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幼馴染の噂が酷い!


「はぁ……」


 今日何度目かの溜息が漏れた。


「どうしたの? 元気ないねぇ」


 隣を歩くハルが心配そうに覗き込んできた。

 誰の所為だと思ってるんだ。自覚がないのだろうか。いや、ないんだろうな。男であることを知られても、特に態度が変わることはなかった。知られても構わないと思っていたのかもしれない。ひょっとしたら打ち明けるつもりだったのかも。そうでなければ一緒に暮らそうとはしないだろう。

 とはいえ、ハルがやっぱりハル君だったことには少なからずホッとした。その反面、俺を想ってのこととはいえ、女になろうとしたことに何とも複雑な気分にさせられた。好意を寄せてくれることは嫌われるよりかは嬉しいのだが、ぶっちゃけショックだ。一途な想いでこんな超絶美少女になり、ある意味では感心するけど、俺が理想としたハル君はもうこの世にいないのだと思い知らされてしまったのだから。


「はぁ……」


 また溜息を吐いてしまった。溜息ごとに幸せがキロバイト単位で逃げていく気がする。……今日日(きょうび)キロバイトって大した情報量じゃない気もするな。


「仕方ないなぁ。私が元気にしてあげよっか? えいっ」

「いらん!」


 抱きついて来ようとするハルを、俺はハルの頭をガシッと掴んで制止した。もちろんハルは不満そうに頬を膨らませている。

 学校が目と鼻の先だというのに、誰かに見られたらどうするんだ。ただでさえ、同じ家から出て来たというのに、変な噂でも立てられたらどうするんだ。

 ……ていうか、言った側から視線を感じる。誰が見ているのかまではわからないが。


 教室に入ると、ハルはクラスのみんなから挨拶をされ人気ぶりを見せつけてくる。

 俺はというと、クラスの男子(福島)にハルから遠ざけるように押し退けられていた。何を勘違いしてるのやら。


「悠、おはよ」

「おう、おはよ」


 席に着くと、先に来ていた三郎が声を掛けて来た。


「橘さんは朝から人気者だな。幼馴染を取られて寂しいんじゃないか?」

「そんなことないって」

「そうか? 橘さん、ずっとお前の事目で追ってたぞ」


 よく見てるな。確かに背中に視線をビシバシ感じてたけど、その中には敵意のようなものも含まれていた。これは福島のモノだろう。


「それより、学校中橘さんの噂で持ち切りだぞ。凄い可愛い子がこの学校に入ったって」

「そうなのか?」

「ああ、昨日までは一年の間だけだったんだけど、いつの間にか学校中に拡がったみたいだな」


 一夜にしてそこまで……まあ、中学が同じだった先輩もいるだろうから拡がってもおかしくはないか。

 という事は、廊下にいる明らかに一年じゃない生徒達は、ハルを見に来た上級生って事か。事実を知らないって、幸せだよな。


「衆目に晒されながら一緒に登校して来るなんて、見せつけてくれるねぇ」

「ん?」


 俺たちの会話に女子が入って来た。

 軽くウエーブのかかったショートボブ、少し明るめの髪色をした女子だった。


「おはよう、神野」

「ああ、おはよ。で、誰だっけ?」


 気安く挨拶をされたが、顔はおぼろげに覚えているけど名前が思い出せない。クラスメイトであることは確かなんだけど。


「誰って、昨日自己紹介したじゃん!」

「いや、したけど全員の名前を一度に覚えられるわけじゃないからな」


 転校生活で培った名前記憶スキルも、ハルとの衝撃的な再会によって無効化されていた。まあ、スキルはじゃなくて記憶力の問題なんだけど。


「ああ、こいつ、おな中の渡辺」

「そ、渡辺美佳(わたなべみか)。美佳って呼んでくれていいからね」

「気安くずけずけ入って来るから気を付けろ」

「わかった。よろしくな渡辺」


 三郎の忠告を聞きしっかり距離を置いたら、渡辺に「固い!」と突っ込まれてしまった。


「後、こいつの胸にも気を付けろ。これは凶器だ」


 確かに渡辺は制服を着崩して胸を強調している。三郎の言う通り凶器と言っていい大きさだ。この凶器であまたの男達をその毒牙に掛けて来たのだろうか。それはないか。


「この胸は私のアイデンティティだからね。これ無くして私は語れないのよ」

「他になかったのかよ」

「だって、男子って私を見る時、顔よりまず胸を見てくるじゃん。てことは胸ありきで私ってことでしょ?」

「そうなのか?」

「まあ、そうだな」

「でも神野は他の男子と違って顔から見てきたのよね~なんで?」

「なんでって……」


 それが普通じゃないのか?


「やっぱり橘さんがいるからだよね」

「は?」

「幼馴染があんなに可愛いと他の女なんて目に入んないでしょ?」

「そんなことはないけど。それより、さっき言ってた衆目に晒されながらってどういう意味だ?」

「どういう意味も何も、そのままの意味だよ」

「噂が拡まるってことは、注目を浴びるってことだからな」


 渡辺と三郎は、呆れたように俺を見ている。

 注目を浴びるか。朝の視線はハルの事を見ていた誰かのモノだったのか。で、俺に向けられていたのは、福島のような妬み嫉み的な視線なんだろう。


「だから心配だよねぇ? クラスの男子どころか学校中のみんなが狙ってるんじゃない?」

「え? そうなの?(男なのに?)」

「うん、鈴木以外はみんなだと思うよ」

「マジで?」


 例外として名前の挙がった三郎に訊ねると、「学校中って言うのは大げさだけどな」と顎でしゃくってそれを差した。福島のように積極的な者はハルの周りに群がり、そうでない者は遠巻きに様子を窺っている。当然廊下からも上級生や他クラスの生徒の視線がハルに向けられていた。


