一九四五年初春 最後の挨拶
「香奈ちゃん、おはよう」
彼は寝起きだった。
その彼は歯を首に手拭をかけ眠い目をこすりながらそういった。
「おはようござます」
そういったのは香奈ではなかった。
「秋絵さん。来てたんですか」
「はい」
「はやいですね」
「はやくないですよ。記者さんがおそいんです」
そういったのは香奈だった。
「今、何時?」
「だいたい十時ぐらいだと思いますが」
「もうそんな時間なの」
「はい、おそいでしょ」
「うん」
そんな会話をしているさなか記者は何かの音を聞いた。
遠くからなにか低いうなり声のような音がするのだ。そしてその記者は空を見上げた。記者は何かが聞こえたような気がした。その音源は遠いのだろうか。微かだが彼の耳にそれは届いていた。記者はその音の方向を見た。それは筑波山の方向だ。その山は阿見村がある茨城県の象徴と言える物だった。その方向に何かが見えた。それが徐々に近づいて来る。
「香奈ちゃん、秋絵さん・・・」
記者はそうつぶやくようにそういった。
立っていた香奈はそのまま天を仰ぎ秋絵は立ち上がりながら被っていた手拭をとった。
それは零戦。三菱零式艦上戦闘機だ。
「筑波隊・・・」
倉町は小さな声でつぶやいた。それは筑波海軍航空隊で編制された神風特別攻撃隊の隊名だった。
その飛行機は高松屋の上空を通り過ぎこの辺りの上空で大きく輪を三度書いた。そしてその零戦は翼を左右に振り遠くの空に消えていった。
三人はその飛行機を仰ぎ見た。そしてそのままそれが見えなくなるまでずっと空を見ていた。




