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霞ヶ浦物語〜若鷲は蒼天に翔ぶ〜  作者: 筑波 十三号
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一九九五年冬  葬儀後

「里美さん」

哲生にそう呼ばれた女は食堂の席に腰かけていた。その彼女は彼の言葉に反応しなかった。その彼女はぼーと前を見つめて上の空といった感じだった。

 それは船島康介という男の葬儀の日の出来事だった。哲生はその彼の葬儀に参列するためここを訪れていた。

 もちろん彼の目の前にいる里美も参列した。彼女は本来、彼の妻になる女だった。彼女はその彼が好きだった。康介はこの店の常連だった。里美は少女だったときにその彼に恋をして憧れた。そして幸いに縁あって彼とお見合いし夫婦になるはずだった。彼はこの家に婿入り就職も地元の農協に決まっていた。何もかもが順風満帆のはずだった。

 でもそうならなかった。卒業目前にして大学を休学し彼は戦争が始まると陸軍に志願し飛行機乗りになってしまったのだ。それはすべて彼の独断で家族にも里美にも秘密にしていた。

 哲生はもう一度彼女を呼んだ。

「な、なんだい」

その彼女はそういって少し驚いた様子で彼を見た。

「里美さん、少尉の遺品はご実家のご両親へ届けました」

「そうかい・・・。それはご苦労だったね・・・」

 里美は康作と婚約していた。夫婦になるはずった。でも結婚していない。彼が大学を卒業してから籍を入れ式を挙げるはずだった。だから彼女はまだ彼の妻ではなかった。里美は彼の家族ではなかった。

 哲生はその彼女に少しでも多く遺品が届くように調布を尋ねたのだがそれは難しいことだった。それはなぜか。彼の家族が遺品の全てを望んだからだ。そういわれてしまってはさすがの哲生にもどうしようもなかった。

 里美はようやく力のない言葉でそういうのがやっとだった。

「里美さん・・・」

哲生は彼女にそう呼びかけた。だが、彼女はその言葉に耳をかそうとはしなかった。ただ、椅子にこしかけテーブルに肘をつきか軽く握った拳を頬にあてたた、ただ遠くをみつめるだけだった。

 哲生らがそんなことをしていると隣の部屋に倉町があらわれた。彼は何を言うでもなくそこかららじっと二人を眺めていた。

「覗とは趣味が悪かな」

「まぁ、そういうな」

哲生にそう言われた倉町はそう言いかえした。

 哲生はその彼に数歩歩み寄るとポケットから封筒を取り出しそれを記者の胸に突き付けるように差し出した。その記者はその封筒を見た。

「里美さんに渡しといてくれ」

哲生は倉町にそういった。

「遺品か」

「ああ、船島少尉が最後までもっていたそうだ」

 なんともそれは写真らしく康作が乗っていた飛行機を回収した兵士がそれを保管していたようだ。その写真は操縦席の足元に落ちていたそうだ。彼は最後にその写真を見たのだろうか。そこには指の形に血のがついていた。

「わかった。渡しておく」

記者がそういうと

「後よろしく頼む」

そういって哲生は店を出た。

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