一九四三年 本
倉町は食堂で味噌汁をすすっていた。玄米にうすい味噌汁。それと誰かが霞ヶ浦あたりで釣りあげたであろう魚が食卓に並んでいた。
あれから数週間が過ぎた。その間、昼となく夜となく取材と称しいたるところを徘徊した。そのせいかこの界隈でもだいぶ顔が知れわったってきた。もちろん海軍兵も予科練生も例外ではない。もちろんここにいる哲生とも親しくなってきていた。
「な、な、あんた記者だったな」
そういって哲生はおしかけてきたのだ。彼も土浦海軍航空隊の予科練生だ。
この日は日曜で予科練生の外出が認められた日だった。記者はそのうすいみそ汁を飲み込むとそうだけどとこたえた。
「その記者のあんたに頼みがある」
「なんだ」
記者はそういってその哲生の問いに迷惑そうに応えた。
「あんた本に詳しいか」
そういって彼は記者をたずねてきた。
「あのさ、おれ、本を買いたいんだけど」
「わからないかそれを教えろってか」
「ダメか」
「ダメじゃない。で、どんな本がいいんだ」
彼はそういうと薄いみそ汁をすすった。
「あのさ、女の子が好きそうな本を・・・」
「あっ?」
「だから女の子がすきそうな本をさ」
「小説か?」
そういうと今度は箸で魚をつまみあげかじった。哲生はその魚の行方を目で追った。そして彼は短い返事をした。
「それを買って香奈って娘にあげるのか」
哲生は黙り込んだ。彼には都合が悪くなると無口になる。こうなるともうどうにもならなかった。記者は数秒間その哲生を見つめた。そしてひと口みそ汁をすすりこう言った。
「銀河鉄道の夜」
「えっ」
「だから銀河鉄道の夜だって」
「宮沢賢治か」
「名作だ」
「わかった。ありがとな」
そいうと引き戸を開け店の外に飛び出していった
「あら、哲生?」
その入れ替わりに香奈が入ってきた。
「ああ、たぶん土浦あたりに行ったんだろ」
「あら、それじゃしばらく帰ってきませんね」
そいうと香奈は少し困った顔をした。おそらく哲生に何か頼みたいことがあったのだろう。
「哲生に何かようでもあったのか」
「ええ、ちょっと」
「おれでよかったら手伝うよ」
「え、いいんですか?」
「いつもお世話になってるからな」
「それじゃぁ」
香奈はそいうと記者にバケツと釣竿を差し出した。