幼馴染と同棲だと!
一緒に入ろうとするハルを脱衣所から追い出し、俺は風呂へ入った。
温度は適温、お湯にユラユラと揺られて気持ちがいい。荷解きの疲れが溶け出していくようだ。
それにしても、食事の用意だけでなく風呂の準備までしてくれていたとは。確かに食事に関しては若干の不安もあって感謝してるけど、それ以外の事は俺でもどうにかやっていけるんだけどなぁ。母さんが頼んだからか? それとも、さっき言ってた事は本気だったのだろうか。
「一緒に暮らすから」
今の自分を受け入れて貰うためとはいえ、さすがにそれは行き過ぎだろう。いくら幼馴染だからと言っても、ハルの御両親だって許すはずがない。後でハルの家に連絡してハルを引き取って貰おう。
結論の出た俺は、湯船に肩まで浸かりユラユラと揺蕩っていた。
すると、脱衣所の扉が開かれハルが入って来た。そして、浴室の扉越しの話しかけてきた。
「ユウ君、お湯加減どう?」
「ちょうどいいよ。ありがと」
「いえいえ」
と言いうが、ハルは脱衣所から出て行く素振りを見せない。それどころか、浴室の扉を開いて顔を覗かせて来た。
「お背中流しましょうか?」
「い、いいから扉閉めろ!」
「あはは、遠慮しなくてもいいのに。この際一緒に入っちゃおうよ」
「ば、馬鹿言ってないで、早く閉めろ!」
「あはは、じゃあ、ごゆっくり~」
まったく何を考えてるんだ。女の子が言うセリフじゃないだろう。俺みたいな人畜無害な奴じゃなかったらどうなってたかわかってるのか?
「ねぇ、ユウ君」
扉の向こう、くもりガラス越しに腰を下ろしたハルの背中が見える。
まだいたのか。
「なんだ?」
「さっきの話だけどね。大丈夫だよ、お母さん達には許可取ってるから、そのために説き伏せたんだから」
「え?」
説き伏せたって、そっちの話だったのか? ハルのお母さんが心配してたのはそっちの事だったのか。突発的な言動ではなく、計画的犯行だったのか。
「ちゃんと私の気持ちを話したら、信じてOKしてくれたの。なんだかんだ反対しても、お母さんユウ君の事信用してるもん。もちろん私もね。ユウ君は軽率に私に手を出したりしないってわかってるから」
まさかとは思うが、さっき一緒に入ろうとしたのは俺を試していた、とかじゃないだろうな?
「おばさまにも、帰るまでの間だけって条件で許可は貰ってるから。でも、一応別の部屋を使うようにって言われてるんだけど、ユウ君がいいなら、私は別に……」
何を言い出すんだこの子は。ゴニョゴニョと口ごもるくらいなら言わなければいいのに。じゃなくて、母さんへの根回しもしてたのか! ていうか、母さんも母さんだ! なんで許可するんだよ! 帰るまでって一月近くあるんだけど……。
「だから、これからよろしくお願いします」
バタン
言いたい事だけ言って、ハルは脱衣所から出て行ってしまった。
「どうするんだよこれ。後で母さんに電話して文句言ってやる」
風呂から上がると、ハルはケロッとした表情で冷たいお茶を淹れてくれていた。そして、「私も入って来るね。覗いちゃダメだぞ」とかフラグを構築しつつ風呂に入っていった。
気の付くいい子なんだけど、余計な一言がなぁ。
ていうか、そんなフラグを回収するつもりはない。それよりもまず確認することがあるからな。
とりあえず淹れてくれたお茶を一気に飲み干し、母さんに電話した。
どうやらハルの言っていた通り、許可を出していたようだ。そして、「あんたハル君の事大好きだったでしょ? 母さんに感謝しなさいよ」と、余計なお世話なセリフが返って来た。どうやらうちの親はノリノリのようだ。ハルの母親とはえらい違いだな。
ピンポーン
能天気な母さんに憤っていると、本日二度目のインターホンが鳴った。
モニターで確認すると、ハルと瓜二つの女性が立っていた。恐ろしく若く見えるが、紛れもなくハルの母親(法子さん)だった。
電話するつもりだったから丁度いい。このままハルを引き取って貰おう。
玄関の扉を開き「法子さん、お久しぶりです」とあいさつをすると、法子さんはボーッと俺の顔を見ると、感極まったように声を上げた。
「ユウ君、随分とカッコよくなって、このこの~」
「ボフッ」
法子さんは子供の頃と同じように俺の頭を抱きしめ、その豊満な胸にむぎゅーっと押し当ててきた。柔らかくて気持ちがいいのだが、久しぶりという事もあり、力加減を間違えている節がある。
「く、苦しいです」
俺は法子さんの背中をタップした。
法子さんは「あはは、ゴメンね。嬉しくてつい」と言って解放してくれた。
そこまではいいのだが、法子さんはハルの着替えやら何やらの一式を置いて帰ってしまった。もちろん引き取って貰おうとお願いしたが、聞き入れてはもらえなかった。