「マジか。まあ、見た目は確かに綺麗だからな(男だけど)」

「でしょ? だから今のうちにハッキリ言っておいた方がいいんじゃない? 俺の彼女に手を出すなって」

「は? いやいや、彼女じゃないんだけど(だって男だし、それをいうなら彼氏でしょ。いや、違うけど)」

「そうなの? 朝あんなにじゃれ合ってたのに?」


 渡辺も見てたのかよ。


「別にじゃれてたわけじゃないから」

「またまたとぼけちゃって~二人は付き合ってるんでしょ?」


 渡辺は「このこの~」と肘で小突いて来る。本当に馴れ馴れしい子だな。


「だから違うって」

「ふ~ん、そんな調子じゃ誰かに取られて後悔することになるよ?」


 後悔? 俺が? いやいや、それは……っ!?

 一瞬背筋がゾクリとした。

 振り返るとハルがこちらを見てニコリと微笑んでいた。福島が気を引こうと話しているが、ガン無視でこっちを見ている。

 なんなんだ? 顔は笑っているのに目が笑っていない。こわっ!?


「ふふ~ん、やっぱり気になるんじゃん。このこの~素直になれよ~」

「今のは違うって」


 渡辺は同性と接するように絡んで来た。具体的に言えば、腕を首に回してくる感じにだ。

 なるほど、この距離感では渡辺にその気がなくとも勘違いする男が後を絶たないだろう。押し付けられた胸の破壊力もあって、男は骨抜きになる事請け合いだ。凶器と言うのはそういう意味だったのか。


「神野悠!」

「は?」


 振り返ると、福島雅治が俺の目の前で仁王立ちし鋭い眼光で見下ろしていた。

 なぜフルネーム? なぜ睨んでいる? まあ、ハルにガン無視された逆恨みをしているんだろうけど。


「神野悠! 橘さんと幼馴染だからっていい気になるなよ! 彼女はお前には勿体ない! 彼女には俺のよな男が相応しいに決まってる!」

「はあ……」


 そんなに敵意むき出しで力説しなくても、男でもよければご自由に。アプローチするのは個人の自由だからな。それとも、この場で男だという事を教えてやった方がいいだろうか…………なんてな。さすがにそんなことは言わない。そんなことを暴露すれば、ハルがどんな目で見られるか。変わってしまったとは言え、幼馴染が苦しむようなことはしたくない。


「今私の名前呼んだ?」

「た、橘さん!? えっと、これは……」


 自分の席にいたはずのハルが声を掛けて来た。そこそこ席は離れてるのに聞こえたのか?


「ああ、福島が……」

「そうそう! 悠の好きなモノを聞いてたんだよ。折角友達になったんだからお互いの趣味趣向は知っておいた方がいいと思って」


 いきなり下の名前で呼び捨てかよ。フルネームはどうした? いつから俺たちは友達になった?

 しかし、そんなことを聞かれただろうか? 確か宣戦布告のようなことを言っていた気がするが。


「そうだっけ?」


 チラリと三郎を見ると、やれやれといった表情で頷いている。ハルに嫌われない為の涙ぐましい努力を汲んで、話を合わせてやるつもりのようだ。俺としてはどちらでもいいが、貸しを作っておいてもいいかもしれない。


「ん~平穏かな?」


 今は平穏とは程遠いからな。今というかずっとか。転校続きを平穏とは言えないだろう。他にもいろいろあるし、ハルとか、ハルとか、ハルとか……。


「あ、そう。ちなみに橘さんの好きなモノって何?」


 その返答は雑過ぎるだろう。ハルへ繋げる為の布石だとしてもあからさま過ぎる!


「私の好きなモノ? ユウ君」

「俺は物か」


 ハルはハルで何を言ってるんだか。

 その所為で「チッ」と舌打ちが聞こえて来た。言うまでもなく福島だ。いや、他からも聞こえた気がするが、怖いから聞かなかったことにしよう。

 事の成り行きを見守っていた渡辺は、もう耐えられないとばかりにケタケタと笑い出した。

 俺の肩をバシバシ叩くな。俺を巻き込むな。何が面白いんだ! 渡辺の笑いのツボがわからない。


「いや~神野面白いわ。私気に入っちゃったなぁ」


 と言い、渡辺は顔を近づけてくる。その爛々と輝く目が言っている。「面白いおもちゃ発見!」と。

 そうと知らないハルは、視線を鋭くさせたかと思うと俺の腕を取り渡辺から引き離した。


「ハル?」

「う~」


 ハルは俺の腕を抱きかかえ渡辺を睨んで唸っていた。

 その日は俺がどこへ行こうとハルがついて来ていた。教室移動の時、飯時、トイレにまで入ってこようとした時にはさすがに止めたが、それ以外は常に俺の側で渡辺が近づかないよう見張り、渡辺が近づけば威嚇する番犬と化していた。

 中身が男なだけあり、引く気も譲る気もないようだ。

 そんな様子を見て渡辺はケタケタ笑っているようだった。完全にからかっているな。気に入ったのは俺ではなくハルの反応の方じゃないのか?


 後日三郎から聞いた話なんだが、この日を契機にハルに関する噂がもう一つ追加されたらしい。


『俺たちのアイドル、橘さんに変な男が付き纏っているらしい』


 と言うものだ。変な男って福島の事だよな? 俺じゃないよな? 俺だとしたら事実が捻じ曲げられている。纏わりついてるのはハルの方だっていうのに。

 俺の高校生活、これからどうなるんだ!


ハルのキャラが崩れつつあるのは、悠に男だとバレたからでしょう。悠を他の女に取られないよう必死なんですね。うん。

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