成り行きで、始めました!⑥
◇10◇
「う………。うぅ………」
塔5階にあるMOB専用の食堂。
広い室内には所狭しとテーブルと椅子が置かれ、雑然としていた。
席は8割りがた埋まっており、本日の仕事を終えた様々なMOB達が、酒盛りに食事にと、大いに盛り上がっていた。
部屋の隅のテーブルのさらに端、深緑色のローブを着て、フードを頭からすっぽりと被ったサキュバスは、一人テーブルに突っ伏していた。
「こちらでしたか」
目深に被ったフードから、視線を上げると、目の前にはデュラハンが立っていた。
戦闘時は小脇に抱えていた頭も、今は首の上に戻っている。
両手には、木で作られた大きな器と、同じく木で作られた空のジョッキが2つ。
「ここ、よろしいですかな」
「………。どうぞ」
サキュバスが体を起こすと、デュラハンはテーブルを挟んで正面に腰を下ろした。
真ん中に置かれた木の器の中には、揚げたてなのだろう、湯気を立てた怪鳥の唐揚げが入っている。
おいしそう………。
サキュバスは、塔に来てから何も食べていない事を思い出す。
デュラハンは、空のジョッキを2つ、テーブルに並べると「何か飲みませんか?」と聞いてきた。
「えっと………」
サキュバスが言い淀む。
「どうぞ遠慮なく」
「………それじゃぁ、葡萄酒を」
デュラハンは頷くと、虚空より瓶を2本取り出した。
瓶の口を開けると、中に入っていた葡萄酒を並々と注いでいく。
「あ、あの、そんなにいっぱいは………」
「む。そうでしたか。姉上殿はもっと飲まれていましたぞ」
「姉は、何でも規格外なんです」
微かに笑いながら、サキュバスは差し出されたジョッキを受けとる。
ジョッキに満ちた葡萄酒から、芳醇な香りが漂ってきた。
「あの、ありがとうございます」
「いや、なになに」
デュラハンは笑いながら、もう一つの瓶を開け、自分のジョッキに注いでいく。
黄金色の液体がシュワシュワと泡立っている。
麦酒というらしい。
「では、乾杯といきましょうか」
デュラハンがジョッキを持ち上げる。
サキュバスも、そっとジョッキを合わせた。
コツンという、
正直、乾杯する気分ではなかったけれど、いつまでもふて腐れていては、せっかく御馳走してくれたデュラハンと葡萄酒に申し訳ない。
そう思って口に含む。
強い香りと、葡萄酒特有の渋味が口一杯に広がる。
「おいしいです!」
「それはよかった」
デュラハンは、空になった自分のジョッキに2杯目の麦酒を注いでいる。
サキュバスはそれを見ながら、ちびちびと葡萄酒を飲んだ。
「傷は、大丈夫ですかな?」
ピタッ………と、ジョッキを傾けていたサキュバスの手が止まる。
ジョッキをテーブルに置くと、小さく息を吐いた。
「おかげさまで、身体の方はよくなりました。………角と羽は、まだもうちょっとかかりそうですけど」
サキュバスは、フード越しに自分の頭を触る。
先ほどの戦闘で、角は中程で折れ、背中の羽もボロボロに破れてしまっていた。
HPは比較的簡単に回復するが、欠けたり、破れたりした部分の再生には時間がかかる。
フードを被って隠しているのは、何となくみっともないからだ。
デュラハンが、これもどうぞと、怪鳥の唐揚げを薦めてくれる。
礼を言って、渡された竹串に刺し、ひとつ頬張る。
「あつっ!……ん、でもおいひい……」
揚げたての唐揚げを頬張りながら、サキュバスは葡萄酒を飲む。
「ところで、どうでしたかな? 今日の戦闘は」
サキュバスはムセこむ。
「ぐっ、けほっ……けほっ」
「失礼。大丈夫ですかな?」
「だ、大丈夫です。すみません」
デュラハンから差し出された紙を受け取り、口を拭うとサキュバスは姿勢を正して答えた。
「どう……と、言われても、ご存知の通りです。 手も足も出ませんでした。完敗です。大惨敗です」
結局サキュバスは、一人の冒険者も倒せず敗北した。
魔法で応戦もしたが、冒険者達は見事な連携で全ての技を凌ぎきってしまったのだ。
怒られるのかな?
と、上目遣いにデュラハンの様子を伺う。
……表情とか、全っ然わかりません。
「怒ったりしませんぞ」
こちらの表情は、簡単に見破られるらしい。
赤面していると、デュラハンが続けた。
「ステータスが高くとも、初めから上手く戦えるわけではありません。何事も経験が必要です。結果はともかくとして、戦ってみてどうでしたか?」
う~ん、少し考え、葡萄酒を一口飲む。先程より渋味が強いような気がした。
「そっちも、あまり変わりません。何回やっても、その………勝てる気がしません」
正直、冒険者は思っていたよりずっと弱かった。 4~5人、もしかしたら10人くらいなら同時に戦っても勝てるかもしれない。
でも、それは冒険者達も分かっていて、決してそんな人数ではかかってこないだろう。
今後も、あんな大規模PTで来られたら、運良く数名倒せたところで、結果は変わらない。
「あの、姉はどうだったんですか?」
そういえば姉が、どうして辞めたのか聞いていなかった。
姉も負けて嫌になったんだろうか……
あの姉が負けるところは想像できないけど。
「む、そうですな……」
デュラハンは、麦酒を口に運ぶとジョッキをつけたまま黙りこむ。
何か悩んでいるというか、言いにくそうな気配だ。
サキュバスは、じっと待つ。
ややあって、デュラハンはジョッキをテーブルに置いた。
「分かりました。 いずれは話さなくてはならないことです」
サキュバスは、デュラハンの目を見る。
鎧の眼窩には、なにも見えない。
「姉上殿は、負けたことがありませんでした」
「え?」
「着任されてから1度も、負けたことがなかったのです」
読んで頂いてありがとうございます。
とりあえず、次で1章終了になる予定です。
これからも、コツコツがんばります。