一九四五年春 遺書
「ごめんなさいね。散らかってて」
それは秋絵の言葉だった。彼がここを訪れたときには卓袱台に手紙が広げられていた。彼女はそういうといそいそと手紙をまとめ始めた。おそらくそれは哲生からのものだろう。
「いいえ、こちらこそ突然おしかけて」
倉町は秋絵の自宅を訪れた。それは翌日の事だった。彼は行李を静に手渡しここに屋て来たのだ。なんといっていいのだろうか。それをせずにここにはこれような気がしたのだ。
秋絵の自宅は海軍住宅だった。その建物はさほど広くはなかった。二戸一棟の棟続きになっており玄関には『乙二十六』とかかれた木札が掛けられていた。仲はさほど広くなく間取りは六畳と四畳半の二間に狭いながらも台所に風呂、便所と必要なものはみなそろっていた。
倉町がここを訪れたのにはわけがあった。彼はここに招かれたのだ。招待したのはもちろんここの住人坂下秋絵である。
そこには他にも手紙があった。それは台湾からの手紙だった。それは高尾の海軍基地で地上勤務をしている長男からであろう。その手紙が束ねられていた。
「ちょっと待ってくださいね」
そういうと彼女は手紙を紙縒りで束ねもう一つの束と一緒に小さな行李にしまった。
「息子さんからですか」
「ええ、台湾の息子から手紙が届きまして」
「智晴さんでしたっけ」
秋絵はそんな会話をしながら卓袱台を布巾で拭いた。
「そこにかけてください。今、お茶入れますか」
そういって彼女は台所に向かった。そういわれた彼は彼女の背中におかまいなくと声をかけた。
彼女は海軍軍人の妻である。彼の夫は巡洋艦で機関員をしているその夫との間に二人の子供を儲けた。両者男子である。一人は海軍上飛曹だった哲生。もう一人は台湾の高尾にいる智晴。彼は高射砲で連合軍の飛行機の迎撃する任務についていた。
記者は部屋をその部屋の眺めた。彼はその部屋に懐かしさを感じた。その彼は軍人ではない。そして彼の両親も軍人ではなかった。彼の記憶にはそうあった。
その彼は一枚の写真を見た。それは仏壇に置かれた哲生の写真だ。
そこに秋絵が厨房から戻ってきた。彼女の手にはお盆がありそこには湯呑が二つのせられていた。
「この前はありがとうございました。いろいろお教えてくださって」
秋絵は彼の前にお茶を置いてそういった。
秋絵は彼に取材したときのことを尋ねた。彼は海軍番の記者だ。生前に哲生に取材もした。哲生が参加した作戦についても調べてもいる。彼が紫電という飛行機に乗っていたその飛行機が好きだったこと。それは零戦を二機相手にしても引けを取らない飛行機だ。この紫電があればみんなが守れる。そう思っていたという事。三月の東京空襲のときの事も新兵教育に関する事。特攻時の哲生のことも話した。軍事機密に反しない程度にその事を話した。秋絵は記者の言葉の全てを聞き漏らすまいと真剣な眼差しでの話に耳を傾けた。
「その彼からこういうものを預かりました」
その記者はそういうと鞄から封筒を取り出し卓袱台に置いた。
坂下秋絵様へ
そこにはそう書かれていた。それは間違いなく哲生が書いた文字だった。




