表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

幼馴染のスキンシップが過剰過ぎる!

 と、甘やかしたのが悪かったのだろう。

 その日から、毎晩のように俺のベッドに潜り込んでくるようになった。もちろん俺が許可したわけではない。ちゃんと就寝時にはお互いの部屋で別々に床に就いている。しかし、朝になるとどういうわけかハルが俺のベッドに潜り込んでいるのだ。一度許したからずっといいのだと勘違いしたのか? いや、さすがのハルもそんな安直で短絡的な考えはしないだろう。そのはずだ。だと思う。……なんだか自信がなくなって来た。俺が寝静まるのを待って潜り込んでいるという可能性を否定できない。

 これは明らかにおかしいだろう。世の男子は毎晩同じベッドで寝たりはしないはずだ。それこそ、そっち系の人達だけだろう。ハルもそっちなんだろうか? というか、間違いなくそっちなんだろう……ハァ、複雑な気分だ。

 やはり、一度話してやめさせるべきだろうか?

 しかし、ハルは隣で寝ているだけで、特に何かをしてくることはない。俺に嫌われたくないというのがストップを掛けているのかもしれない。同意を得ぬまま何かをしてくることはなさそうだ。

 危険がないとわかると安心してしまい、次第に慣れてきてしまう。それが普通な気がしてしまう。今では「どうせ横で寝ているんだろう」と、普通に起き、普通にハルを起こしていた。


「ハル、朝だぞ」

「んん……ふぁ~あ……おはようユウ君。すぐ朝食の用意するね」


 これで女の子なら、間違いなくいいお嫁さんになれることだろう。

 ハルはベッドから出ると伸びをしながら部屋を出て行こうとする。

 その姿を見て俺は言葉を失った。

 昨日までは確かにパジャマを着ていたはずだ。それなのに今日は……。


「ハル! どうして下を穿()いてないんだ!?」

「ん? 穿いてるよ?」


 ハルはそう言うと、シャツを(まく)ってみせる。

 下着が丸見えだ。そして、ふくらみも健在だ。余計なものを見せるんじゃない!


「そっちじゃなくて! ズボンはどうした!」

「え~こっちの方が色っぽいでしょ? ユウ君もこっちの方が嬉しいかなって」


 シャツを下ろすと下着は隠れ、見えそうで見えない危うい状態となる。女の子がそういう格好をすれば色っぽく、と言うかエロく見えるかもしれない。しかし、何度も言うがハルは男だ。確かに見た目は可愛らしい容姿をしているが、寝ぼけていればそう見えるかもしれないが、完全に目覚め覚醒している今の俺は、そんな気の迷いに陥ることはない。


「アホなこと言ってないで、ちゃんと穿いて来い!」

「え~、穿いてなくてもユウ君手は出さないでしょ? あ、それとも、ムラムラしちゃった? しちゃった? 私はいつでもOKだよ」


 ハルは語尾にハートマークをこれでもかという程つけてウィンクして見せた。

 見た目は可愛らしい。それが逆に腹立たしい。


「するか!」

「キャー、ユウ君が怒ったー」


 ハルは楽しそうに部屋を出て行った。まったく反省した様子はない。改めるつもりはなさそうだ。

 まったく、困ったヤツだ。

 困った行動はそれだけではなく、朝食時には、


「ユウ君ユウ君、はい、あ~ん」

「しないから」

「え~一回だけだから~お願い!」


 ハルは両手を合わせ、お願いのポーズを取る。チラチラ薄目を開けてこちらの様子を窺っているのがまるわかりだ。しかし、そのポーズを解くことはせず、俺が「あ~ん」とするまで引く気はなさそうだ。


「……ハァ、わかったよ」

「あはっ、はい、あ~ん」

「あ~ん、モグモグ、ごくん」

「どお? おいしい?」


 美味しいも何も、普通に美味しいが。


「……ああ」

「ふふふ、私幸せ~。もう一回!」

「一回だけだ!」

「え~」


 と毎回食べさせようとしてくる。

 そして家を出る際には、


「ハル、行くぞ」

「は~い。ねぇねぇ、行ってきますのチューは?」

「しないから!」

「え~一回だけ!」

「一回もなし!」

「む~」


 と、毎朝ねだって来るが、当然すべて断っている。キスなんてもってのほかだ。一度もしたことないだろう……いや、子供の頃にあったか? いやいや、あれはノーカンだろう。あれはあの二人の策略に……嫌なことを思い出してしまった。

