一九四三年 釣り
「意外だな」
それは記者の言葉だった。今、二人は霞ヶ浦のほとりにいた。そこで水面に糸を垂れ二人並んで釣りをしていた。
「なにがですか」
「いや、香奈ちゃんはこういうことをしないのかなって」
「そんなことないですよ。こうやって何かをつらないとおかずなくなっちゃいますからね」
そういわれた記者は一度竿をあげもう一度湖面に糸を垂れた。
「香奈ちゃんはこれを哲生にやらせる気だったのか」
「はい」
「で、哲生はどうなんだ」
「うまいですよ」
「えっ」
「釣りですよね」
「いや、そうじゃなくて君と哲生も関係だよ」
「えっ」
そいうと彼女はうつむいた。そして香奈は無言になった。
それをきいた倉町も無言になった。彼女を脇目で見ながら一度竿をあげもう一度湖面に竿を投げ入れた。倉町も今のそれは少しおとなげないような気がした。
「幼なじみですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
「それだけなのか・・・」
倉町がそういうと二人はまた無言になった。
そしてその沈黙を破ったのは八恵だった。
「じゃ、記者さんは好きな人いないんですか」
「ずいぶん、唐突だな」
倉町はそういうと一度竿を上げた。そして隣にいる八恵のごめんなさいという言葉を聞きながらまたそれを湖面に放り込んだ。
「気になるやつはいる」
「記者さんがですか」
「ああ、ダメじゃない」
「それって」
「好きだ・・・ということだろうな」
それを聞いた香奈はまっすぐな目で彼を見てこういった。
「ダメですよ。ちゃんと言わなきゃ」
倉町はそのままの姿勢でその彼女を横目で見てこう答えた。
「そうか」
彼がそういうと香奈はそうなんですと言って返した。
それをいわれた倉町は軽くため息をついた。そしてつぶやくようにこういった。
「そうかもな」
そういった彼は遠い目で湖面の浮を見つめた