一九四五年夏 日立空襲後
筆者の目の前には焼け野原が広がっていた。筆者は空襲の現場を訪れた。そこには数日前まで町があった。ここにはたくさんの人が住んでいた。彼らは毎日ここに通い働いた。あった。それはもうない。
連合軍は日本全国の大都市を中心に空爆を行った。通常この空爆というものは軍施設、橋梁、線路などの交通関係、ラジオ局などの放送施設などそれを目標に爆撃を行う。が、ドレスデンやゲルニカ。ドイツがイギリスに行ったザ・ブリッツは有名だ。日本も重慶空爆を行っている。
連合国軍は日本各都市に対して爆撃を行っている。一九四四年以降連合国の空爆は本格化した。当初は軍事工場を中心に攻撃されたが翌年になると人口密集地への無差別攻撃が行われるようになった。その目標は大都市のみにとどまらず地方の中小の都市にも及んだ。
攻撃は戦略爆撃機による爆撃のみならず、英米の機動部隊艦載機や硫黄島などから飛来する飛行機による爆撃や機銃掃射というかたちでも行われた。沿岸の都市では艦砲射撃によっても攻撃されたところもある。
特に被害が甚大だったのは三月十日の東京大空襲である。この空爆からから焼夷弾を集中投下する無差別爆撃が本格的に開始された。東京大空襲とは第二次世界大戦末期にアメリカ軍により行われた東京に対する焼夷弾を用いた大規模な戦略爆撃の総称である。十一月四日以降東京は百六回もの空襲を受けたがその中でも死者数が十万人以上と著しく多い一九四五年三月十日の空襲の下町空襲を指すことが多い。この日の空襲だけでも罹災者は百万人を超えた。
筆者はその町でこのような物を入手した。
空襲予告
次、この都市が空襲されます
そこにはそう書いてあった。それは伝単というものだった。空襲ビラとも呼ばれ数千万枚とも数億枚ともいわれるそれを印刷し飛行機からそれを広域に散布した。日本連合国もそれ行った。もちろん米軍も行った。
日本上空の制空権を握った米軍は、連日爆撃機等で、空襲の目標となる都市に大量のビラを散布した。これを拾った者は憲兵や警察へ届けることにっていたが確実な予告ビラであることから現実味あり民衆の不安を煽るには十分だった。
「やだねぇ」
そういったのは静だった。彼女は雑誌を読んでそうつぶやいた。
あの霞ヶ浦の一件から数日が過ぎていた。静はあの場所での出来事を知らなかった。記者はそのことを両親に伝えていなかった。
そこには六月十日の空襲の事が書かれていた。この日は千葉と日立に空襲があった。米軍は日立に二十九機、千葉に百機の編隊を編制し空襲を行った。どちらも王手電気企業の関連工場を狙い打ったものだ。が、被害はそれだけにとどまらず周辺の住宅や学校も被害を受けた。
「空襲ですか」
「ああ、アメリカも嫌なことするねぇ」
「大分ひどかったらしですね」
彼女は予科練おばちゃんといわれるぐらい予科生に慕われていた。おそらくだが彼女はその元予科練生。かつて若鷲と言われた海軍航空兵の活躍を心から喜んでいた。だから彼女は必ず日本のどこかで活躍しているであろう彼らの活躍をそこで確認していた。でも、今回はそうはいかなかった。そこにはそれらしい記事はなかった。防空は海軍と陸軍との役割分担が決まっていた。海軍は港と海軍基地、陸軍はそれ以外。そこは港ではなかった。だから海軍、予科練出身の兵士の出番がなかった。
「ひどかったらしいね」
そういったのは堀口である。
「はぁ、鬼畜米英とはよくいったもんです」
「まったくだね」
そういうと静は新聞をひっくり返した。
そんなことをしているとそこに来客があった。その客は店の引き戸を開け食堂に入ってきた。それは予科練生だった。それは乙種予科練生。いわゆる乙飛の生徒だ。
「おばちゃん・・・」
その生徒は悲しそうな顔をしていた。
その彼は太田一平という名前だった。もちろん彼女は彼をよく知っている。
「おばちゃん、おれ日立にいってきた」
「そういえばご日立だっていってたね」
「うん」
「で、どうだった」
静と一平はそんな会話を交わした。去る六月十日、朝の九時頃だ。米軍は日立を空襲した。やつらの目的はおそらく日立の工場であったのだろう。当日は古替え休日ではあったが出勤していた従業員が出勤していたらしくその多くが死亡した。彼の実家はその近くにあったらしくその空襲に巻き込まれてしまったそうだ。
堀口は静かにそして熱い眼差しで彼を見つめた。彼は文官教官だ。そしてそこにいる一平は予科練生だ。いわば堀口と一平は教師と生徒だ。その彼が一平のことが気にならないはずはなかった。
「真黒だったよ」
「日立が・・・かい」
「うん。町も妹も・・・」
「妹さんも・・・」
静は信じられなかったのかそう驚きの声を上げた。
「うん、爆弾で・・・」
「爆弾で・・・」
そう言ったのは堀口だった。
「はい。あの日、いっぱい米軍の爆撃機が飛んできて爆弾をいっぱい落としていったそうです」
そういわれた堀口は一平をみつめている。
その眼差しは真剣そのもの。それは教師の目。教師が生徒を思う真剣な眼差しだった。
「あいつ学校から避難する途中だったみたいだったんですけど。そこに奴らが来ていっぱい。いっぱい爆弾を落としてっただそうです」
「そうですか」
「おれがいったとき朱里はもう棺桶に入ってました。おれそれ開けたんです」
「棺桶をですか」
「はい。でもおれそれを見ても信じられなくて。先生、あいつ真黒だったんです。と顔だけじゃなくて体中全部。どこも真黒だったんです。ほんとうに朱里だたなんてわからないですよ。それそれが妹だって信じられなくて・・・」
「そうですか」
「先生」
堀口は無言で彼の呼びかけに答えた。
「先生、おれ・・・。卒業したら迅雷部隊に志願します」
「もしかして桜花ですか・・・」
「はい。おれそれに乗ってやつらををやっつけます」
「米軍をですか・・・」
「はい、一機一隻三千人。一人残らず地獄に連れててやりますよ」
「そうですか」
そういった堀口の声は少し寂しそうだった。迅雷部隊とは特攻隊の一種で一式陸上攻撃機という飛行機に桜花と呼ばれるミサイルを搭載に敵艦艇を攻撃する部隊だ。この桜花と言われるミサイルは人間ミサイルともよばれそれに人が乗ってそれを操縦するのだ。
「先生、おれ頑張るからよろしくおねがいします」
そういって一平は店を後にした。
「一機一隻三千人か・・・」
そいうと堀口は寂しそうな顔をした。そして深い深いため息をついた。静も深いため息をついた。
そこに香奈が帰って来た。
「先生、こんなもの落ちてましたよ」
そういって彼女は堀口の姿を確認すると鞄に手を入れそこから一枚の紙を取り出しそれを差し出した。それは空襲ビラ。伝単と呼ばれる紙だった。