「ゴメンね、あの子言い出したら聞かないから。迷惑を掛けるかもしれないけど、しばらくお願いね。なんて言うか、その……あの子本気みたいだから、何があっても優しくしてあげてね」
とか言っていたが、何があってもってどういう意味だろう。不安だけを残して帰ってしまったな。
俺は荷物一式を抱えたまま、法子さんの後ろ姿を見送っていた。
「着替えか……ん?」
そう言えば、ハルは着替えもなしに風呂に入ってるのか? まさかバスタオル一枚で出てくる気じゃないだろうな。それはいくら何でもマズイだろう。
俺は預かった荷物を持って風呂場へ、もとい、脱衣所へ向かった。
幸いハルはまだ風呂に入っているようだ。頭でも洗っているのか「フンフフンフ~ン」と陽気な鼻歌が聞こえてくる。どうやら俺が脱衣所に入って来たことに気付いていないみたいだ。
(よし、とりあえず荷物をここに置いておけば、自分で着替えを取り出すだろう)
さすがに俺がハルの着替えを用意するわけにはいかないからな。下着とか見られるのは嫌だろうし。
脱衣所を出ようとすると、見てはならないものが目に入ってきてしまった。
籠の中にハルの脱ぎたての服が綺麗にたたまれて置かれていた。ご丁寧に下着が上に乗っている……大きいな。ハルは着やせするタイプのようだ。見た目にはわからなかったが、法子さんの遺伝子をちゃんと継承しているようだ。
おっといけない。女性の下着をまじまじと見るものではないな。
今度こそ脱衣所から出ようとすると、自分で運んできた荷物に躓き、つんのめってしまった。その所為で、豪快にガタガタと物音を立ててしまった。
「え!? ユウ君!? い、いるの?」
「あ、ああ、悪い。さっき法子さんがハルの着替えを持って来てくれて、それを持って来ただけだから」
「あ、ありがとう。あの……覗きに来たわけじゃない、よね?」
「あ、当たり前だろ!」
「そ、そうだよね。あははは……ハァ、よかった」
ん? どうしてホッとしてるんだ? 一緒に入ろうとか言っていたわりに、覗かれるのは嫌なのか? いや、まあ、それが普通の反応だから間違ってはないか。
若干の違和感を覚えつつ、俺は風呂場を覗くことなく脱衣所を出て行った。
不安と違和感、戸惑いを抱きつつ、今日は過ぎていった。
こうして、不本意ながら期間限定とはいえハルとの同棲生活がはじまった。
しかし翌日、早速問題が発生した。
◇◇◇
ピピピピッピピピピッ……
目覚ましの電子音が鳴り響いている。
俺は眠気眼を擦りながら目覚ましを止めようと手を伸ばそうとしたが、体が思うように動かない。何かが左腕に圧し掛かっているような重みを感じた。
「うぅ、なんだ? ……へ?」
そこにはスヤスヤと眠るハルの姿があった。俺に寄り添うように眠るハルの寝顔は、天使が舞い降りたかのような錯覚さえ覚える。
なんて惚けて見ているわけにもいかない。
「ど、どどどどどうしてこんなことに!? 昨晩何があった!?」
いや、昨晩は確かに一人で寝たはずだ。俺は何もしていないぞ。きっとハルが間違えて入って来たに違いない。とにかくハルを起こそう! それから説教だ!
「おい、ハル! 起きろ! なんで俺のベッドに……て、あれ? なんだ? 手に突起物が当たっているような」
俺はモゾモゾと手を動かし確認すると、「ん、うぅ……」とハルがくぐもった声を漏らした。
「……こ、こここ、これって、まさか」
俺は恐る恐る布団をめくって見た。
「っ!?」
俺は言葉を失った。
しばしの沈黙。しばしの思考停止。再起動を果たすのに20秒ほど必要だった。
「ハ、ハル?」
「ん……ん~なあに? もう朝?」
ハルはまだ眠たそうに瞼を擦り体を起こす。その仕草はやはり可愛らしい。が、「ふぁ~あ」と伸びをしたときにそれは確信に変わった。
「ハル、これ、何?」
俺は片言になりつつそれを指差した。
ハルはそれに視線を向け「あはは~」と乾いた笑いを漏らした。
「バレちゃった? テヘ」
「テヘ、じゃない! ちょっと前開けるぞ!」
「いやん、エッチ」
ハルの言葉を無視し、俺はハルの服を開いた。
……胸が、ない。
というか、パットがポロリと転がり落ちた。という事はつまり、この下半身にある突起物は……。
「やっぱり、大好きな人と添い寝すると興奮するのかな? 身体は正直だね」
俺はそれを凝視していた。
「もう、そんなに見られたらさすがに恥ずかしいよぉ」
ハルは頬を朱に染め、恥ずかしそうに身を捩っている。
顔や仕草、話す言葉は可愛らしいのに、それに反比例するように雄々しいものがそこにあった。
「お、お前……やっぱり男だったのか―――!!」
二日目にして再び衝撃の事実を知ることとなった。
何があってもって、ナニがあってもってことですか! 法子さーん!
え? ハルが男だって知ってた?
というわけで、そんな話です。