Merry Christmas 始めました!
今回は1話読みきりになっています。
いつもより、少し長めになっていますが、よろしくお願いいたします。
◇1◇
「わぁ~~!なんですかこれ?!」
緑色のローブに身を包んだ少女が、窓から身を乗り出していた。
外から吹き込む風に、長い銀髪がサラサラとたなびいている。
そんな事は意にも介さず、彼女の赤い瞳は、外の景色に釘付けになっていた。
彼女の名はサキュバス。
ここ、『夢魔の塔』を守護するレイドボスである。
「それは雪です。この時期だけ特別に降ってくるのですな」
答えたのは、漆黒に彩られた甲冑。
デュラハンである。
「すごっ始めてみました。外一面真っ白ですよ」
更に身を乗り出すサキュバスに、デュラハンが声をかける。
「サキュバス殿、落ちないでくださいよ」
「あ……」
我に帰ったサキュバスが、窓の中に戻ってくる。
しかし、その目は外の景色を捉えたままだ。
「ふむ……」
デュラハンは腕を組む。
「でしたら、外に出てみますかな?」
「え!いいんですか?」
サキュバスが、くるりとこちらを向く。
その瞳は、さぁ行こう!すぐ行こう!と、急かしてくるようだ。
「ええ、もちろんです。今夜に向けて、色々準備もありますしな」
「準備?」
サキュバスは首を傾げる。
「本日は、12月25日ですからな」
◇2◇
塔の入り口を出ると、外は真っ白な雪が降り積もっている。
見慣れた迷いの森の木々達も、今では真っ白な雪に覆われ、大型のMOBのようになっている。
「うわぁ~」
サキュバスは白く曇った息を吐き出す。
かなりの寒さなのだろうが、冷気耐性のあるサキュバスは何ともない。
深々と降る雪が、その銀色の髪の上に積もっていく。
ざくざくと、足跡を残し庭の中程まで進む。
「すごいですね~。これが雪ですか~」
デュラハンも庭に出てくる。
鎧は滑るのか、それとも寒いのが苦手なのか、いつもより足取りが慎重に見える。
「そろそろ来るはずですが……」
デュラハンの言葉を待っていたかのように、森の奥から、木を揺らして何かが近づいてきた。
「な、なんですか!?」
サキュバスは身を引くと、とっさに左手に魔力を込める。
「サキュバス殿、大丈夫です」
デュラハンが一歩前に出る。
「よく来てくれた。毎年すまないな、森聖霊」
森の木々を縫うようにして現れたのは、同じように大きな樹だった。
森聖霊、大樹のような姿をもつ巨大なMOBだ。
森聖霊は、生い茂った葉に積もった雪を落とすように、大きく揺れる。
「わっぷ」
大きな雪の塊を頭から被ったサキュバスが、プルプルと首を降る。
森聖霊は、樹の幹にある顔を動かして、器用に笑った。
「おぉ、すまんの、夢魔の娘よ」
ぎいぎいとしわがれた声だ。
「い、いえ、大丈夫です」
言いながら角についた雪を払い落とす。
10メートルはあるだろうか、巨大な姿を見上げる。
デュラハンが大きな声をあげた。
「すまないが、早速頼めるか」
森聖霊が大きな体を揺らす。
「あぁ、いいとも」
ギシギシと体を動かすと、森聖霊はその場に根を下ろす。
そして、動かなくなった。
幹の部分にあった顔も、今では樹の模様にしか見えない。
「……えっと?」
状況を飲み込めないサキュバスが首を傾げる。
「さて、サキュバス殿。ひとつ手伝ってくれますかな?」
「はい?」
振り替えると、デュラハンの足元には、大きな箱が3つ並べて置いてある。
「クリスマスツリーの飾りつけを!」
◇3◇
「こ、ここら辺でいいですか?」
サキュバスは、空を飛び、今や完全に樹と化した森聖霊の身体に、紐で繋がれた電球を巻いていく。
「そうですな。いいですぞ」
デュラハンは、地上で、電球が絡まないように箱から器用に取り出してくれている。
何してるんでしょう、わたし
疑問に感じながらも、頂上付近まで電球を巻き終える。
下を見ると、デュラハンの他に、他のMOB達も集まりだしていた。
バサバサと羽を動かし、デュラハンの横に降り立つ。
みんなが口々におつかれさまと声をかけてくれた。
「いや、助かりました、サキュバス殿。この塔には飛べるMOBがいないので、昨年は苦労したものです」
姉は何していたのでしょう……
とは聞かない。
「このくらいなら、なんてこと無いです。えっとそれで皆さんは?」
集まったMOBを代表して骸骨の弓兵が答える。
「持ち場の飾りつけが終わったので、冷やかしに来たっす」
