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霞ヶ浦物語〜若鷲は蒼天に翔ぶ〜  作者: 筑波 十三号
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一九四五年二月 兄妹喧嘩

 それは翌週の日曜だった。当然、予科練の生徒が押し寄せてくる。そしてここで飯を食い土浦や阿見の町にくりだしていく。それはいつものこと。毎週のように訪れる光景だった。

 ここには面会に訪れた父兄が宿泊した。この鳴門屋は予科練がある土浦海軍航空隊の正門から地番近くにある旅館だった。

 海軍は昭和十八年に戦力増強のためか戦後復興の人材育成のためか多くの少年を募った。そして全国にいくつもの予科練が出来た。それまではここ土浦海軍航空隊だけ。この阿見には全国から予科練生が集まっていたのだ。

 だからその予科練に勉学には励む自分の子供の成長を確認しにかそれとも心配してか多くの両親が訪れた。遠くの町を朝に立ち夜遅くにこの町に到着する。そして朝に海軍に行き面会の手続きをし面会の順番待ちした。朝から幾人もの人が訪れたのだ。

 それ以外に予科練に内緒で家族を呼び寄せこういった鳴門屋のような海軍指定の食堂の二階などで面会する予科練生もいたようだ。

 そういった家族が土浦町や阿見村の旅館に宿泊した。もちろん鳴門屋にも予科練が訪れ面会客が宿泊した。特にこの鳴門屋は土浦海軍航空隊から近いため宿泊客が訪れた。ただ違うのは面会客が少女でその兄が軍人になることを反対されているということだ。

「あのぉ」

そういったのは倉町だった。

 彼は起床して朝食を前にした記者がそういった。

「なんだい」

そう答えたのは里美だった。

「なにかあったんですか」

「ああこれかい」

「兄妹けんかだよ」

そういったのは静だった。

 その会話をしている大人の前に少年と少女がテーブルをはさんで座っていた。少女は着物にもんぺ。髪を後ろで太くよじりロイドめがねをかけている。

 少年は詰襟の短いジャケットに錨に桜の七つボタン。襟にはウイングマークをつけた予科練生だった。少年は兄の太田一平。少女はその妹でここき宿泊中の太田朱里だった。

 兄妹は互いに背中を向け一目でけんかしているのがわかった

「まぁ、そうなんでしょうけど」

そういったのは倉町だった。

 「どうしてこうなったのかってききたいのかい」

そういったのは里美だ。

「どうもこうもないよ。太田くんがどこからか朱里ちゃんがここにいるって聞きつけてきて・・・」

「で、こうなったわけすか」

「あ、気にしないでお食事続けてください」

 気を使ってか朱里はそういった。そういわれた記者は目の前に立っている里美の顔を見た。

「食べづらいって」

里美はそういって倉町の無言の訴えに答えた。が、がまんおしっと非情な答えが返ってきた。

 昨日、ここ阿見でも空襲があった。霞ヶ浦の航空廠が狙われたようだった。その時そこの上であろう空は海軍航空隊の対空射撃の弾丸で真黒に染まっていた。この空襲では軍の施設を標的としたようだったが少なからずやその周辺にも被害が及んだらしい。空襲でそれに被害を与えるのは爆弾を投下した飛行機だけではない。応戦した見方の砲弾による被害もあるのだ。砲弾を発射したはいいが命中せず落下したそれが民家などの私財に損害を与えることが多々あった。静はこの店を訪れる客からそんな話を聞いていた。

 それは決してめずらしいはなしではなかった。日中戦争のとき陸軍は重慶空爆を行った。それを迎撃するために市街地に中華民国の国民党の蒋介石が設置した高射砲が迎撃した。このときも命中しなかった弾丸が落下し周辺に空爆ほどでなかったが周辺に被害をあたえた。

 昨日の空襲でもちろん海軍は飛行機でも応戦している。筑波と谷田部のそれぞれの航空隊から迎撃に出動した。その飛行機が米軍の戦闘機と交戦して一機、零戦が撃墜されていた。

 朱里はその様子を道中どこかで聞いてきたらしく朱里はどうしても兄を連れて帰ると言ってきかないのだとか。その朱里にしてみればこんな危険なところに兄を置いてはいけないと思ったのだろう。それから数十分このままらしかった。

 それからしばらくして突然音がした。厨房の前に集まっていた一同はその音がした方向をみた。そこには朱里が立っていた。その音は朱里が立ち上がった音だったのだ。

「すいません。少し出かけえきます」

彼女はそういって店の外に出て行ってしまったのだ。

「おばちゃん、ごめん」

そういったのは一平だった。

「いいよ。いいよ。気にすることはないよ」

静はそういった。

「あいつはわかってないんだよ」

「妹さん、いくつだい」

静はそういうとストーブの上に置いてあった薬缶のお湯を急須に注ぐとその中身をテーブルの上に置いてあった湯呑に注いだ。それを見た一平は軽く頭を下げた。

「十四だよ」

「それじゃまだわかあないかもね」

一平はお茶をすするとおばちゃんといって静を呼んだ。

「なんだい」

静はそういって優しく応えた。

「おれ、鹿島にいくよ」

鹿島海軍航空隊。それは一平がいった海軍の基地の名称である。鹿島という文字がついているが実際にあるのは鹿島ではない。今現在の地名でいうなら潮来市あった。鹿島とは湖を挟んだ対岸にあった。

 その一平は水偵乗りになるといった。彼がいている水偵とは水上偵察機の略称だ。海軍では下駄つきなどともいい水上から発着する偵察機だ。そしてその飛行機で日本の領海や作戦予定地など哨戒飛行するのだ。とはいえその水偵も安全ではない。そのさなか連合軍の、アメリカやオーストラリアなどの飛行機に発見され襲撃をうけることは度々あった。そもそも飛行機という乗り物が危険だった。この当時のそれは故障が多くそれが原因で墜落することも多々あった。 

「それなら朱里も納得してくれるでしょ」

「そうだといいけどね」

 それは海軍の飛行機乗りという夢をあきらめるとこはできなかった一平の妹への最大限の譲歩だった。もちろん相槌を打った静もそのことを知っていた。

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