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霞ヶ浦物語〜若鷲は蒼天に翔ぶ〜  作者: 筑波 十三号
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一九四三年 語らい

「秋絵さん言ってたよ」

「なんだって」

「たまには家にきなさいて」

それは二人の会話だった。二人は商店街に出た。それは彼と彼女が生まれ育った町だった。そしてその街は茨城県の阿見村というとこにあった。新町というらしい。これはそこでの二人の会話だった。

 その彼は詰襟を着ていた。その当時の学生はみなそういう学生服を着ていた。でも彼の制服はそれらとは違う。それは七つボタン。予科練の制服だ。それを着ている彼は言うまでもない。彼は土浦海軍航空隊の甲種予科練習生だ。名前は坂下哲生といった。

 彼は生まれも育ちもその土浦海軍航空隊がある阿見だった。幼いころからずっとこの村に住んでいた。そして彼の父は海軍の軍艦の機関員。そしてその妻でり母は今でもその阿見村に一人で住んでいる。

 哲生が霞ヶ浦だ好きだった。その彼はここの水面の広さも美しさも。そのにおいも好きだった。そこを渡る風も好きだった。でも彼がそこにあるもので一番好きだったのはそれじゃない。哲生が一番好きな物はそこの上の空にあった。彼は空も好きだったがそれでもなかった。 哲生は幼いころからこの町に住んでいた。そしてこの村の近くにもう一つ。となりの土浦町にも海軍の施設があった。


 霞ヶ浦海軍航空隊


 それは海軍が飛行機の搭乗員を育成するために設けた施設だった。それは哲生は生まれる以前からそこにあった。元々横須賀にあったようだ。今日もここで湖を眺めていた。

 今、哲生のそばいる少女は高村加奈。彼女は海軍指定食堂で旅館を営む『鳴門屋』の娘で彼の幼なじみだ。さっき息をはずませ彼を迎えにきたのは彼女だった。

 秋絵とは哲生の母親のことだ。彼女はとなりの土浦町から嫁いできた。彼女の夫。哲生の父も飛行機が好きだった。その彼はどうやら整備士になりたかったらしいく海軍に志願したらしい。が、どうも適性がなかったらしくそれにはなれなかった。現在は海軍の下士官として戦艦の機関員を務めている。そして哲生はその兵士の次男。長男も父親同様に志願して台湾で海軍兵をしている。

「どうした?」

「ん、なんでもない」

  香奈はその一角にある靴屋の前で足を止めたのだ。それはほんの少しだけだがショウウインドウの前で立ち止まったのだ。

 その街の商店街はもちろん彼と彼女が幼いころからあった。でもその当時とは町の様子は少し変わっていた。

「欲しいのか?」

哲生は彼女にそう問いかけた。

 でも香奈はそれに首を横に振った。

「いいのか」

「うん」

今度はそういって首を縦にふってそういった。

 香奈は質素な少女だった。少し化粧して小洒落た服でも着ればかなり様になっただろう。でも彼女はそういうことはしなかった。

哲生は以前から思っていた。哲生は予科練生だ。今は土浦海軍航空隊で勉強や武道、軍事、航空などを習ういわば学生だ。

 でもそれは今の話だ。彼はそこを卒業すればもう海軍兵だ。そしてここからはなれ初等訓練をうけなければならない。そうしなければ飛行機乗りになれないのだ。そうなれば今まで通り香奈には会えなくなるということを示していた。

 自分は海軍兵で飛行機乗り。だから危険が付きまとう。だから哲生は彼女の不安を少しでも減らすに何かが欲しい。彼女のそばにいつでもいておける何かが欲しかったのだ。

 この当時、もう戦争は始まっていた。となりの中華民国と戦闘状態だった。でも、物資は不足していなかったし生活も困窮していなかった。特にこの『海軍の町』といわれる阿見村はお客となる軍人であふれかえっていた。

「なんか欲しい物はないのか」

哲生は突然そういった。

 よういわれた香奈は驚いたのか一瞬不思議そうな顔をした。そしてこういった。

「どうしたの急に」

「いいからなんかないのか」

「ないよ」

「そうなのか」

「うん」

「本当にないのか」

「うん」

「本当にそうなのか」

哲生はしつこく問いただすと彼女はほんの少しの間だけ無言になりこういった。

「本がほしい」

「本・・・?」

香奈はそういった。

 そしてそれを聞いた哲生は少し驚いた。彼はもっと高価なものを欲しがると思っていたのだ。この村にも電車が走っていた。でも香奈はそれに乗ったことがない。彼女はこの村を出たことがないのだ。その香奈は本が好きだった。なのにこの町には本屋がない。だから彼女は学校の図書館でそれを読んでいた。

「うん」

「どんな本が欲しいんだ」

「わかんないよ。だっていっぱいあるんだもん」

 それは読みたい本がたくさんある。それがありすぎて何が欲しいのかわからないといっているのだ。哲生は彼女を幼いころから知っている。そして彼女が本が好きだということも知っていた。だから彼は彼女がどういう意味でそういったか理解していた。

「そうか、本が欲しいんだな」

彼はそう小さな声でつぶやいた。











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