冒険者対策、始めました!⑤
◇9◇
サキュバスの為に始まった冒険者対策は、完全に暗礁に乗り上げていた。
「うう……」
サキュバスは頭を抱え込む。
「やっぱり、やり過ぎてもダメってのは難しいっすね~」
骸骨の弓兵も、両手を上げ降参の意を示す。
デュラハンだけは、普段と変わらない様子だ。
「まぁ、今思い付かなくとも、いつか閃くこともありましょう。焦りは禁物です」
「そうですね……」
サキュバスはため息を吐くと、う~んと背伸びをした。
「……そういえば、冒険者って何しに来るんですかね?」
「は?」
「え?」
「あ……いえいえ、そういえば何しに来るのか知らないな~って……」
「ふむ、知りたいですか?」
サキュバスは、ゆっくりと考え込む。
「う~ん、そうですね。気になる、といえば気になります」
相手が何を目的にしているか知れば、何か思い付くかもしれない。
「わたし達、近くの街とか村人を襲う訳でもないですし。悪い魔王を復活させるぞ~とかもしてないですし……。わざわざ倒しに来られるのも納得いかないと言うか」
アンデットや魔族だから、と言われるとどうしようもないですけど。
「スケさん達は、ご存知なんですか?」
骸骨の弓兵は笑って答えた。
「遊びに来てるんじゃないっすか?」
「さ、さすがにそれはないんじゃ……」
そんな理由なら酷すぎる。
「奴等の目的は主に2つです。ひとつは戦って強くなること」
デュラハンが腕を組み続ける。
「もうひとつは、アイテムでしょう」
「アイテム……?」
ここで貴重なアイテムが採れるだろうか?
サキュバスの不思議そうな顔を見て、骸骨の弓兵が補足してくれる。
「搭のあちこちに、宝箱が隠してあるっす。冒険者たちはそれを漁っていくっす」
「ほとんど盗賊ですよね……。あれ?でもその宝箱も取られたら終わりですよね?」
「取られたら終わりっすから、営業時間外にちゃんと補充しておくっすよ。担当のMOB総出で」
「そんなことしてたのですね……あの、今度お手伝いさせてください」
普段、何もしていない事に若干の負い目を感じながら、手伝いの約束を取り付ける。
「その他、MOBの身体の一部を持ち帰る者もおりますな」
「なにそれ怖い!?冗談……ですよね?」
「あんなの持ち帰って何するんすかね?」
「え?え?なに? 本当に持って帰ってるのですか?どうするんですか? 食べるんですか?」
冒険者怖すぎる。
獣型、魚類型のMOBならまだしも、この搭にいるのはアンデットが主だ。
食べるところなんてない……はずだ。
「詳しくはわかりません。ただ、相当な値打ちがあるのか、オークションをしているのは、毎回見ますな」
オークション……毎回……ん?待って
「あの、すみません。デュラハンさんが毎回見てるって事は、もしかして……わたしの……」
サキュバスは恐る恐る聞いてみる。
答えは案の定……
「サキュバス殿の角ですな」
「やっぱりぃっ!?」
思わず両手で角を押さえる。
「やたら熱心に、角目掛けて攻撃してくると思ってたのですよ!?特にあの両手槌持ったオーク!」
毎回毎回折られますし!
