大掃除、始めました!③
◇8◇
「レアMOBなんす」
骸骨の弓兵の紹介に蛇女族の女の子、ラミアは目を伏せる。
「…………」
「……あ。ラミアちゃん、あらためまして、よろしくおねがいします」
サキュバスは、そっと右手を出す。
ラミアは不思議そうにその手を見つめている。
「わたしも、夢魔族は一人きりですし。もし、よかったら、これから仲良くしてくれませんか?」
ラミアは、少し考えてからゆっくりと手を伸ばし……
サキュバスに触れる直前で、その手を止める。
「……らみあは……サキュバス様のように戦えなくて……いつも……」
見かねた骸骨の弓兵が声をかける。
「ラミア、前に旦那も言ってたっすが、みんな役割が……」
ラミアはペコリと頭を下げる。
「ご……ごめんなさい……」
ラミアはズルズルと滑るように移動すると、奥の部屋へと消えて行った。
◇9◇
「って言う事があったんですよ……」
「ふむ、そんな事があったのですか」
大掃除も一段落
今は手の空いたMOB達が食堂に集まり遅めの昼食を食べている。
冒険者が入ってこない食堂の大掃除は後回しになったため、まだテーブルや椅子は無い。
MOB達は思い思いの場所に座りこんで食事をとっていた。
廻りをぐるりと見渡すがラミアの姿は見つけられない。
サキュバスは、デュラハンの横に腰を下ろした。
骸骨の弓兵や、共に掃除をしていた骸骨達も一緒だ。
「ラミアは、常に皆から距離を取っています。食事も他のMOBが少ない時に来て、弁当を持っていくようですな」
「そうなんですか……」
「蕎麦、伸びますぞ」
サキュバスは、慌てて昼食の蕎麦に口をつける。
鳥からとった出汁と、薬味の葱、そして蕎麦の香りが鼻に抜ける。
「ん~……おいしいですね」
「七味いりますかな?」
「あ、有難うございます。でも、わたしはこのままで大丈夫です」
ずるずると蕎麦を啜る音だけが響く。
デュラハン達が食べ終えてから、しばらく後、サキュバスも自分の器を置く。
「おいしかった。ご馳走さまでした」
両手を合わせ、目を閉じる。
塔に来てから食べる量が増えている気がする。
仕事で動いているからか、それともご飯がおいしいからか……たぶん両方だ。
再び蛇女族の少女ラミアに思いを馳せる。
今も一人で、食事を食べているのだろうか……
「浮かない顔をされていますな。……どうぞ」
デュラハンが、食後のお茶を配りながら声をかけてくれる。
「あ、ありがとうございます。わかりますか?」
サキュバスは、デュラハンから湯飲みを受けとると、ふーふーと息を吹き掛けた。
湯飲みの中にある、白くてとろっとした液体が、呼気に煽られ揺れている。
「気になって仕方がないと、顔に書いてありますな。あ、それは蕎麦湯と言うそうです」
サキュバスは、蕎麦湯を一口飲むと、ふぅと息を吐いた。
……まだ熱い。
「もし独りが良いと言うことなら、それはそれで良いと思ってます。でも、ラミアちゃんはそうじゃない気がするんですよね……」
ラミアの伏し目がちな青い瞳を思い出す。
「……でしょうな。ラミアは何も望んで一人でいる訳ではないでしょう」
「じゃあ、どうしてですか? レアMOBだから……ここに同族がいないからですか?」
「レアMOBだからというのは、概ねあっているでしょうな。 ただ、同族が居なければレアMOBと呼ばれている訳ではありません。レアMOBと呼ばれるには条件が2つあります」
「ふたつ?」
「1つ目は、遭遇が難しいこと。 私とサキュバス殿も、ここに同族はおりません。が、レイドボスの場合、必ず大広間に居ますので、探すのは難しくないでしょう」
「あ、なるほど」
合点がいったと、サキュバスは頷く。
デュラハンが続ける。
「もう1つは、貴重な素材やアイテムを持っていること。蛇女族の場合は、その鱗からは高品質なマジックアイテムや装備が作られるそうです。遭遇の難しさから、非常に高値で取引されている……とも聞きます」
「な……なるほど」
それで、冒険者達に狙われてしまうわけか。
「ん? でもそれでどうして、わたしたちMOBと疎遠になるのですか? ラミアちゃんを狙ってくる冒険者を、皆で一緒に倒せば良いのですよね?」
「その通りです。しかし一緒に戦う事こそが、ラミアにとって一番の問題……いや、我々は問題だとは思っておりませんので、ラミア自身の負い目というべきですかな」
「負い目?」
デュラハンは、蕎麦湯を一口すすってから答えた。
「ラミアは、戦うことが出来ないのです」
◇10◇
「戦う事ができないって……とても弱いってことですか?」
サキュバスの問いにデュラハンは首を振る。
「いえ、そのままの意味です。ラミアに戦闘能力はありません。魔法も使えなければ、腕力も、人間の子供と同程度でしょう」
デュラハンは、湯飲みを置くと腕を組む。
「唯一の能力は、魔眼と呼ばれるスキルによって、フロア内の冒険者とMOBの位置を正確に把握できることです。ラミアはそれを使って、冒険者から逃げ延びているのです」
「なるほど……」
冒険者は自分を狙ってくる。
でも、自分は戦う事ができず、他のMOBに助けてもらわなくてはならない。
それが、彼女の負い目なのだろう。
せめて少しでも、皆と一緒に戦えたなら……
今まで聞き役に徹していた骸骨の弓兵が珍しく不満そうな声をあげる。
「別に自分達は気にしなくて良いって言ってるんすけどね。そりゃあ、自分達も弱いっすけど、もうちょっと頼ったっていいんじゃないっすか?」
「まぁ、そう言うな。って言うか、何飲んでる?酒か?酒だな?」
デュラハンが骸骨の弓兵の湯飲みを取り上げた。
「スケさん、まだお仕事前なのですけど……」
「ちょっとだけ、ちょっとだけっす!」
「ダメだ」
「ちょっとだけ~」
いつもと変わらない食堂の喧騒をよそに、窓の外の太陽はゆっくりと沈んでいくのだった。