくださるそうだ」
「他のMOBから聞いたっすよ。いや~、良かったすね~」
もぐもぐと、唐揚げを食べながら麦酒を飲む。
「これからは、前以上に忙しくなるかもしれないな」
「自分は、ほどほどが良いっすけどね」
毛布の山がもぞもぞと動いた。
「ぼうけんひゃ、なんかに、ぜったいに、まけにゃいんだから~……」
「「………………」」
「前以上に忙しくなりそうだな」
「そうっすね」
食堂の窓から見える外の空は、夜明けの
碧色に彩られていた。
ここまで読んで頂いて本当にありがとうございます。
これで第1章は終了になります。
長かった……
これからもお話はまだまだ続きます。
こつこつがんばりますので、よろしくお願い致します。