成り行きで、始めました!③
◇4◇
塔で働いていたサキュバスの姉が、実家に帰ってきたのは数日前の事だった。
気まぐれな姉だったが、昔から戦う事は好きだったので、皆で驚いたものだ。
久しぶりに会った姉は、
「あたしの代わりに、あんたを推薦しておいたから」
なんて言っていた。
わたしは、姉に比べて、ずっとずっと弱かったし、もちろん姉もその事を知っていた。
なので、その時は、冗談でしょうと笑っていた。
翌朝、マスターから連絡があった。
『姉の代わりに働いてほしい。 詳しくは姉に聞いてほしい。』との内容だった。
冗談じゃなかった………。
マスターの頼みを断れるわけもなく、承諾の返事を返すと、姉のもとへ。
「だから言ったじゃん。だいじょぶ、だいじょぶ。 ちょっと冒険者の相手をするだけの簡単なお仕事よ」
とだけ教えられ、雑な手書きの地図を渡された。
(この地図のせいで盛大に迷ったりしたのだけど………)
そのあとは、追い出されるように家を出て、この塔までたどり着いたのだが……
「確かに、ここで戦うのがお仕事だって聞いてました……。でも……でも、レイドボスだったなんて聞いてな~~~い!!」
サキュバスは、ここに居ない姉に向かって、最大限、抗議の声を上げたのだった。
◇5◇
「まぁ、これでも飲んで落ち着くっす」
骸骨の弓兵が、どこから出したのか、温かいお茶を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
サキュバスはお茶を受け取り一口すすり、ふ~と息を吐く。
「すみません、大きな声を出して……」
う~む、とデュラハンがうなり声をあげた。
「とりあえず、困りましたな」
「す、すみません」
「いや、謝ることは……。 まず、姉上殿からどこまで聞いておりますかな?」
「そ、それが、ほとんど何も………冒険者と戦えば良いとだけ」
「間違っては、いないっすね」
う~むと、再びデュラハンがうなる。
「基本的に、レイドボスとしての仕事はそうです。ここで冒険者を待ち構え、倒す。実に単純」
サキュバスは不安を打ち明ける。
「さっきも言いましたけど、わたし、実戦経験まったく無いんです。姉に比べて、ずっと弱いですし………」
過去に姉との模擬戦で何回泣かされたことか………
本当なら辞退したいところだが、マスターにやると言ってしまったし、何より、このまま帰ったら姉が怖い……。
「いや、サキュバス殿の戦力については、姉上殿から聞いて、承知しております」
「え?」
「むしろ、それが理由でサキュバスちゃんが選ばれたっす」
「え??」
「うむ、まぁ……、それについては追々ご説明することになるでしょう」
「サキュバスちゃんには、レイドボスになれる実力があるってことっす! 自信を持つっす」
「は、はぁ……」
「さて、時間がありません。今日のところは、必要なところだけ、かい摘まんで説明させていただきます」
「は、はい」
今なにか大事な事を言っていたような気が………。
サキュバスの不安を他所に、話はどんどん進んでいくのだった。
◇6◇
「ではまず、この『夢魔の塔』についてご説明いたしましょう。」
「ここ、そんな名前だったのですね………」
夢魔とは、彼女達サキュバスの別称だ。
それを聞いておけば、おかしいと気がつけたはずなのに……。
「この塔は5階建て。冒険者が入って来られるのは、17時から翌朝の7時の間だけです」
「他の時間は自由時間っす」
「掃除や片付け、準備や訓練など色々あるだろ。」
「~♪」
「おい………」
「え、えっと、それで?」
デュラハンは咳払いをして説明を続ける。
「冒険者達は、1階から順に上ってきます。各フロアにいるMOB達が、これに応戦します。」
「まぁ、大体突破されるっすけどね。」
「え……えぇ………?」
「冒険者達は、慎重です。基本的に無理はせず、作戦を練り、準備を整え、確実に勝てると思った相手としか戦いません」
たまに例外もいますが、と付け加える。
「なにそれ、怖すぎます……」
「サキュバス殿はここ、5階層の玉座の間で戦っていただきます。」
サキュバスは、控えめにうなずく。
「大丈夫っすよ。全員が5階層を目指すわけじゃないっす。下の階を荒らすだけ荒らして帰る奴も結構いるっす。」
それは、大丈夫なんでしょうか………。
「ここまでで、何か分からないことはありますかな?」
う~ん。
「例えば、私が他の部屋にお手伝いに行く……とかは、出来ないのですか?」
それか、他の部屋から救援に来てもらうとか。
バラバラに戦うより良いような気がしたのだ。
「残念ながら、それは出来ません。一部の巡回型MOB以外は、所定の位置で待機する決まりです。」
「そうなんですか……」
「一度戦闘になってからなら、塔内を追いかけることは可能です。ただ、MOBに追いかけられながら進んでくる冒険者は、まずいないでしょう。」
「ですよね。」
「他には?」
と、促される。
「……いえ、今のところは。」
頭が追い付いていかない。
「では、続けましょう。」
その後の説明はこんな感じだった。
・冒険者を倒したら、死体は消滅するのでそのまま放置
・その際、お金を落とすのでそれは回収。
これは、塔の運営費に使われるらしい。
もちろん、ネコババ厳禁。
・たまに、武器や防具を落とすが、それは一時間そのまま放置。
誰も拾いに来なかった場合は、回収。
売却し、これも運営費へ
・逃げる冒険者を追いかけて良いのは、塔の内部のみ。
「駆け足ですが、ざっと塔の約束としては、こんなところでしょうか。」
「ふぁ……はい」
覚えきれない。
「まぁ、他にも色々あるっすが、徐々に覚えていけば大丈夫っすよ。」
「すみません、がんばります」
「そうですな。今日のとこは、あまり難しいことは考えず、この部屋にきた冒険者を倒していただければそれでよいのです」
それが問題なんですけど………。
と表情で訴えてみるが、伝わる様子はない。
「あ、それで、冒険者っていうのは、どのくらい強いのでしょうか……」
己を知り、相手を知れば百戦なんとやらだ。
百戦は勘弁してもらいたいけれど………。
ふむ、とデュラハンは腕を組む。
「色んなジョブの冒険者がおりますので、一概には言えませんが、この塔に入れるのはレベル69の冒険者まで。総じてサキュバス殿の足元にも及ばないでしょう」
「え、そうなんですか?」
骸骨の弓兵も相づちをうつ。
「それ以上レベルの高い冒険者は、結界で入って来られないようになってるっす。同レベル帯ならサキュバスちゃんどころか、旦那より弱いっす」
「おい……言い方とか……」
それが本当なら、少し安心だ。
わたしでも何とかなるかもしれない。
サキュバスは、少し肩の荷が降りる思いだった。
しかし、彼女は忘れてしまっていた。
先程、デュラハン達が『冒険者は勝てる戦いしかしない』と言っていたことを……。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は説明回(
次回もたぶん、説明回です。