プロローグ〜知る者と知らざる者〜
少し前に興味本位でストーブに触って火傷をしたことがある。その時初めて熱さというものを知った。普通の痛みとは少し違うヒリヒリした痛さ。しかしその痛さは一瞬で、まるで指が無くなってしまったのではないかと思うほど感覚がなくなってしまう。その後またヒリヒリし始めてそれが3日ほど続く。
凄く熱かったし嫌な思いもして、もうこんな体験はしたくないと思う心と、もう一度ストーブに触ってみたいと思う興味が湧いたが、母がこの件の後ストーブをしまってしまったので触ることはできなかった。
が、今はもう二度と熱さは体験したくないと思う気持ちが100%である。
おそらく今回は指だけでなく、顔、腹、腕、足の殆どを火傷してしまっているだろう。
曖昧にしているのは実際に火傷しているかわからないからである。
だが、全身の感覚がほとんどなく周りが火の海なら誰もが火傷したと思うだろう。
1月2日。年明けにお年玉をもらいおせちを食べて今日、家族で名古屋と言うところへ旅行に行くことになっていた。
9歳の自分と3歳の妹が後ろの席に座り、父が運転席で母が助手席に座り、高速道路を車で移動しているときだった。右隣の車が急に左に曲がってきて、父がとっさにハンドルを左にきるも間に合わず衝突。
両車とも大きく横転し、その衝撃でドアが開き外に投げ出されてしまった。
外に投げ出されたときに気を失ったらしく、気がついたときには周りは真っ赤な炎で埋め尽くされてい
た。
泣いた。熱くて泣いた。どうしていいからなくて泣いた。妹がベビーシートごと外に出ていて、ベビーシートに炎が燃え移り、今にも妹が焼け死にそうで泣いた。
そのとき不意に自分の周りの炎が消えた。まるで魔法のように。だが消えたのは一部だけで他の場所や車は依然として炎が燃え盛っている。
コツコツと足音が聞こえた。
助けが来た。そう思った。そうであると信じたかった。
しかし、その足音を鳴らした人は茶色いローブにフードを被っており顔がよく見えないので男女が断定できない。が、明らかに自分が知っている救急隊員の姿とは違っていた。
だが救急隊員でないにしろこんなところに来てくれたということは助けに来てくれたんだと思った。
だから熱くて、痛くて、動かない体に鞭を打って今出せる限りの声でその人に言った。
「妹を––––助けて!」
その人は声を聞いたのだろうか、妹をベビーシートから外し丁寧に抱きかかえた。
その光景を見て安堵した自分は急に力が抜け、気を失いそうになりふと、妹を助けてくれた人を見た。
丁度真上にいたので薄っすらとその人の表情が見えて背筋が凍った。影がかってて目は見えないが口が引き裂けるのではないかと思うほど引きつった笑みをしていた。
それは人を助けた喜びの笑みなどではない。明らかに異様で不気味な笑み。
その表情に釘付けになっていると、その人はクルッと後ろに向き、また元来た方へと歩き始めた。
「待って!」
このままでは妹が連れて行かれる。もう二度と妹に会えなくなる。なぜかそう思った。
だが、そんな声は聞こえてないかのようにその人は歩みを止めない。
「妹を連れてかないで––––っ。妹を……幸を……返せ!……。」
ふとその人は歩みを止めてまたクルッとこちらを向いた。そしてコツコツとこちらに歩いてきた。妹を左手で持ち、右手に不思議な形をしたナイフのようなものを持って。
だが、すでに満身創痍で疲労困憊な自分にはその人が何を持っているかなど分からなかった。
すでに意識を失いかけていた体に今度は腹の方に激しい痛みを感じた。これは火傷ではないことは分かったが何が起こったのかは分からなかった。
突如、体から何かが吸い出されるような感覚に陥った。今までのように意識を失いかけていた感覚とは違う。干からびてしまうような、そんな感じで少年は意識を失った。
目が覚めたのは白色が目立つ部屋。そばにピンクの服を着た女の人がこちらを見ていた。
「目が覚めたね。どこか痛いところとかない?」
女の人の問いに首を振る。
「分かったわ。今先生を呼んでくるから少しだけ待っててね。」
そう言うと女の人は部屋から出て行った。
少し経つと今度は白い服を着た男の人と一緒にまた部屋に入ってきた。
その人は黒い短髪に顎の周りに髭を生やした中年くらいのおじさんだった。
「辛いことがあったね。……君のご両親は残念なことに……亡くなってしまった。」
「先生っ!」
「いいんだ。この子には真実を知る必要がある。」
最後の2人の会話は全く頭に入ってこなかった。最初に男の人が言ったことで全て思い出したからだ。
「––––あぁ…………。」
なんと反応すればいいかわからなかった。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
「妹……幸は……?」
かすれた声で聞いた。記憶がなくなる直前のことが頭の中に入り込んできたから。
男の人は俯き、首を横に振った。
「だが現場から死体は発見されていない。現状は行方不明だ。」
聞きたくない答えだったが予想はできていた。だって……
「きっとあいつが連れてったんだ。」
「あいつ?あの場所で誰かにあったのかい?だったら、な、何かその人の特徴とか思い出せないかい?」
なぜか男の人が酷く焦っていた。
特徴というと茶色いローブとフードを被っていて……そうだ。
「ローブの背中に三角形が3つくらい重なった模様があった。」
「三角形?」
反応したのは女の人の方で男の人は目を大きく開き、額に大量の汗を流していた。
「どうしたんですか先生?知ってる人なんですか?」
