一九四五年二月 空襲
「なんでおにいちゃんはわかってくれないんだろ」
朱里はそうつぶやいた。
彼女は霞ヶ浦の湖畔に腰かけ霞ヶ浦を望んでいた。彼女は高松屋からここまで歩いてここまで来たのだ。といってもそこからここまでそんなに遠くない。あって数キロ。だいたい二キロぐらいだろう。
そこバケツと竿をもった釣り人がいた。その釣り人は湖岸に腰かけ釣り糸を垂れていた。その釣り人は女性だったのだが彼女はその釣り人に会ったことがあった。それは昨日の鳴門屋。彼女はそこでその香奈と会っていた。
「あら」
そういったのは香奈だった。朱里は彼女に会釈を返した。
「で、どうでした」
そういいながら彼女は釣り糸の先を見つめていた。香奈は湖面に浮いた浮をみつめていたのだ。朱里はその香奈の言葉を理解でできなかった。
「おにいさんを説得しに来たんですよね」
そういわれた朱里はその言葉で何のことか理解し首を横に振って答えた。
「ぜんぜんです」
「そうですか」
彼女はそういうとそのまま釣りを続けた。そして朱里もしばらくその様子を見入っていた。
「あの・・・」
「なんですか」
「えっと」
「香奈です」
その二人の言葉の間に数秒あいた。朱里は高松屋の宿泊している。もちろん彼女は八恵に接客してもらている。だからといってその彼女の名前を知っているわけではない。香奈はその秒間に朱里の意を理解しそう答えた。
「香奈さんはいつもこんなことをしてるんですか」
「はい」
「釣り好きなんですか」
「ん〜。どうなんですかね」
朱里がもっている彼女の印象は優しくてお淑やかそうな女性だった。その彼女がとても釣りなどするようには見えなかった。
「好きじゃないんですか」
「そうですね」
「じゃぁ、なんでこんなことしてるんですか」
「釣りしないと私たち食べるものありませんから」
彼女はそういうと彼女は一度竿をあげそれにつけられた釣り針を確認した。そして一瞬表情が固まった。どうやら魚に餌だけ持っていかれたらしい。
「そうなんですか。でもあそこにはいっぱいあるじゃないですか」
「あ、あれは海軍さんの食べ物です」
「そうなんですか」
「はい、だからわたしたちは配給された物で足りなければこうやって釣りをするか畑で採れたものを食べるかしないとおなかが減っちゃいます」
彼女はそばに置いてあるバケツに手をいれその中をまさぐった。その中に何かまた入れ物があってそこから何かを取り出した。赤虫だろうか。それを魚の餌にするのだる。その赤い物を針の先にをつけ湖面に投げ入れた。
朱里はその香奈の一連の動作を注視した。利発でお淑やかで優しそうでそしてきれいなお姉さん。昨日、旅館で出会った彼女の香奈の印象だった。朱里には今の香奈からはその香奈の姿が想像できなかった。
そしてそのさな香奈の傍らにもう一本竿があることに気がついた。
「あのぉ」
「はい、どうしました」
「そこにもう一本・・」
「あぁ、竿ですね。だれもつかわないんだけどもってきちゃうんですよね」
香奈はそういった。
彼女はこの場所で数年前からこうやって釣り糸を垂れていた。そのとみはとなりに哲生がいた。そしてその彼も彼女の隣に腰をかけ八恵と同じように釣糸を垂れていた。香奈がその竿を持ってきてしまうのはその時の癖なのだろう。
香奈がそういうと朱里はそこにある釣竿を指をさしてこう言った。
「釣り・・・やってもいいですか」
香奈はその朱里を数秒見つめた。
「やったことないんですけどダメですか」
朱里はおそるおそるだが彼女にそういった。そういわれた香奈は優しくいいですよと答その竿を手渡した。
それを受け取った彼女はそのまま香奈のとなりに腰かけた。香奈は自分が持っていた竿を置き朱里が持っている竿の針を手に取った。そして自分の竿にやったよう針に餌をつける動作をした。