 学校でもこんな調子では困ってしまうところだが、さすがにそこは空気を読み自重してくれている。まあ、渡辺が絡むと先日のように番犬と化しているが。

 そして、帰宅すると常に俺の隣にポジションを置き、鉄壁のマークをしてくる。サッカーでもしていれば、きっと名プレイヤーになれたかもしれない。……それはないか。鉄壁のマークをしても、ベタベタ纏わりついては即イエローカード二枚でレッドカード退場だ。しかし、法に触れない限り私生活に退場はない。

 ハルは俺に纏わりつき離れようとしない。隙を見ては腕を組んで体を密着させて来る。

 最大の問題は風呂に入るときだ。

 俺が浴室に入ったのを見計らって、突入を試みてくる。


「ユウ君、一緒に入ろ―!」


 女性のようにバスタオルで体を覆ってくるところがなんだかイラッとし、俺は浴室に入られる前に扉を押さえ込んでそれを阻止する。


「あれ? 開かない。なんで? なんで押さえてるの?」


 男だと知られたから完全に吹っ切れたようで、どうにか一緒に入ろうと強行して来ようとする。結局根競べとなり、俺に嫌われたくないハルが先に折れるのだが、それが毎日となると疲れてしまう。

 しかし、一度でも許せば毎回一緒に入ることになってしまうからここは譲れない。

 一応家事をしている時はマークを外してくれるが、それ以外はこんな感じで常に俺にベッタリになっていた。ボディータッチどころか、スキンシップが度を超えている。

 がんばれとは言ったけど、こういうがんばりを期待したわけではない。これでは過剰過ぎる。新妻でもここまではしないだろう。いや、知らないけど。

 どうにか、もう少し加減してもらいたいところなのだが、強く言えない事情というか、負い目というか、借りというか、まあ、そう言うモノがあって強く言えないのだ。


 それは、学校で唯一ハルが俺から離れるトイレでの出来事だった。



◇◇◇



「神野悠!」

「はい?」


 デジャヴか? 先日、福島に同じように呼ばれたのを思い出した。

 しかし、俺に声を掛けて来たのは福島ではなく、他クラスの男子だった。


「お前が神野悠かって聞いているんだ!」

「ああ、そうだけど」

「そうか、お前がそうなんだな……」


 何が?


「お前が橘さんに付き纏っているストーカーだな!」

「は!? ストーカー!?」


 俺がストーカーだと? 何を言ってるんだ? 纏わりついているのは俺じゃなくハルだろう。見ていればわかるはずだ。どうなっているんだこいつの目は! 恋は盲目という事か?


「もうこれ以上彼女に付き纏うのはやめろ! そんなことをしても虚しいだけだろう! こんなことはもうやめるんだ!」


 なぜか説得しはじめたぞ。俺を更生させようとでもいうのか? 大きなお世話だ。俺は何もやましいことは……していない。(同棲してるなんて言えない)


「幼馴染なのは聞いているが、だからこそ適度な距離を取るべきだと俺は思う!」


 それは同意だ。ハルにも言ってやってくれ。


「どうだ? 改心する気になったか?」

「改心も何も、俺は別に……」

「口で言ってもわからないか。だったら仕方ない」

「え?」


 ……そういえばこいつの名前を聞いていない。仮に妄想男と呼称しよう。

 妄想男(仮)は指をパチンと鳴らした。

 すると、それを待ってましたと言わんばかりに、個室の扉が開き、男子生徒たちが躍り出て来た。

 あの狭い個室に何人入っていたんだ。

 妄想男(仮)&男子生徒たちは、俺を壁に追いやるように囲ってきた。


「言ってもわからないなら、わからせるまでだ」

「わ、わからせるって、あんたたち一体なんなんだ?」

「よくぞ聞いた。我らは橘遥親衛隊! 略してタチハル隊! 彼女を影から見守り、人知れず護る者! 彼女を脅かす輩は、我らが許さん!」


 橘遥親衛隊? タチハル隊? 入学して間もないっていうのに、もうそんなものが設立されていたのか? 恐るべしハル人気。なんて言ってる場合ではなさそうだ。ていうか俺、ヤバい状況では?

 タチハル隊はジワリジワリと距離を詰めてくる。背後は壁、窓はあるけど逃げられるか? 窓を開けている間に捕まらないか? 捕まったら何をされるかわからない……これはマジでヤバイ!