「サキュバスちゃんの頭は、叩きやすそうな高さっすもんね」
骸骨の弓兵がサキュバスの頭の上に手を置く。
「頭ぽんぽんしないでください!」
「どうにも冒険者たちには、その角が必要らしいですな。何に使うかは分かりませんが……」
デュラハンが骸骨の弓兵の顔面に正拳を叩き込みながら、補足してくれた。
サキュバスは、角を押さえる両手に力を込める。
「た、食べたりするのでしょうか? 美味しくはないと思うのですけど……」
折られた角がどうなっても、当たり前だが痛くも痒くもない、次の日には元通り生えてくる。
……ただひたすら、気味が悪い。
「分からないっすけど、一角獣の角は薬になるとか聞いたことがあるっす。そんな感じっすかね」
「神獣でも被害にあうのですか……」
未だ見たこともない伝説上のMOBに、同情の念が浮かぶ。
「も、もう、いっそ角を切って渡してしまえば帰ってくれるんじゃないでしょうか……」
冒険者を倒す気概など、どこへやら。
サキュバスの心は完全に折れていた。
出来るなら関わりたくない。
「痛くないっすか?」
「痛いですけど、無理矢理取られるより随分良いです!」
「それがそうも行かないのです」
デュラハンは大広間の奥、三つ並んだ扉の真ん中、一番豪華な扉を指差して言った。
「あそこは、宝物庫です」
「は、はぁ……」
言われてみれば、豪華な造りの扉は非常に頑丈そうで、中にはお宝があります!と主張しているかのようだ。
「行ってみますか?」
「は、はい……」
促され、扉の前に移動する。
開けても良いと言うので、ドアノブに手をかけ回そうとしてみる。
ガチッ……と言う音と共に、固い手応えが伝わってきた。
「鍵かかってます?」
「そうです」
まぁ宝物庫なので当たり前か。
「ここの鍵はサキュバス殿が倒されたときに解錠されることになっているのです」
「なんでですか!?」
「マスターがそのように設計を……」
「まぁぁすぅぅたぁぁぁ」
骸骨の弓兵が扉を軽く叩いて首を傾げる。
「これ、補充はどうするっすか?」
「補充はここから行う」
そう言うとデュラハンは左側の質素な扉の前まで行くと、扉を開けた。
「こっちは鍵かかってないのですね」
「かかっておりませんが、こちらは搭所属のMOBしか開けられないように、結界が張られています」
左側の扉を開けると、目の前には大きな階段が上下に続いている。
初日、ここに来る時にも通ったが、MOB達は階の移動に、こういった隠し階段を使っている。
迷路のような搭内を行ったり来たりしては効率が悪いからだ。
「こちらです」
デュラハンは階段の右側、宝物庫の方向に歩いていく。
石造りの壁に触れると、その右手がすっと壁の向こうに消えた。
「「おぉ」」
サキュバスと骸骨の弓兵が同時に声を上げる。
「これは補充を担当する者しか通れないようになっています」
言われてサキュバスも手を伸ばすが、掌には冷たい石壁の感触が伝わってくるだけで、通り抜けることはできなかった。
「ここは、飛び抜けて貴重なマジックアイテムが補充されますからな。念の為、と言うことらしいです」
ふぅん、とサキュバスが手を戻すのと同時に、少し間延びした女の子の声で、アナウンスがかかった。
『おつかれさまです~ 業務連絡、業務連絡~ まもなくお仕事の時間になります~ 準備を済ませ、所定の位置に着いてください~
今日もがんばっていきましょう~』
あぁ、もうこんな時間……
結局何も決まらなかった。
「冒険者のヤバさだけ再確認できたっすね」
「言わないでください……」
骸骨の弓兵が手を降って階段を降りて行く。
サキュバスも手を降って見送ると、部屋に戻ろうとして……
「あれ?」
ふいに動きを止める。
「どうしましたかな? サキュバス殿」
先に部屋に戻ったデュラハンが振り返り訪ねてきた。
「あの、これってなんの為に?」
サキュバスは、それを指差しながら訪ねる。
「あぁ、それはもちろん……」
デュラハンの答えを聞いたサキュバスには、閃くものがあった。
「あの、わたし今度こそ良いこと、思い付いたかもしれません!」
「…………」
「そ、そんな表情しないでください! 今度こそ!今度こそです!」
デュラハンは、動かないはずの自分の顔に手を当てながら問い返す。
「いや疑ったわけでは……。して、どんな策ですかな?」
サキュバスは、自信に満ちた笑顔で答えた。
「その前にお約束の確認してもいいですか?」