幼馴染が家に来た!
続きです。
この話と次話で一話のつもりで書いていたのですが、微妙に長くなってしまったので二つに分けました。なので、次話は明日投稿予定です。
ピンポーン
唐突に家のインターホンが鳴った。
部屋の片づけをしていた俺は手を止め、玄関へ向かった。
「は~い、どちら様ですか?」と声を掛けつつ扉を開くと、そこには買い物袋をぶら下げた橘遥が立っていた。
「えへへ、来ちゃった」
「来ちゃったって」
制服姿という事は、家には帰らずそのまま近くのスーパーで買い物をして来たという事だろうか。
「お邪魔しま~す」
「え、ちょっと……」
俺の意思などお構いなく橘は家に上がり込んできた。
橘は「わ~懐かし~」と言いながらリビングへと向かった。『勝手知ったる他人の我が家』と言うヤツだろうか。子供の頃よく遊びに来てたからな。そう思うと、確かにこの子がハル君なのだと思い知らされる。いや、だからと言って躊躇なく上がって来るのはどうだろうか? もう子供じゃないんだから。
「おい、橘」
俺が呼び止めると、橘はピタッと足を止めた。そして、不機嫌そうに振り返りこう言った。
「ユウ君にそんな他人行儀な呼び方されたくない。昔みたいに呼んでよ」
なんだろう、少しばかり言葉に圧を感じたのは気のせいだろうか。
「む、昔みたいにって、さすがにハル君とは呼べないだろう」
「……だったらハルって呼んでよ」
「え……」
橘はじっと俺の目を見つめ、全く目を逸らそうとしない。そう呼んでくれるのを待っているようだ。このままでは話が進まない。俺は観念して呼んでやることにした。
「ハ、ハル」
「うん、なあに?」
ハルは満面の笑みを浮かべている。どうやら満足したようだ。
「それで、ハルは何をしに来たんだ?」
「何って、ご飯を作りにだよ」
「え?」
ハルが言うには、うちの母さんがハルの母親に俺の食事を頼んでいたらしい。仕事の都合で戻って来るのがゴールデンウィーク明けまで伸びてしまい、その間の俺の食事の面倒を見てもらおうというのだ。親同士も幼馴染だったこともあり、両家は家族ぐるみの付き合いだ。当時ハルの母親には実の子供のように可愛がってもらっていた。だからなのか、ハルの母親も二つ返事でOKしたらしい。しかし、その役目をハルが母親を説き伏せ横取りしたらしい。
「大丈夫! お母さんは頑張っておいでって送り出してくれたから」
だそうだ。何を頑張ると言うのだろう? 妙に気合入っているし、少し気になるな。
ハルはリビングを見渡し、やれやれと言った表情をしている。
「あ~まだ散らかってるね。私ご飯作っちゃうから、ユウ君は片付けしててよ。後で私も手伝うから」
「え、ああ、わかった」
母さんが頼んだこととは言え、その厚意を無にもできず、俺はなし崩し的に受け入れてしまった。いや、さすがに荷解きまで手伝ってもらうつもりはないけど。
トントントントントン
包丁の音が響く。
今、俺の家で女の子が料理をしている。
しかもその相手は超絶美少女と化したハルだ。ずっと男の子だと勘違いしていたわけだから若干の戸惑いはある。でも、これはこれで嬉しい自分もいる。何せ、憧れていたハル君と昔みたいに一緒にいられるんだからな。しかし、状況が変わった今、素直に喜べない自分も確かにいた。
そんな俺の視線に気づいたのか、ハルがはにかんだように微笑んだ。
「なあに? そんなに見られたら料理しにくいよ」
「ああ、ゴメン。でもハルって料理できるんだな」
「あ~疑ってるなぁ。これでもお母さんに仕込まれて花嫁修業はバッチリなんだから」
ずっと男の子だと思っていたから、料理ができるとは思っていなかった。いや、それは俺の主観であってハル自身は女の子なんだから料理が出来てもおかしくはない。ていうか、花嫁修業って気が早過ぎないか?