「えぇ……」
「冗談っす。手伝いに来たっすよ」
おぉー!と後ろのMOB達も手を挙げる。
何人かが、何処からともなく梯子を持ってきた。
「低いところは自分達に任せるっす。サキュバスちゃんは、上の方を頼むっす」
デュラハンが開けた二つ目の箱には、たくさんの飾りが入っていた。
金色の鐘、色とりどりのボール、飴、雪の結晶、宝箱、木の実等々
すべての飾りは先端に輪っかがあり、枝に付けられるようになっている。
「わぁ、かわいい、なんですかこれ?」
サキュバスは飾りの一つをつまみ上げる。
白いだるまのようなキャラクターがコミカルに描かれている。
「雪だるま、ですな。冬定番のMOBです」
「MOBなんだ……」
「さ、時間がないっす。さくさくやってしまうっす」
そこからは、早かった。
身軽な骸骨達が梯子を登り、その梯子ごと、力自慢のゴーレム達が運んでいく。
手持ちの飾りを付けたら、下から新たな飾りを投げて渡す。
脚立が届かない高さは、サキュバスが枝に飾りを付けて回る。
デュラハンは、全体を見て、もっと右、もっと上など指示を出している。
時折、梯子の上でサボっている骸骨の弓兵に、豪速球で雪玉をぶつけたりもしていた。
全ての飾りを付け終わると、皆で樹の根本に集まった。
電球のコードの先端には、大きな石が繋がれている。
魔石だ。
「では、サキュバス殿、頼みます」
デュラハンの合図を受けて、サキュバスは左手に魔力を込める。
「行きますよ~離れてくださいね~」
≪雷撃!!≫
サキュバスの迸った白い電撃が、魔石に命中する。
魔石は、ばちばちと青白い光を帯電させながら、輝きだした。
魔石と繋がっている電球が一斉に点灯する。
「わぁ……」
「おぉ~~」
巨大な森聖霊に巻き付けられた無数の電球が、幻想的な輝きを放っていた。
◇4◇
「ところで、これ何なのですか?」
「っっって、何も知らずにやってたっすか!?」
骸骨の弓兵のツッコミと同時に、後ろで何体かのMOBが派手に転倒する。
リアクションありがとうございます。
「だ、だって、聞きそびれちゃって」
「これは、クリスマスツリーっす」
「クリスマス?」
「異世界発祥のイベントで、12月25日は、樹に飾りつけをするものらしいっす」
はぁ、そんなイベントがあるのか~
感心しながら、サキュバスは森聖霊、今は立派なクリスマスツリーを見上げる。
こんなロマンチックなイベントなら大歓迎だ。
「そして、その日だけ現れるサンタ・クロースとかいうレイドボスを倒すと、何でも望みのアイテムが手に入るらしいっす。 このツリーは、サンタ・クロースを呼び出すための儀式の一環っすね。あとは、皆でメリークリスマスと唱えれば……」
「全然、ロマンチックじゃなかったです……」
デュラハンは首を振って答える。
「まぁ、実際にサンタ・クロースが現れたと言うのは聞いたことがありません。ただの伝説か、こことは違う世界の話なのでしょう」
「じゃあ、サンタ・クロースさんは来ないのですか?」
サキュバスはクリスマスツリーを指差して問う。
出てこられても戦うのはちょっと嫌だけど。
「そうですな。出てこないでしょう。いわば、これは、ただの余興です」
「余興……ですか?」
「はい。 異世界の、由来もよく分からないイベントではありますがな。何かと理由を付けて、皆で何かを行うと言うのは、悪くないものです」
サキュバスはもう一度ツリーを見上げる。
「そうですね。悪くなかった……ううん、楽しかったです」
サキュバスは笑顔で、そう答えたのだった。
◇5◇
「さて、後はこれですな」
デュラハンが、3つめの箱を開ける。
「ん?」
覗き込むと、中には赤い布で作られた、三角の帽子が、たくさん納められていた。
縁と先端に白いふわふわした毛が付けられている。
「これは?」
「サンタ帽です、他に衣装もありますぞ」
サキュバスは渡された衣装を手に取る。
「か、かわいい。え?これ着て良いんですか?」
「無論です。」
いそいそと袖を通す。
「ど、どうでしょうか?」
赤を基調としたワンピースだ。
肩から背中にかけて肌の見えるデザインになっているのは、背中の羽を出しやすくするめだろうか。
骸骨の弓兵がびっ!と親指を立てる。
「いつもより布面積が多いのに、しっかりエロいっす」
その腕ごと叩き折るかのように、デュラハンの強烈な蹴りが入った。
骸骨の弓兵は、雪煙を上げながら遥か後方へふっ飛んでいく。
