幼馴染が嫉妬した!
「ああもう! なんなのアレ? なんなのなんなのなんなの!!」
「……」
家に帰るなり、ハルは不機嫌全開だった。
どうして不機嫌なのかは、なんとなく想像がつく。だから敢えて聞くようなことはしない。
しかし、当のハルが黙っていられるはずもなかった。
「ユウ君!」
「ん?」
「あの女は何なの?」
「渡辺の事か? 三郎とおな中で俺たちのクラスメイトだろ?」
「そうじゃなくて! どうしてあんなに馴れ馴れしいの!? どうしてあんなに私のユウ君にベタベタしてくるの!」
「俺はいつからお前のになった。渡辺は誰にでもああいう感じらしいぞ」
「だからって、されるがままにならなくてもいいじゃん」
「それは、まあ、そうだな」
それは確かにハルの言う通りだな。どういうヤツなのかわからなかったというのもあるけど、気を許し過ぎたのかもしれない。
「やっぱりあの胸ね!」
「は?」
「ユウ君もあの胸がいいの!?」
いきなり何を言い出すんだ? 俺が渡辺の胸に惹かれたとでもいうのか? 何を馬鹿なことを、確かにボリュームのある凶器ではあったけれど、そんなものに惑わされたりはしない。
「あんなのただ大きいだけじゃない! ユウ君は私の胸だけ見てればいいの!」
ハルはそう言うと俺の腕を抱きしめ、自分の胸で挟み込んできた。
ちなみにハルは今、制服から8分袖のブラウスに着替えている。その所為か、その感触が直に腕に伝わってきた。
見ると、ハルは「怒ってるんだからね」と言いたげな表情をしている。
ただ、頬を膨らまし上目遣い、あざとさが前面に押し出されてしまっている。どこでそんな手法を覚えたんだか。
「ハルの胸って言っても、パットだろ?」
「む~それでも、私の方が形はいいし柔らかいでしょ!」
それは好みによると思うし、そう造ればどうとでもなるだろう。天然物と競ってどうする。相手は本物の女の子なんだから。
とはいえ、いつまでも不機嫌でいられると、晩飯に支障が出てきそうだ。現に、ハルは不機嫌真っ盛りでなかなか晩飯の支度をしてくれない。なんだかんだで、俺はハルの料理を期待しているようだ。だったら、多少のリップサービスくらいはしてもいいだろう。
「うん、確かに形も感触もいい……よくできてるな」
「でしょでしょ! ほら、触ってみて」
そう言うと、ハルは俺の手を自らの胸に押し当てた。いやパットに押し当てた。張り切って押し当てるなよ。まったく……。
とはいえ、パットだとわかっているから気兼ねなく揉んでしまった。
「あん」
「おい!」
「あはは、声出した方が雰囲気出ると思って」
「アホな事を……でもこれは確かに柔らかくて気持ちいいな。まるで本物みたいだ」
「でしょ? なんたってプロ仕様ですから。でも、今度もっとすごいの作ってもらうんだぁ」
ハルは得意気だ。
プロ仕様って、プロの女装家とかニューハーフの人達が使ってるってことかな? これより凄いってどんなだろ? 少し興味あるな。
などと考えている間も、俺の手はこの気持ちよさの虜になり、モミモミと揉み続けていた。
ハルはなぜか勝ち誇ったように微笑んでいる。
「ふふん、これでユウ君も私の胸の虜ね……ん? ちょっと待って、本物みたいって……まさか! 誰かの胸を揉んだことがあるの!?」
ハルのこの発言に俺の手はビクッと止まり、胸からサッと手を離していた。いや、パットからだった。
無意識の行動とは言え、完全に自供したようなものだった。
「誰!? 誰の胸を揉んだの!」
「揉んだ揉んだ言うんじゃない。女の子の言うセリフじゃないだろ!(男だけど)」
「まさか、どこかに愛人がいるの!」
「愛人!? 恋人もいないのに愛人なんて作るか!」
「だったら誰よ!」
機嫌を取ろうとしてなぜ修羅場に……どうにかしてこの場を治めなければ晩飯が。
「の、法子さんだよ! 法子さん昨日来た時にいつもみたいに俺の頭を抱きしめて胸に押し当てて来たんだよ!」
「お、お母さん!? お母さんとそんな関係だったの!?」
「なんでそうなる!?」
「ユウ君の浮気者!!」
ハルの頭は随分とエキサイトしてしまっているらしく、思考が正常に働かなくなっているようだ。自分の母親にまで嫉妬してしまうとは……これは嫉妬なのか? ハルが、ハル君が嫉妬してるのか?