「いや、知らんな。なんでもないよ。」
そう答えると男の人は自分の腕時計を確認し、
「宮野くん。すまんが席を外してくれるかね。この子と大事な話があるんだ。」
「?別にいいですけど。」
女の人は不思議そうにその場から立ち去り、
「男の子に手なんか出しちゃいけませんからね。」
「しないわバカもん。」
たとえ女の子でも手なんか出さんわとぶつぶつ言う男の人がふと何かを思い出したかのように顔を上げ
「この事は他言無用で頼む。」
「女の子でも手は出さないってことですか?」
「違うわ。ローブの人のことだ。」
「あーそっちのことですか。なんだか分からないですけど分かりました。」
そう言うと女の人は部屋から出て行った。
「はぁー。……すまない。変なところを見させてしまったな。」
「いえ。」
正直今のやり取りを見てて少し気持ちが落ち着いた。
男の人はまた真面目な表情に戻り話し始めた。
「たった今辛いことを言ってしまったばかりですまんが、今度はもっと大切なことを君に選んでもらわなければならない。」
「選ぶ?」
「ああ。いきなりだが……君はこの後なにもしなければ……3日で死んでしまうだろう。」
「––––へ?」
超バカみたいなことを超真面目な顔で言われた。さすがに意味がわからなかった。
「君も一度体験したはずだ。体の中から何かを吸い出されて干からびていくような感覚に。」
「あ––––。」
また、嫌なことを思い出した。記憶がなくなる直前に感じた感覚。
あの事故の時でさえ意識が曖昧で感じなかった感情があの時だけ鮮明に感じた。死という恐ろしい感情が––––。
思い出しただけで汗と震えが止まらなくなった。
しかし男の人は気にせずに話し続ける。
「今は一時的に抑制できているが時間が経てばまたあの状態になる。そして……死ぬ。」
さらに体の震えが増す。
「そこで君に選んでもらいたい。」
男の人は軽く息を吸い、
「1つはこのまま何もせずに死ぬか、それとも」
今度は大きく息を吸い、
「人外の力を手に入れて、生き残るか。」
「ちか……ら?」
「そうだ。だが2つ目を選ぶならかなり辛い人生になるかもしれない。それと、もし1つ目を選ぶのであれば私が楽にさせてあげられる。」
力というものがなんなのか分からないけど、そんなものはどうでもよかった。
––––もう……死にたい。
家族がいなくなり、生きたら辛い人生だなんて生きる意味がない。
本当は今泣き出したい。泣いて、誰かに頼って、逃げ出したかった。でも、もう頼る人がいない。だからもう生きれる自信がない。
男の人が後3日で死ぬと言われたときも実のところ少しほっとしてしまった。
震えた声でもう死にたいと答えようとしたとき、先に男の人が声を発した。
「妹を助けたいかい?」
まだ生まれて3年しか経ってない女の子。名前は幸。母が海好きという理由で付けられた単純な名前。けれど妹は名前の通り海のように穏やかな顔をしていて、可愛かった。
「幸は……生きてる?」
「おそらく。君の言っていることが本当なら妹さんは生きている。そして、君が生きていれば必ずまた会える。それがいつになるかは分からないが。」
この人が本当のことを言っているかは分からない。もしかしたら自分を死なせないための口実かもしれない。それでも、幸が生きている可能性があるなら。
––––幸を1人にさせたくない。
もし自分が死ねばひとりぼっちになるのは幸だ。それだけは絶対にやだ。
「助けたい……。」
「つまり?」
大きく息を吸う
「俺は幸を助けたい!俺に……力ってのをくれ!
––––俺は……生きたい!」
必死だった。何を言えばいいのかわからなかった。だから、ただ思っていることをそのまま言った。
「君は優しいんだね。––––分かった。医師の名にかけて必ず君を治してみせる。だから……もう泣くのはやめな。」
そう言うと男の人はティッシュ箱を渡してきた。
なぜか涙が溢れていた。
「な……んで……」
止めようとすればするほどどんどん出てくる。
「う……うあああああああああぁぁ…………」
たくさん泣いた。今までで1番泣いた。だからもう決めた。これから幸を助けるまで絶対に泣かないと。
「先生!子供を泣かせるなんてサイテーですよ!」
「う、それは……すまないと思って––––。」
「一体どこまで手を出したんですか!?」
「いや、だからそんなことしとらんわ!」
いつの間にか女の人も部屋に戻ってきていた。
「コホン。」
わざとらしい咳をした男の人が何かの紙を渡してきた。
「この紙の1番下に君の名前を書いてもらいたいん
だ。」
さらにボールペンも渡してきて無理やり握らされ
た。
母がよく自分の名前の由来を話してくれた。
誰よりも強く生きて、誰からも好かれて、誰でも守ることができる人を願ってつけた名前だと。
少年は紙に何度書いたかわからないくらい書いた自分の名前を書いた。
––––赤城騎士。
「アカギ……ナイトか。いい名前だ」
「何でもかんでも、いい名前だって言えばいいわけではありませんよ」
「いや、でも……じゃあなんて言えば––––。」
「さぁ?」
「さぁって……。」
男の人は 大きくため息をついて
「そういえば私の名前言ってなかったね。––––私の名は蔵山竜司だ。」
それからと話をつなげる
「今回の事故は向こう側の車が急にパンクして起こった事故らしい。詳しいことは分からんが相手の車も家族連れだったそうでな。同じく両親が亡くなり、4歳の子供だけが助かったそうだ。その子の名前が龍ヶ峰嵐というようだ。一応覚えておいてくれないか。何かあるかもしれんからな。」