大掃除、始めました!①
◇1◇
サキュバスは、長い髪をまとめて縛ると、ローブの中に仕舞い込んだ。
ローブの袖を捲り上げ、紐で止める。
目の前の桶には、冷たい水が満たしてあった。
サキュバスは躊躇うことなく、桶の中に布を浸す。
布が十分に水を吸ったら、引き上げ、固く絞る。
「よし、と」
固く絞られた布、雑巾を使って床をごしごしと擦っていく。
今日は大掃除。
ここ『夢魔の塔』でも、MOBが総出で掃除に取りかかっていた。
◇2◇
「くあ~、この時期の水は冷えるっすね~」
骸骨の弓兵もサキュバスの横で雑巾を絞る。
「見てほしいっす、この指! 霜焼けになりそうっす」
「ご、ごめんなさい、いつもと変わらなく見えます」
「こんなに赤いのに?」
「ごめんなさい、真っ白に見えます」
骸骨の弓兵は不思議そうに自分の指を見ている。
いつも通り、骨だ。
サキュバスは、その間もごしごしと床を磨いていく。
手元の雑巾はあっという間に汚れてしまった。
再び、桶に貯まった水に雑巾を浸してじゃぶじゃぶと洗う。
「でもこのお水すごいですよね~。どんなに汚れてもすぐ綺麗になりますし、どんなに洗ってもお水は汚れないですし……」
雑巾を取り出すと、すっかり汚れは取れている。
「聖水を薄めて使ってるっすからね~ どんな汚れもばっちり落ちるっす!」
「あ……どうりで手がぴりぴりすると思ってました」
サキュバスは自分の手を眺める。
少し赤くなっているが、聖水によるダメージと言えるほどではない……はずだ。
「手袋使うっすか?」
「あ、いえいえ、大丈夫だと思います」
サキュバスは手をパタパタ振り、雑巾を持つ。
「さ、残りもがんばってやってしまいましょ~!」
◇3◇
デュラハンは、脚立に乗り廊下に取り付けてある照明を磨いている。
魔法の灯りなので煤は出ないが、埃が積もっていた。
「ふむ、こんなところですかな」
輝きを取り戻した照明に満足すると、デュラハンは慎重に脚立を降りる。
脚立をたたむと、次の照明の下に移動。
脚立を立て、同じように脚立を上る。
回りを見渡すと、骸骨達が同じように照明の拭き掃除をしている。
うんうんと頷き、再度照明に向かおうと上を見上げた瞬間、前方の扉が開かれた。
「旦那ぁ~、この部屋は終わったす~」
「終わりました~」
洗い桶を持った骸骨の弓兵と、雑巾を持ったサキュバス、そして同じ部屋を掃除していた骸骨達が出てくる。
「おぉ、お疲れ様でした。それでしたら次は右奥の小部屋をお願いできます……おっと!……かな」
デュラハンが脚立の上でバランスを崩しかけ、何とか持ち直す。
「はい!あの……すみません、高いところやってもらって」
サキュバスが申し訳なさそうにお辞儀をする。
「いや、なんのこのくらい」
骸骨の弓兵が首をかしげる。
「たしかに、旦那よりサキュバスちゃんの方が楽そうっすよね。クリスマスツリーの時みたいに飛んでもらえば……」
「あ……それが、どうも天井があるところで飛ぶのは苦手で……」
高速で飛行することは苦にならないが、その場に留まるのは苦手なのだ。
激しく上下に動いてしまうし、どうしてもふらふらする。
サキュバスは申し訳なさそうに答える。
「なるほど、そういうことっすか。 って言うか旦那、その格好は……」
「ん?変か?」
サキュバスもデュラハンを見上げる。
頭には三角巾、顔にはマスク、身体には袖付きのエプロンを装備してる。
「セット効果で防塵耐性アップだぞ」
「埃とか関係あるっすか……」
「関節に詰まると取り出すのに難儀する」
「そっすか」
骸骨の弓兵は手を振ると指示された小部屋に向かって歩き出す。
「じゃ、じゃあ、デュラハンさん、行ってきます」
サキュバスもペコリと頭を下げて歩き出す。
「うむ、サキュバス殿もがんばってくだされ」
デュラハンも手を降って見送ったのだった。