「期待して待っててね」
ハルは語尾にハートマークを付けつつ、これでもかという程可愛らしくウィンクして見せる。
「お、おう」
期待していいのだろうか。ハルの母親の言葉が気にかかるが、ここは信じて片付けに集中しよう。いい加減荷解きを済ませないと生活に支障が出てしまうからな。
◇◇◇
「今日はハンバーグにしてみましたー」
「お―――」
綺麗に焼き上がったハンバーグにデミグラスソースがかけられ、食欲をそそる香りを醸し出している。傍らには付け合わせのサラダが盛りつけられ彩りがいい。そして日本人には欠かせないご飯と味噌汁。オーソドックスとはいえ、見事としか言いようがない出来栄えだ。そう、見た目だけは完璧だった。しかし、問題は味だ。
「さ、食べてみて」
ハルはドキドキワクワクの擬音が背後に見えそうなくらい期待に満ちた表情で俺が食べるのを待っている。
「お、おう」
俺の喉がゴクリの鳴る。決して早く食べたいからではなく、躊躇いがあったからだ。
ハルの母親は何て言っていた? そう、「頑張っておいで」だ。そして、ハルは母親を説き伏せたと言っていた。どうして説き伏せる必要がある? 問題がなければ普通に許可が下りるはずだ。つまり、料理の腕に問題があるのではないだろうか。そんな不安が俺の頭を過っていた。
ハルが俺の事をジッと見ている。食べなければいけない雰囲気だ。いや、善意で作ってくれたものを無下にできるはずがない。
俺は意を決して、ハンバーグに箸を伸ばした。
箸でハンバーグを一刀両断すると、中から肉汁がジュワッとにじみ出てくる。そして、トロッとチーズが顔を覗かせた。どうやらチーズ入りハンバーグのようだ。こんな手の込んだものを作ってくれるなんて。俺はハンバーグを一口大に切り、ソースを絡めて口に運んだ。
パクリ
「モグモグモグ……ゴクン」
「ど、どうかな?」
「……う、うまい」
「本当!? よかったぁ、これ自信作だったんだぁ」
噛めば噛むほど肉汁が口の中に拡がり、それがソースと絡み合って旨味が増幅されている。そしてチーズがいいアクセントとなっている。
語彙力がないからうまく表現できないが、とにかくうまい。俺の不安は杞憂だったようだ。ハルの母親は何を心配していたんだろう。これならどこへ嫁に出しても恥ずかしくはないだろう。ていうか、これでは非の打ちどころがなさすぎる。こんなに完璧な女の子がいていいのだろうか。
チラリと正面に座るハルを見ると、こっちまで幸せになるくらい美味しそうに食べている。唇についたソースを舌でペロリと舐める仕草が艶めかしい。
本当に非の打ちどころがないんだよな……。
「なあに?」
「いや、なんでもない」
「ふ~ん、そうだ! 何か食べたいものとかある? 明日のリクエストがあったら言ってね」
「ん~リクエストって言われてもなぁ」
ハルがどれだけのモノを作れるのかわからないからなぁ。それとも何をリクエストされてもそれに応えられるだけのバリエーションを持っているのか? ここは様子を見るのもいいかもしれない。
「任せるよ」
「そう? わかった。私が来たからには、ユウ君に食べ物で不自由はさせないから安心して」
「悪いな、助かるよ」
「ふふっ、いいの。私が好きでやってるんだから」
本当に、非の打ち所がないんだよなぁ。
◇◇◇
リビングのソファーで食休みをしていると、ハルがコーヒーを淹れてくれた。
「ありがと」
「うん」
ハルは俺の隣にちょこんと座り、一緒に熱いコーヒーを啜った。
「「ずずず、ゴクン。ハァ~」」
なんだかホッとする。それはハルも同じようで、肩の力が抜けていくのが肩越しに伝わって来た。ハルも緊張していたのかもしれない。幼馴染とはいえずっと会っていなかった相手だ、昔のように接することができるのかと不安だったに違いない。
