冒険者対策、始めました!④
◇8◇
サキュバスは大広間の床にしゃがんだまま、デュラハンと骸骨の弓兵の二人を見上げる。
「この搭は、全部石造りなので、改装して大規模な罠を作るのは難しいのですよね」
デュラハンが頷く。
「そうですな。それなりに費用もかかるでしょうし」
「空気の流れも悪いので、毒液なんて使ったら臭いが充満してしまいますし……」
骸骨の弓兵が首を傾げる。
「そんなにきつかったすか?」
「きつかったです!」
鼻を刺すような刺激臭が今も残っている。
気を取り直して、サキュバスは続ける。
「罠を仕掛けるなら、何も搭の中じゃなくても良いと思うんです。 細工のしやすい地形で、毒を使うにしても密閉していないところ」
「そんなところあるっすか?」
「はい!『迷いの森』はどうでしょうか」
フィールドマップ『迷いの森』
ここ、『夢魔の搭』の前に広がる広大な森には、晴れることの無い霧に閉ざされた天然の迷路である。
至るところに奇妙な植物が生い茂り、幾重にも別れた獣道は、来た者の感覚を狂わせる。
一度足を踏み入れれば、無事に戻ることは叶わぬ……
「……とか言われてますけど、実際冒険者って迷わないですよね?」
サキュバスは何時間も、さ迷ったというのに……
「冒険者は、皆、世界地図を持っておりますからな。迷いの森と言っても、迷うのはMOBばかりです」
「たまに食材調達に言って帰れなくなるMOBとかいるっすからね」
「そ、そうなんですね」
自分が当番になるときは、迷わないように頑張ろうと心に誓う。
フィールドには、MOBの他に普通の動植物達もいる。
この搭で調理される食材の多くは、近隣の森の恵みを頂いていた。
デュラハンが腕を組む。
「して、あそこに罠を仕掛けるということですかな?」
サキュバスは、食材調達に出掛けていた思考を中断し話を戻す。
「あ、そ、そうです! あそこは、地面も柔らかいですし、落とし穴とか罠を仕掛ける場所には困りません。霧も出ているので発見されにくいですし……」
「森のMOBが、かかったりしないっすか?」
「え……?」
沈黙……
数秒間、思考を停止させたサキュバスが、ゆっくり話し始める。
「だ、大丈夫じゃないですか? あの、仕掛ける前に森のMOB達にはきちんとお話しして……」
「いや、あそこにいるMOBの多くは、植物型、昆虫型、獣型、ごく少数ですが精霊型。 精霊型はともかく、他の種族との情報伝達はかなり難しいかと」
デュラハンも渋い声をあげる。
う……
こちらの罠に他のMOBがかかるのは、よろしくない。
基本的にMOBは、種族や所属を越えての共闘意識が低い。
ちょっとした縄張り争いから、小競り合いどころか、種族間の対立にまで発展してしまったケースもある。
罠にかかった種族と敵対してしまっては、冒険者対策どころではないのだ。
「わ、わかりました。罠はやめましょう」
サキュバスは不安に感じながら、第2案を提示する。
「じゃ、じゃあ……道そのものを変えてしまうのはどうですか?」
「また思い切ったっすね」
「サキュバス殿、自棄になってはいけませんぞ」
「や、自棄になんかなってません」
サキュバスは大きく首を降る。
「あそこは、細い道がたくさんあります。新しい獣道を作ったり、森精霊達に頼んで、木を生やして貰うだけで地図と変わって迷うと思うのです」
特に、地図に頼って進んできた冒険者達には有効ではないだろうか。
道に迷えば、それだけ多く、森のMOB達と戦闘になるだろう。
森のMOB達も、戦っただけ実績を上げることが出来るし、所持しているポーションだって消費してくれる。
お互いにとってメリットがあるではないか。
うん、思い付きで言ってみましたけど、意外と良いかもしれません。
等と考えていたサキュバスを他所に、デュラハン達の反応は優れない。
「うむ……案としては悪くない、むしろ有効だと思われます」
「ですよね!……あ、あれ? ダメですか? なんかダメって言われそうな雰囲気が……」
雰囲気を察し、サキュバスはキョロキョロと二人を見比べる。
「あ……もしかして、森精霊と仲悪かったりします……?」
「いや、そうではありません。森精霊とも懇意にしています」
骸骨の弓兵が後を引き継いだ。
「道を地図と変えるのは、かなり効果があると思うっす。冒険者たちも、ダンジョンと違って、フィールドは市販の地図に書いてあることを鵜呑みにしてるはずっす」
なら何がいけないのだろう。
まさか、地図と違うくらいで、冒険者たちが来なくなるということだろうか……
骸骨の弓兵が続ける。
「ただ……地図とフィールドが違うと、たぶん……炎上するっす」
「炎上っ!!?」
サキュバスは目を丸くする。
「炎上って、あの炎上ですか!?」
「そうっす、あの炎上っす。マップと違うぞ~!フグアイだフグアイだ~! ってなるっす 」
ま、まさか、思い通りになら無いなら森ごと焼いてしまうってことですか……
MOBだけじゃなく、普通の動植物もいっぱいいるのに……
サキュバスは、下を向き小さく震えている。
自分達の敵は思っていた以上に、何でもありらしい。
あの森が焼き払われてしまっては、森に住むMOB達も、森から恵を得ているわたし達も大いに困る。
「まぁ、そうならない可能性もありますが……」
「……ご、ごめんなさい。やっぱり無しです。もし何かあった時に責任とれません」
サキュバスは力いっぱい首を振った。
思い付きで、他のMOB達を巻き込むわけにはいかなかった。