なんだか複雑な気分になってしまった。
この後もハルの機嫌が直ることはなく、まったく口を利いてくれなかった。
「ハルさん? 晩飯はどうなってるのでしょうか?」
と訊ねると、無言でカップ麺を置かれてしまった。昨日のメニューとは雲泥の差だ。
まあ、食べたけど。
とはいえ、カップ麺一つではさすがに足りない。しかし、引っ越してきたばかりで備蓄はあまりない。というか、唯一の備蓄であるカップ麺は今食べ終えたところだ。
「ハァ、コンビニ行くか」
家を出る前にハルへ「何か欲しいものはないか」と声を掛けたが、返事はなかった。まだ怒っているようだ。
◇◇◇
引っ越しのごたごたで今週の漫画雑誌を読んでいないことに気付き、コンビニへ入るなり雑誌コーナーで立ち読みしはじめた。愛読している漫画を読み進めていると、横から声を掛けられた。
「あ、神野じゃん。こんなとこで何してんの?」
横を見ると、渡辺がファッション誌を開いてこちらを覗き込んでいた。
「何って、渡辺と同じで立ち読みだけど」
堂々と立ち読み宣言する俺もどうかと思うけど、立ち読みも客寄せになると聞いたことがある。店に貢献できているのだから別に構わないだろう。
「それは見ればわかるけど。橘ちゃんは一緒じゃないの?」
「四六時中一緒にいるわけじゃない」
「そう? 今日はずっと一緒だったじゃん」
「う、それはお前が……ってそうだ! お前がからかうからハルが機嫌悪くなっただろ!」
その所為で晩飯を食いっぱぐれたとは言えないが。
「だってあの子反応が面白いんだもん。神野の困った顔も見てて面白いし」
やっぱりおもちゃ扱いしてたか。
「でも、あれだけ仲の良い所を見せつければ他の男子たちへの牽制にもなったんじゃない?」
「は? 牽制?」
「そ、これで橘ちゃんになかなか手は出せないんじゃない?」
「そうか? 逆に勢いを増しそうな気もするけど」
ていうか、ハル男だし。そもそも変な心配はしてないんだけど。
「そうかも知れないけど、神野にベッタリなら手は出しにくいでしょ」
「そういうもんかねぇ」
「そうだよ。まあ、あんまり冷たくあしらってると、橘ちゃんに愛想尽かされるかもだけどね。傷心のところに別の男から優しくされるとコロッと落ちちゃうかも知れないよ?」
「コロッとねぇ」
「だから、もう少し優しくしてあげなよ。じゃないと私が面白くないから」
「お前の楽しみの為かよ」
「んふふ~そゆこと。じゃね〜」
渡辺はそう言うと店を出て行った。
おせっかいを焼いたのか、ただ面白がっていたのか、どちらが目的だったのかわからないな。まあ、悪いヤツではなさそうだ。
それよりも、こんな近場で遭遇するとは、家が近いのか? 気を付けないとハルと同棲してることがばれてしまうな。
俺は当初の目的を果たし、から揚げやらおにぎりやらを買い込み店を出た。
「……」
『頭隠して尻隠さず』というのは、こういうのを言うのだろう。
コンビニの看板の裏からお尻が出ている。一瞬目が合い、慌てて顔を隠したから代わりにお尻が出てしまったようだ。
「ハル、ついて来てたのか?」
俺が声を掛けると、ハルはゆっくりと顔を出した。
「……あの子と何話してたの?」
「ん? 今日の事。あんまりハルをからかうなって話してただけ」
「それだけ?」
「ああ」
「ふ~ん」
少しは頭が冷えたのだろうか? さっきより落ち着いている感じだ。まあ、後をつけてくるのはどうかと思うが。
「おにぎり買ったけど食べるか?」
「……食べる」
「ん、じゃあ、帰るか」
ハルはコクリと頷き、俺の横をついて歩いていく。
何か言いたげにこちらをチラチラ見て、でもなかなか言い出せない。そんな雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。
結局会話もせず家に着き、無言のままおにぎりとから揚げを食べ、部屋に戻って行ってしまった。
◇◇◇
ベッドに横になっていると、コンコンと扉を叩く音が響いた。
ハルか、やはり何か言いたいことがあったのだろう。
「どうぞ」と声を掛けると、ゆっくりと扉が開き、ハルはおずおずと入って来た。
「どうした?」
と訊ねるが、なかなか口を開こうとしない。しばらく待つと、ようやく重い口を開いた。
「……あ、あの、さっきはごめんなさい。ユウ君が私以外の人とそういう関係になってたのかと思って、悲しくて、つい我を忘れちゃったの」
つい、か。そういうところは法子さん譲りなのかもな。
「ユウ君とお母さんがそんな事あるわけないのにね。私馬鹿だなぁ。本当にごめんなさい」
「もういいよ。別に怒ってないから」
「本当?」
「ああ」
「私の事、嫌いになってない?」
「嫌いにはならないよ」
嫉妬したくらいで嫌いにはならないだろう? 幼馴染と喧嘩したままっていうのも嫌だからな。ハルもずっと謝りたかったに違いない。でも、なかなか言い出せなかったのだろう。なんだかいじらしく感じる。
俺が頷くと、ハルは花が咲いたように満面の笑みを浮かべた。そして、俺に抱きついて来た。
「ありがとう! ユウ君大好き!」
やはり複雑な気分だ。引き剥がすのは簡単だけど、折角仲直り出来たんだから良しとしよう。
俺はハルの頭を撫でてやった。絹糸のように細くなめらから髪質は、撫でていて気持ちがいい。
「私、渡辺さんになんて負けないから」
別に渡辺はハルと張り合ってるわけじゃないと思うんだけど、何を張り合おうとしているんだか。
「まあ、がんばれ」
「うん……ユウ君、今日一緒に寝てもいい?」
「は!?」
ハルのその言葉に俺の手はビクッと止まり、ハルの頭から手を離していた。
「お、男の子同士なんだから別にいいでしょ?」
ハルの言葉は弱々しい。自分を男の子と言う事に抵抗があるようだ。
とはいえ、男同士で寝るのは普通の事だろうか? 百歩譲ってそうだとしても、俺とハルの場合はどうだろう? 俺の貞操が危うい気が……。
ハルは拒否されるかもしれないことに怯えているのか、その瞳に涙を浮かべていた。
昨日もこんな表情を見たな……。
「ハァ、変な事するなよ」
「うん!」
俺がベッドに横になると、ハルは笑顔で俺の横に潜り込んできた。
「えへへ」
「あんまりくっ付くなよ」
「うん」
といいつつ、くっ付いてきて離れようとしない。嫉妬による反動だろうか。
こういう甘えてくるところは確かに可愛らしいんだけど……ハァ。
まあ、一日くらいいいか。
いかん! ハルが男であることを忘れそうだ!? しかし、確実に男です。
感想待ってます。