チラリと横顔を見ると、こちらを見て柔らかく微笑んだ。
「ふふっ、なんだか懐かしいね。こうして二人でいるのって」
「そうだな」
ハルはコーヒーの入ったカップを白い太腿の上に乗せ、昔を懐かしむように水面を見つめながら語り出した。
「あの頃は楽しかったね。毎日一緒に遊んで、何をするのも一緒で、それが当たり前だった。私、それがずっと続くものだと思ってた。でも、ユウ君は突然引っ越していなくなっちゃった」
「それは、仕事の転勤だからな。俺が一人で残るなんてできなかったし」
「うん、わかってる。でもね、私は寂しかった。すごく寂しくて、毎日泣いてたの」
「俺だって寂しかったよ」
「本当?」
「ああ」
ハル君と会えなくなって寂しかったのは本当のことだ。ただ、今は戸惑っているだけだ。
「よかった。でね、毎日泣いてた私を見かねてお母さんが教えてくれたの。10年したらユウ君は戻って来るって」
親同士ではちゃんと話をしていたみたいだな。
確かに10年の転勤を終えれば、会社でいいポストが待ってるとか言ってたな。ちょっと延長してるけど。
「だから私ね、それまでにユウ君に相応しい、隣にいて恥ずかしくない女の子になろうと頑張ったの」
「相応しいって……」
「私綺麗になったでしょ? ユウ君もそう言ってくれたよね?」
「あ、ああ」
「私、ユウ君の隣にいても恥ずかしくないよね?」
「それは、まあ、そう、かな」
「私……私ね、ずっとユウ君の事が好きだったの! 今日再会してハッキリした。私、ユウ君の事が大好きだって。だから、だからね……私をユウ君の恋人にしてください!」
「え!?」
恋人って、彼女のことだよな? つまり告白!? ハルが俺の事を……好き? ずっと好きだった? 俺の為に綺麗になったってことか?
「ダメ、かな?」
ハルは俺の顔を覗き込み、上目遣いで返事を待っている。断られる不安があるのか瞳は潤んでいる。しかし、その潤んだ瞳に光が反射しキラキラと輝いて見える。反則なまでに綺麗だった。
こんなに可愛い子が告白して来て断る男がいるだろうか。そんな子が俺を好いてくれるのは嬉しい。嬉しいけど……。
「えっと、ハル……」
「待って!」
俺が何を言おうとしたのか察したのか、ハルは人差し指を俺の口に押し当て言葉を止めた。
「わかってる。ユウ君、私の事をずっと男の子だと思ってたんだもん戸惑っても仕方がないよね。だから、今の私を受け入れてくれるまで待ってる。返事はそれからでいいから」
「え、いや……」
「いいの、私の気持ちを伝えたかっただけだから。だから、私の事ちゃんと見ててね」
「え、あ、ああ」
ちゃんと見ててね、か。あのハル君がこうも変わってしまうとは。いや、これが本来のハルなんだな。俺の憧れたハル君は、ただの幻想に過ぎなかったという事か。
なんだか全身の力が抜けていくようだ。
「だから、私の事を知ってもらうために、この家で一緒に暮らすから」
「ああ………………はぁ!?」
今なんて言った? 茫然自失状態だったから聞き流してしまったけど、聞き捨てならないことを言ってなかったか?
「おいハル。今なんて……」
ピピピッピピピッピロリロリ……
俺の言葉を遮るように軽快なメロディが流れて来た。
給湯器がお湯が沸いたことを報せているようだ。
「あ、お湯沸いたね。お風呂入っちゃって」
「え? あ、いや、まだ話が……」
「ほらほら、温かいうちに入っちゃお!」
俺はハルに背中を押されながら風呂へ連れていかれた。
ていうか、一緒に入るようなニュアンスを出してなかったか?
そんなこと……ダメに決まってるだろ!
まったりとした雰囲気の話でしたが、次話衝撃の事実が! というわけで、次話をお楽しみに。
ブクマ、評価、感想お待ちしています。