一九四三年 鳴門屋
「あんた、これどこのお金。これじゃ払えないよ」
ここは鳴門屋。その声は高村里美。香奈の姉ものもだった。彼女はここの店番をしていた。
この店は芳郎と静が夫婦できりもりしている店だ。その夫は厨房の奥に入ったきりなかなかでてこない。この夫婦。元々阿見の出身ではなかった。茨城の出でもなかった。元々は高松。四国の徳島に住んでいた。が、訳あって土浦にいる親戚を頼ってここまで来たのだ。そして夫婦はこの地に食堂を開いたのだ。
その店も今では海軍指定食堂だ。予科練がここに移ってきた数年前そうだった。この店には日曜になると多くの予科練の生徒生がなだれ込み丼ものやカレーなど胃袋に押し込み土浦や阿見の町に繰り出しそして帰りにここに立ち寄りくつろいだ。その食堂は霞ヶ浦湖畔からそれほど遠くない。二人はここまで歩いてきてたのだ。といってもそこからここまでそんなに遠くはない。
「おねちゃん、どうしたの」
そこに香奈が帰宅した。哲生もいっしょだ。妹の香奈にそういわれた里美はどうしたもこうしたもないよといって妹を迎え入れた。
里美は今接客をしていた。が、その男が差し出した紙幣にはわけのわからない肖像が描かれていた。その男は鞄を持っていた。それは頒布製の肩掛け鞄だった。彼はその鞄に手を入れその中をまさぐった。そしてその中から財布を取り出した。その男は財布を二つ持っていた。
「これで大丈夫ですか」
「あんた、これでも払えないよ」
「えっ」
「うちじゃお釣りが足りないよ」
彼がその封筒からとりだしたのは紙幣だ。それは百円札。聖徳太子の肖像が描かれていた。それはこの当時大金だった。現在の価値に換算すると三十万円以上になる。
「どうしたんだい」
そこにその静があらわれた。
「かあさんそれがさぁ」
そいって里美はその百円札を母である静に見せた。
「あらぁ、あんた、こまかいのもってないの」
その男、その財布を開け一枚づつ紙幣を確認した。
「ない・・・ですね」
「こまったねぇ」
静がそういうと男はもうしわけなさそうに彼女に声をかけた。
「ここ旅館もやってるんですよね」
「ああ、やってるけど」
「よかったらそれで泊まれるだけ泊めてもらえますか」
「それはいいけど」
「では、よろしくお願いします」
その男はその紙幣を静に渡しその財布を鞄にしまった。里美はその彼から鞄を預かった。
「それにしてもあんた、ここには仕事できたのかい」
店主の静にそう尋ねられた。するとその男は何かを思い出したかのようにポケットに手を入れた。そしてそこから一枚の紙を取り出した。それは名刺だった。
常陽グラフ編集員
倉町徹
そこにはそう書かれていた。
「あんた記者かい」
「ええ、まぁ」
「じゃぁ、ここには取材か何かで」
「ええ、まぁ」
「なんかはっきりしないね」
「なにぶん、未定なもので」
記者がそういうと
「ではこちらへ」
そういってと里美は店の奥に案内した。