1章ー8 可能性
──食料倉庫から少し離れた位置。シャマとアリスは……
「ちょっと!ここからどうやって出るの!?」
「落ち着いてアリス。焦るといつまでたっても抜け出せなくなってしまうよ」
そう言って、シャマは剣で檻に打撃を与えてみる。
金属が当たる快音。しかし、
「やはり簡単には壊れてくれないようだね」
自慢の剣に綻びはないものの、檻に傷ひとつつけることができない。
「じゃあこれなら…『フレア』!」
アリスは掌から火球を出し、檻を焼き払おうとする。
しかし、「ほわわーん」という謎の音がして、火球は消滅してしまう。
「魔法無効…!やっぱり駄目ね…」
リグレットの出した「ダークネスプリズン」は、二人を外への脱出を拒む。
「妨害魔法の解除は、術者の意思による消滅、もしくは……術者へのダメージによる弱体化か…」
「やっぱり、ジュンヤに任せるしか無いようね…」
──王国でも災厄として恐れられているリグレット。
そんな奴にジュンヤは敵うはずもなく…。
「がはっ!くそ…」
「あれー?つまんないよー。もっと楽しませてよー」
壁に叩きつけられ、額から血を流すジュンヤ。
その目の前には、至って平然とした顔で、リグレットが立っている。
子供とはいえ、"暗黒の使徒"だ。勝てるはずもない。
何より、リグレットは「武器を使っていない」。
幾度となく剣で攻撃を仕掛けるジュンヤに対し、難なくかわして回し蹴りを放つ。
右からの切り込み……しゃがんで正拳突き。
正面から刺突……なんと人差し指と中指の間でつままれ、衝撃波で吹き飛ばされる。
これが、実力の差というのだろうか。
「そろそろ諦めがついたのかなー?僕も暇じゃないんだよねー」
遊んでくれと言ったのはリグレットの方からなのだが。
何度も何度も吹き飛ばされ、満身創痍の体となっているジュンヤ。
しかし、剣を支えに何とか立ち上がり、
「…ここで諦める訳にもいかねぇ!俺の…俺の名誉と金の為に!!」
そう叫び、再び戦闘の構えに入る。
「やっぱり面白いねー、君は。じゃあそろそろ"権能"を使おうかなー」
そう言った瞬間、目の前にいたはずのリグレットが消えた。
「っ!どこいった!?」
辺りを見回すも、誰もいない。すると、
「はい、ダメ」
背後から鋭い蹴りが炸裂。ジュンヤはいとも容易く吹き飛ばされる。
先程まではいなかったはずのリグレットが突如として現れる。
「これが僕の権能、"幻惑"だよー。さあ、僕に攻撃を当ててみてよ」
そして、またリグレットはいなくなる。
─何故今まで"暗黒の使徒"を倒せなかったのか。それは、個々に特別な"権能"があるからだ。
そして、その一つがリグレットの持つ、"幻惑"である。
相手に幻覚を見せて、攻撃を仕掛ける。それが、リグレット本来の戦い方であった。
数秒すると、ジュンヤの目の前にリグレットが現れる。
すぐに剣を振り、攻撃を当てる。リグレットを切り裂く。 しかし…
「はっずれー」
リグレットによって作り出された幻覚に、ジュンヤはまんまと騙されてしまう。
現れては攻撃を仕掛けるが、どれもリグレットの作り出す幻覚だ。
背後からまたしても蹴りをくらい、壁に激突する。
朦朧とする意識を、舌を噛むことで何とか保っている。
頭の中では鋭い痛みが走っている。
「そろそろつまんないからさ、終わらせてあげるよー」
そう言って、リグレットは腰から短剣を取り出す。
…次はないだろう。
─頭を回せ俺…どうすれば…あいつに勝てる…
まだリグレットは笑顔でこちらを見ている。隙をついて何かができるかもしれない。
─足掻け…足掻け…!!まだ諦めるな!!1秒でも残ってるなら、そこに全力投球しろ!
ジュンヤは周りを見渡すと、あるものに気づく。
「小麦粉と、ランプ……そうか!!これがあれば…!!」
ジュンヤの手元には、先程緩和材になってくれた小麦粉と、照明の役割となるランプが吊り下げてあった。
この二つで、一体何をするというのだ。
「とうとう頭までおかしくなったのー?その二つで僕には勝てないと思うんだけどなー」
「あぁ、そうだな、確かに勝算は低い。だけどな、確率が0じゃない限り、俺はやるんだよ!!」
傷だらけのジュンヤ、そして無傷で笑顔のリグレット。
普通に考えて、まず勝てないが、僅かにある勝てる可能性を信じて、ジュンヤは前を向く。
「おい、リグレット。『粉塵爆発』って知ってるか?」
ジュンヤの口にした「粉塵爆発」。
それが、ジュンヤの賭けた、僅かな可能性をである。
糞やな、俺。