朱里はそのバケツの中をのぞいた。そこにはさっきの赤い虫意外に黒い虫やぶよぶよした虫が入っていた。
「これ、どうしたんですか」
「はい、ここでとりました」
朱里はおどろいた。彼女はそれを声にしなかったがちょっとだけだけどおどろいた。
朱里はあまり虫が好きではない。だから彼女はもさもさした黒いやつとか小さくて赤い虫もぶよぶよした虫も触る気になれなかった。でも、香奈はそうではななかった。朱里にはその香奈の姿も想像が出来なかった。彼女は赤くて小さい虫のようなものを針に刺すとその竿を手渡した。
「ぴゅっていっっちゃってください。ぴゅって」
香奈は竿をなげいれるマネを二、三度してそういった。朱里も同じように湖面に釣り針を投げ入れた。でも彼女の針はぴゅっといい音はしなかった。が、針が水面に突入するときちゃぽんといういい音がした。
「で、どうだったんですか」
「はいっ」
そういわれた朱里は疑問形で返事をした。
「今日もお兄さんを説得しにきたんですよね」
「はい」
「うまくいきましたか?」
「ぜんぜん」
朱里は香奈の言葉に何度か頭をふってそう答えた。そして八恵はそうですかとだけ答えたそして少しだけ。ほんの一瞬だけ。二人は無言になった。
「なんでわかてくれないんだろ・・・」
その沈黙を破ったのは朱里だった。彼女はつぶやくようにそういった。
「昨日も空襲があったんですよね」
「ありましたよ」
「海軍も出撃したんですか」
「紫電だったからそうかもしれませんね」
この当時海軍と陸軍の間で迎撃のための役割分担がされていた。陸軍が都市を、海軍は港や海軍基地を担当していた。阿見村には海軍の基地がある。当然、ここは海軍の担当だ。
「撃ち落とされたりはしなかったんですか」
「飛行機同士ぶつかったみたいなはなしは聞きましたよ」
「危ないですよね」
「まぁ空中戦ですからね」
香奈がそういうと朱里はこうつぶやくようにこう言った。
「香奈さんの家族の方は出兵してますか」
「いいえ」
「香奈さんは家族が戦争で殺される心配しなくていいですよね」
香奈は朱里の話を聞きながら竿をあげ餌を確認した。餌がなかったのか彼女は餌袋に手をいれ赤虫を取り出しそれを針につけまたそれを湖面に放り込んだ。
「朱里さんは筑波海軍航空隊って知ってますか」
「いいえ」
「ここから少し遠いところにあります」
「そこにだれかいるんですか」
朱里がそういうと警報が鳴った。それは空襲警報だった。それは激しい音だった。『天を切り裂く』という表現がある。この警報の音がまさにそれった。
朱里は空を見た。彼女はみたそれは真黒だった。そこにはクジラのように大きな飛行機が何機も飛んでいた。それは米軍の爆撃機だった。それを迎撃するために海軍の高射砲が真黒な弾丸を吐き出していた。このらの色はその弾丸の色。鉛色の弾丸が空を埋めつくしていたのだ。
「香奈さん避難しましょう」
朱里はそういいかけた。
彼女は品なんしようと彼女に呼びかけようとした。でもそうしなかった。いや、できなかったのだ。
香奈はその場に立ち上がり両手を胸の前で組み首をうなだれるようにさげていた。それは祈り。少なくとも朱里には彼女が何かを祈っているように見えた。
「ありゃ、筑波だな」
「えっ」
そこに記者が現れた。
そしてその彼は彼女らに避難を促すこともなく鞄の中から双眼鏡を取り出しそれを朱里に手渡した。
その朱里はそれをのぞいてみた。そこには米軍の戦闘機とそれを迎撃にするために出動した海軍の零戦や紫電が複数飛んでいるのが確認できた。
「筑波海軍航空隊。香奈の大事な人がいるところだ」
記者はそういった。
そういわれた朱里は避難せずずっと香奈を見つめていた。