一九四五年初春 お守り
「それじゃ帰るよ」
哲生はそういって店を出た。彼が帰る頃には陽が傾いて薄暗くなっていた。
「気をつけるんだよ」
そういて母は彼を見送った。
哲生はかあさんもねとそういうと手を振りそこから立ち去った。そして哲生は停留所に向かって歩き出した。
その哲生の目に何かが映った。辺りは薄暗くなっていてよくわからなかったがどうやら人のようだった。それの姿がだんだん大きくなる。どうやらこちらに近づいてくるようだ。
「てっちゃ〜ん・・・」
それは香奈だった。その彼女は待ってといいながらこっちに向かってくる。
「てっちゃん。ごめん、おかあさんのお使いで土浦までいってたから」
停留所から走って来たのだろうか。彼女はそういいながら息をはずませていた。
「記者さんがてっちゃんが来てるって」
彼女は息を切らせながらそういった。
「またあいつか」
「うん、バス降りたら停留所にいて・・・」
片手を胸にあて呼吸を整えるとそういった。哲生はその姿を黙って見ていた。が、ま
「次来るときはいってよね」
哲生はその加奈を無言で見た。
「でね」
そいうと香奈は鞄を漁った。そこから刺繍が施された袋をとりだした。
「はい、これ・・・」
「お守り・・・」
それを見て哲生はつぶやくようにそう言った。その言葉を聞い香奈は無言でうなずき
「てっちゃん鹿島の神様って戦の神様って知ってる」
「あぁ」
そういうと哲生はそれを受け取った。鹿島の神様とは鹿島神宮に祭られている神の事である。ここの祀神は雷と戦を司っている言われている。いわゆる軍神というやつだ。その社はここから遠く離れた鹿島にあった。彼女はそれを受け取ったのはそこではない。そこの分院というのだろうか。鹿島神社というものが全国の至るところにあった。彼女はそこからそれを受け取ったようだ。
「てっちゃん、明日は訓練?」
「ああ」
「出撃はしないの?」
「奴らがこなければな」
哲生がいうやつらとは米軍の爆撃機のことだ。哲生はそういいながら香奈からもらったお守りをポケットにしまった。
「てっちゃん」
哲生はそう言った香奈を見た。その香奈の目は力強かった。
「死んじゃダメだからね」
香奈は哲生にそういった。その言葉は熱かった。そして重かった。
「てっちゃんは死んじゃダメだからね」
そして香奈はもう一度そういった。哲生はその返事をしなかった。いやできなかったのだ。今の哲生にはそれを約束することも断言することもできない理由があったのだ。
「じゃぁな」
その哲生はそういって歩きだした。
「てっちゃん」
香奈はその哲生を呼び止めようとした。
でも、哲生はその声に応じなかった。それは聞こえないふり。今の彼にできることはそれしかなかった。
香奈はその彼に死んじゃダメだからねと何度も哲生に向かってそう言った。




