冒険者対策、始めました!⑥
◇10◇
本日の営業が始まって1時間が過ぎた。
すでに数人の冒険者が、少人数でPTを組み下層で戦っている。
ただ、今戦っている彼らは下層で戦うだけで、レイドボス戦には加わらないだろう。
「集まってきたようですな」
「ですね~」
デュラハンとサキュバスが見下ろす塔の庭には、数名の冒険者達が集まりだしていた。
いつものように、青髪の騎士の姿もある。
本隊は彼ら。
おそらく、30名程の人数を揃えてから搭に入ってくるだろう。
サキュバスが戦うのは、そちらの大規模PTだ。
「毎日、毎日、飽きないのですかね」
「日課と言うそうですぞ」
「こんな日課やめていただきたいです……」
一応勤務時間と言うことで、サキュバスはローブを脱ぎ、いつもの露出が多い装備になっている。
寒くはないが、何となく両腕を擦り、冒険者達が集まるのを眺めていた。
いつもなら、このまま来ないで欲しいと思うところだが、今日はちょっと違う。
「今日こそ、撃退してみせます」
◇11◇
時間は少し巻き戻る。
「お約束の確認をしても良いですか?」
サキュバスは、レイドボス戦が行われる大広間から繋がる階段の前で、デュラハンと話をしていた。
「お約束ですか?」
「はい、えっと……。戦闘中に戦う場所を変更するのは、ありですか?」
デュラハンは、少し考え込むと返事をした。
「それは、ステージチェンジと言うことですかな。移動すること自体は可能です。……ただ、レイド戦に参加する意思の無い冒険者を巻き込むので、自ら下層に行くことは出来ません」
「あ、それは大丈夫です。わたしが行きたいのはこっちです」
サキュバスは、登り階段を指差した。
「冒険者達を、ここに誘い込みたいんです」
◇12◇
眼下の冒険者たちが、移動を開始した。
PTはあっと言う間にいつもと同じ30名程の大人数に膨れ上がっている。
「さて、来ますな」
デュラハンが、黒い大剣を片手に、定位置に歩き出す。
いつの間にか左手には、自分の頭(冑?)を抱えている。
サキュバスも、とと、と駆け出し、いつもの位置、デュラハンの斜め後ろ、玉座の前に立つ。
す~は~と軽く深呼吸。
右手に「人人人」と文字を書き、飲み込む。
このおまじない、効果は分からないが習慣になってきている。
ちらりと右後ろを振り替える。
この作戦の要になる、屋上への階段に繋がる質素な扉だ。
サキュバスは、頭の中で手順を確認すると、十数分後には冒険者が入ってくるであろう、正面の大扉に向き直ったのだった。
◇13◇
がやがや……
きっちり20分後、サキュバス達の前では、いつもと同じように、大規模PTが戦闘前の最終確認を行っていた。
「魔法使いは範囲攻撃に巻き込まれないよう最後尾から~……」
指揮を執るのはいつもの青髪の騎士。
他のメンバーは、日によって変わっているようだが、この騎士と巨漢のオークだけは皆勤賞だ。
あと、PTの真ん中くらいにいる、赤い髪の女盗賊もよく見かける。
何か恨みを買うような事でもしたのでしょうか……
サキュバス自身にその覚えはないが、過去に姉がやらかしていた可能性は高い。
むしろ、そうに違いない。
そうじゃなかったら、よっぽど、ここの奥のアイテムを手に入れたいのか……それとも、わたしの角にご執心なのか……
彼らの家に、自分の角がいくつも並べられている所を想像して、身震いする。
嫌な想像は、頭を振って追い出すと、上を見上げ、自分のHPバーを確認する。
まだ満タン。
これを表示している間は、こちらの声は聞こえない。
デュラハンの提案で、戦闘中に一度、HPバーを消すことにしていた。
演出と言うことらしい。
しくじらないように、作戦がうまく行くようにと考えると、いつもと違う緊張感がある。
目の前の青髪の騎士が右手を挙げた。
「よし!それじゃあ、今日もがんばろー!!」
「「「おーーー!!!」」」
冒険者達も、準備が整ったらしい。
いつも通り、両手槌を持ったオーク、ウスレ……と言ったか?が、目の前に立った。
