大掃除、始めました!②
◇4◇
右奥の部屋に入ると、大勢のストーンゴーレム達がテーブル等の大きな家具を部屋の隅に移動させているところだった。
ずしんすしんと、足音が部屋中に響き渡っている。
「あ、おつかれさまです~、床掃除に来ました~」
サキュバスが声をかけると、特に大きな一体が、こちらを向く。
「アア、ワカッタ。ソウジガオワッタラ、カグヲモドスカラ、ヨンデクレ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ゴーレム達は、一列になってサキュバス達が来た方とは逆の扉から出ていく。
「よし、やっちゃいましょう」
サキュバスと骸骨達は、作業に取りかかったのだった。
◇5◇
彼女は狭い穴の中を、身体をくねらせて進んでいく。
穴の中に光源は無く、入り口から微かな光だけがうっすら差し込んでいる。
しかし、彼女は、そんな暗闇など物ともせず、作業を開始する。
ここは、自分の居場所だ。
ここだけが自分の居場所だ。
今年一年、ここから出て仕事をすることは無かった。
来年も、ここから出ることはないだろう。
ごしごし、ごしごしと、非力な腕に精一杯の力を込めて壁を擦る。
ごしごし、ごしごしと……
◇6◇
「くぅ~~~っ やっぱり広いですね~」
サキュバスは強ばった身体を伸ばすように、大きく延びをする。
部屋の端には、かき集めたゴミがうず高く積まれている。
骨の破片、武器の破片、飲み捨てられたポーションの空、軟膏の空、お弁当の包み紙などなど。
業務終わりに簡単な清掃は行っているが、家具の下など見つけにくい場所には、こうしたものが貯まっていくものだ。
「サキュバスちゃんが就任してから、冒険者の数は確実に増えたっすからね~」
「良いことなんでしょうけど、複雑です」
サキュバスは苦笑いを浮かべる。
「良いことっす、良いことっす。サキュバスちゃんはここの目玉MOBの1体っすからね。堂々としてたら良いっす」
サキュバスは、いやいやと、照れながら雑巾を絞る。
「ん?」
ふと目を向けると、部屋の隅、足元の辺りに、直径30cmほどの大穴が開いている。
普段なら大きなテーブルが置いてある辺りなので、今まで気がつかなかったのだろう。
「んん?」
サキュバスは雑巾を持ったまま近づき、中を覗き込む。
中はかなり深くなっているのか、奥まで見えな……
いや……中で何かが動いたような気がした。
「だ、誰かいるんですか?」
声をかけるが返答はない。
数秒悩んだサキュバスは、恐る恐る穴の中に手を入れてみる。
灯りをつける魔法とか覚えてたらな~
そんなことを考えながら手を伸ばしていくと……
「うひゃあっ!?」
「うわぁあ!?」
すべすべした鱗状の何かに触れた。
慌てて手を引っ込める。
触られた方も驚いたのか、大声と共にどこかにぶつかった音がする。
「どうしたっすか?」
「ス、スケさん、中に誰か……」
サキュバスは、床に座り込んだまま、穴の方を指差す。
「ん? あ、こんなところにいたっすね」
骸骨の弓兵は、屈み込むと穴の中に声をかけた。
「ラミア~! 出てくるっす~!」
◇7◇
穴の中から出てきたのは、小柄なサキュバスより、さらに小柄な女の子だった。
伏し目がちな青い瞳に、ゆるくウェーブのかかった金色の髪が目を引く。
装備は、明るい緑色の胸当てひとつ。
下半身は、巨大な蛇の姿だった。
半身蛇の女の子、ラミアはペコリと頭を下げた。
自信無さげに下を向いている。
「は、じめまして……ラミア……と言います。サキュバス様」
消え入りそうな声だ。
サキュバスはパタパタと手を振る。
「い、いえいえそんな様付けなんて! わたし別に偉いわけでは無いですし、普通にサキュバスで良いですよ」
MOBには、強さの差こそあっても、それは偉さでもなければ階級でもない。
デュラハンが、まとめ役のようなことをやってくれてはいるが、基本的にMOB同士で上下関係は無いのだ。
「い……いえ……サキュバス様を……お呼びするのに、様を……つけないなんて……」
最後の方はよく聞き取れない位、小声になってしまった。
困ったサキュバスは、骸骨の弓兵の方を振り向く。
骸骨の弓兵は、やれやれと肩を竦めた。
「彼女はラミア。見ての通り蛇女族の女の子っす。 彼女はこの塔に一種一体しかいないレアMOBなんす」