 俺もかなり動揺していたようで、ここが二階である事を忘れていた。

 タチハル隊は尚も近づき、すでに手の届く距離にまで迫っていた。

 もうダメだ! と思い窓に手を掛けた時、


「ユウ君まだ?」

「ちょっと、橘ちゃん! ここ男子トイレ!」


 と、ハルと渡辺が男子トイレに入り込んできた。


「た、たた、橘さん!? なぜここに……」


 ここは男子トイレ、戸惑って当然だろう。

 タチハル隊はハルの登場に驚き動きを止めた。そして、ハルが近づいてくると、モーゼの十戒のように両脇に避け道を開けた。

 勝手知ったる男子トイレ。ハルは女子には珍しいはずの小便器には目もくれず、俺の前に歩み寄ってきた。渡辺でさえ気まずそうにしてるというのに、その堂々とした態度はまずいだろう。


「ユウ君おーそーいー! 遅いからトイレで倒れてるのかと思って心配したよ。さ、早く行こ。授業はじまっちゃうよ」

「え? あ、おう」


 呆然と(惚けて)立ち尽くすタチハル隊をよそに、ハルは俺の手を取り引っ張って外へ連れ出してくれた。危ういところをハルに助けられてしまった。

 いや、助けたとは限らないか。確かに少々長い時間トイレにいたような気もする。ハルが言ったように心配で様子を見に来ただけかもしれない。

 まあ、本人に自覚はなくても、結果的に助けられたんだけどな。


「危なかったね。覗き見ててよかったよ」


 ハルは少々軽犯罪じみたことを口走った。


「覗くなよ!」

「いいじゃない。そのおかげでユウ君のピンチに颯爽と現れて助けられたんだから」

「う、それはそうだけど……」


 自覚ありありだった。


「ふふん、何か言う事はないのかな?」

「……あ、ありがとう」

「うん」


 ハルは掴んでいる俺の手を引き寄せ、腕を絡めて来た。


「ユウ君は私が護るから。今度またユウ君に手を出したら……」

「出したら?」


 どうするつもりだ? なんだか言葉に圧を感じたんだが?


「ハ、ハル?」

「ん? なんでもなーい」


 ハルは語尾にハートをつけ、俺の腕をギュッと抱きしめてきた。

 でも、助けられた手前振りほどくことも出来ず、というか、見事にホールドされていてビクともしない。さすがは男の腕力、ひょっとして腕に覚え有りなのか? と思えるほどの腕力だった。また何かあった場合、タチハル隊に何をするつもりなのだろう。と、若干不安が過った。

 すると、渡辺が俺達の前にひょこっと出て来て謝罪してきた。

 渡辺は男子トイレを覗いているハルを止めようとして、あの場に出くわしたそうだ。一緒に覗いたことではなく、ハルを止められなかったことでもなく、今回の件を自分の所為だと感じての謝罪だった。

 俺とハルをからかい、俺たちが常に一緒にいるところを衆目に晒したことが引き金になったと思ったようだ。

 それは三郎に聞いた噂からも事実だと推測できる。少なからず渡辺にも責任の一端はあるのかもしれない。

 それ故か、渡辺はこんなことを口にした。


「私も神野の事護ってあげるよ」


 「何を言ってるんだこいつは」という怪訝な視線を向けると、渡辺はニヤリと笑って俺のもう片方の腕に自らの腕を絡めて来た。

 ハルは再び番犬と化し、渡辺を睨んで「う~」と唸っている。

 ハルをからかっているようだ。謝ったわりには、まったく反省した様子が見えない。

 左腕にハル、右腕に渡辺。

 左腕にパット、右腕に巨乳。

 決して比較しているわけではないのだが……ふむ、やはりボリュームは渡辺に軍配が上がるな。

 などと考えていると、ハルだけでなく周囲の視線が俺に突き刺さってきた。

 居た堪れない気分のまま、俺は腕を絡められたまま教室に戻った。

 そう言えば、タチハル隊の所為で用を足せなかったな……。



◇◇◇



 と、こんなことがあったから強く言えないのだ。

 これからの高校生活を思うと、若干気が滅入って来る。家の中だけが安らぎの空間となってしまった。だというのに……。

 「ハァ……」とため息を吐くと、「チュッ」と頬に柔らかな感触が伝わってきた。

 見ると、ハルの顔が離れていくところだった。


「んふふ、元気出た?」


 どうやら元気付けようと頬にキスをしたようだ。

 方法はともかく、この気遣いはさすがとしか言いようがない。ハルは確かにいい子なのだ。これも強く言えない要因の一つだろう。


「ああ、そうだな」

「えへへ」


 ハルは俺に体を寄せ、俺の肩に頭をちょこんと乗せている。

 俺の腕は、あの時のようなホールド状態ではなく優しく包み込まれていた。


 平穏とは程遠い日々だが、一週間も過ごせば慣れてくる。可愛らしいハルと過ごす日々も悪くないのかもしれない。過剰なスキンシップに目を瞑ることができれば、だが。

 しかしこの後、突然鳴り響いたスマートフォンの着信によって、俺の心を揺り動かす案件が発生することになる。


ピロリロリロリ、ピロリロリロリ…………。


何が起こるのでしょう?

ブクマ、評価、感想お待ちしてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