「さて、そろそろ冒険者も来ます。持ち場につきましょうか」
デュラハンは蹴りを入れた姿勢のまま、そう告げたのだった。
◇6◇
レイドボス戦が行われるここ、大広間にいるのは、サキュバスとデュラハンの二人だけだ。
サキュバスは、先程のサンタ帽と衣装に身を包んでいる。
「デュラハンさん、それは……?強そうですけど……」
デュラハンの頭には立派な2本の角が生えていた。
天に向かって生えたそれは、先の方で幾重にも枝分かれしている。
「これは、サンタ・クロースが使役する、伝説の魔獣トナカイの角を模したものです」
「魔獣?!」
「なんでも、サンタを乗せたまま空を飛び、一晩にして世界を征服できるとか」
「すご……」
そんな魔獣を使役するサンタ・クロースさんと戦うことにならなくて本当によかった。
と言うか、戦うときは頭を脇に抱えるので、とてつもなく邪魔じゃないだろうか。
そんなことを考えつつ、サキュバスは手元の紙に目を落とす。
「よ、よく来タナ……ん、よく来たな……」
「何をされているのですか?」
「スケさんに、最近は戦闘前に、台詞を言う練習をしてるんですと言ったら、今晩限定で原稿を書いてくれたのです。でも所々、分からない言葉があって……」
「ふむ、読んでみてくださいますかな?」
サキュバスは照れながら、頬を指で掻く。
「い、いいですか?読みますよ? んん…… め、メリークリスマス、冒険者よ。よく来たな。聖なる夜に訪れるとは、この寂しい非リアジュウ共め。その……」
「ストップ。ストップです……没です」
「ええっ!?まだ半分も読んでませんよ」
「没です」
「……わ、わかりました。自分で考えます」
サキュバスはメモを小さくたたむと、道具袋にしまった。
「それにしても、今日は冒険者達少ないですね
」
窓から外を見下ろす。
庭の真ん中にあるクリスマスツリーを眺めている冒険者が何人かいるが、塔に続く足跡は少しだ。
「異世界のイベント日は、冒険者達も少なくなる傾向があります。理由は分かりませんが、転生でもしているのかもしれませんな」
「そ、そんな気軽に転生出来るものですか……?」
冗談です、とデュラハンが答える。
もぉ、とサキュバスも笑って返す。
ふと外の方を見ると窓ガラスには、赤いワンピースを着た自分の姿が映っている。
「せっかく着替えたのに、ちょっと残念ですけどね……」
「ん……?何か仰いましたか?」
「い、いえいえ、何でもないです」
サキュバスは顔の前で手をパタパタと降る。
夜は静かに更けていった。
◇7◇
サキュバスがうとうとし始めた頃、大扉を開けて、冒険者達が入ってきた。
はっ、と、視線を前に向ける。
先頭で入ってきたのは、いつもの青髪の騎士だ。
向こうもこちらを見て、何故かぼうっとしている。
「?」
後から入ってきた冒険者達が、青髪の騎士を小突いていく。
「うぇ~い、団長見とれてんじゃないぞ~」
「サンタコスかわいい」
「ハマギクさんに……言いつける」
「ち、ちげーし、あと、ハマには言うな!いえ……言わないでください」
がやがやと、中に入ってくる。
が、いつもより人数が少ない。
20人弱だろうか。あと、両手槌を持ったオークがいない。
「やっぱり、クリスマスの夜は集まり悪いな~」
「っていうか、ウスレさんは?」
「リアルデート」
「爆発しろ……」
なんだか、いつもよりわちゃわちゃしている
「ふむ、これはいけるかもしれませんな」
「ですよね」
青髪の騎士が、大きく咳払いをした。
「とにかく! 今日は無理しない! 危ないと思ったら撤退の指示を出すから、その場合はすぐに撤退すること」
「うぇ~い」
冒険者達が、ぱらぱらと準備を始める。
「……集まらないなら、たまには休めば良いのに」
「今日は来ないのか……とか言ってませんでしたかな?」
「あ、あれは、その、違うんです……っていうか聞こえてたんですか!?」
デュラハンがそっぽを向く。
そんな事を言っているうちに、冒険者達は準備を終えたようだ。
ふぅ……
サキュバスは息を吐き出すと、冒険者達の方を向き、HPバーを消した。冒険者にも声が届くようにする。
「よく来ましたね、冒険者。……ええと、なんでしたっけ?」
デュラハンが小声でアドバイスをくれた。
あ、そっか……
「それじゃあ、行きますよ……。メリークリスマス!」
『Merry Christmas 始めました』終わり