サキュバスは、ウスレを見上げながら唾を飲みこむ。
何度戦っても、この迫力は苦手だ。
「そおおおれじゃぁあ、いくぞおおおおーーー!!!」
「がんばれ筋肉ー!」
「気絶取れ筋肉ー!!」
「き、ん、に、く、言うなぁぁぁぁー!!」
絶叫と共にウスレの全身をオレンジ色の光が包み込む。
スキルの準備時間
「この間が嫌ですね……」
頭をガードしたい気持ちをぐっと抑える。
先制攻撃禁止のお約束があるので、冒険者達の攻撃が当たるまでは何もしてはいけないのだ。
そのまま、約10秒、ウスレの身体がより強く輝いた。
「いぃぃぃくぞぉぉ!!フル!メテオ!インパクトぉぉ!!」
「―――――いっっっ!??」
頭に強烈な一撃を貰うも、なんとか気絶は免れた。
「かかれーー!!」
タイミングを合わせて一斉にかかってくる冒険者。
「行きますぞ。サキュバス殿」
「き、今日こそ追い返してやるんだからーー!!」
デュラハンとサキュバスも応戦を開始した。
◇11◇
「てえい!」
サキュバスの長く伸ばした爪の一撃を、青髪の騎士が盾で受け止める。
盾と爪が衝突し、火花が弾ける。
その隙に横と後ろから冒険者が斬りかかる。
「いっ……たいな、もう!」
サキュバスは、煩わしそうに回し蹴りを放たった。
真後ろにいた冒険者が避けきれず、後方に吹っ飛んでいく。
空いた隙間に他の冒険者が滑り込み、後ろの方では、今吹き飛ばされた冒険者に回復職が駆け寄るのが見えた。
相変わらず、連携にそつがない。
そろそろいいかな?
ちらりと上を向き、自分のHPバーを確認する。
残り2割を切ったところだった。
ここまで減れば、強い魔法の発動条件(HPトリガー)は達成だ。
「デュラハンさん、そろそろ行きます!」
「承知しました、サキュバス殿」
他のPTと交戦しているデュラハンが、脇に抱えている首だけ、器用にこちらに向けてきた。
サキュバスはコクンと頷くとタイミングを計る。
怪しまれちゃいけない。
罠に誘い込むためにも、慎重にしんちょ……
ガツン!
考え事をしていたサキュバスの顔面に、青髪の騎士の盾での一撃が入った。
「ふがっ……」
鼻に痛打を貰いながらも、床を蹴って後方に吹き飛ぶフリをする。
「おわっ」
真後ろにいた冒険者に激突。
巻き込むように派手に転倒した。
「ご、ごめんなさい」
サキュバスは、謝りながら立ち上がると後方の扉に向けてダッシュ。
階段に繋がる扉を開け放つと、HPゲージを消し、事前に考えていた台詞を読み上げる。
「……こほん、え、えっと……よ、よくわたしをココマデオイツメタナ~ あなた、じゃなかった、キサマタチニ……」
「なんか喋ってるけど、逃がすな追えーー!!」
「「おおーーーー!!!」」
「って、まだ台詞途中なのですけどー!!」
戦っていた冒険者をなぎ倒し、デュラハンが走ってくる。
「もう少し練習が必要でしたな。台詞の」
「うぅ……善処します」
サキュバスは、HPゲージを再表示させると、追ってくる冒険者達に向けて左手を伸ばす。
「ちょっとゆっくり来てください!≪炎の壁≫!!」
サキュバスと冒険者の間に、轟音と共に炎の壁が出現する。
「おわっ」
「あっちぃ!」
思わず立ち止まる冒険者をよそに、デュラハンが、扉の下に楔を打ち込む。
この扉はMOBしか開けられないので、閉じてしまうと冒険者は追って来られなくなってしまうのだ。
「お膳立てが多すぎます……」
「やむを得ないでしょうな」
「ですね。上もお願いします」
「承知しました」
速力で劣るデュラハンが階段を駆け登る。
上の扉も開けてて貰う手はずだ。
そろそろ良いかな?
魔力の供給を止め、≪炎の壁≫を消す。
ぶすぶすと立ち上る、黒い煙の向こうに、冒険者達の姿が見えた。
「さぁ、冒険者達!着いてきなさ……」
「追えーーーっ!」
「だから最後まで言わせてくださいーーー!!」
突進してくる冒険者達に背を向け、サキュバスも階段をかけ上がったのだった。