プロローグ
「朝早くからごめんね。……うん、うん、そうその事について何だけど――」
誰かが電話をしていた。誰が電話をしていたのか、それはもう覚えていない。ただ、外では豪雨が降っていて、しきりに雷鳴が鳴り響いていたのが印象的な記憶だった。
「うん、だから……そうお願い。この子達もきっとお祖父ちゃんの元で暮らした方が幸せだと思うから。……うん、有難う」
じゃあね、と言って誰かが電話を切った。その誰かは涼と涼の妹――一美を見てこう言った。
「今までごめんね。だけど、これからはきっと幸せな生活が待ってるから――また、会おうね」
そう言い終ると誰かは泣いてしまった。妹ももらい泣きしたのか泣き始めてしまい、結局は涼も泣いてしまった。
しばらくして家の前に車が来て、その誰かは妹だけを乗せて、涼を残すと『最後に一言だけ』と言って引き留めてこう言った。
「一美の事守ってあげてね」
一言だけと言った誰かは、その一言の所為で自分の感情を抑えられなくなったのか、涙をぼろぼろと零しながらその他にも色々と喋ってきた。でも、もう全然覚えていない。ただ、今でも、あの一言――一美の事を守ってあげてね――だけは鮮明に覚えている。
やがて喋りつくしたのか、感情を抑えられる様になったのか、子供だった涼でも分かる程に無理な笑顔を作って、じゃあね、と言って涼を車に乗せた。
車に乗ると泣き止んでいた妹が『何て言ったの?』と聞いてきて、何故か再び涼は泣いてしまった。
涼は振り返って車の中からガラス越しに外を見ると、その誰かは雨に濡れながらも姿が見えなくなるまで何時までも手を振っていた。