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霞ヶ浦物語〜若鷲は蒼天に翔ぶ〜  作者: 筑波 十三号
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一九四五年二月 お百度参り

倉町は夜中に目を覚ました。時間は何時だろうか。いつもはそういうことはないのだがどういうわか妙に喉が乾いて目が覚めたのだ。倉町は彼が下宿している部屋は納屋の奥にあった。その納屋のそばに井戸があった。彼は近くにあった近くにあった防寒着。半纏を羽織るとその渇きを癒すために部屋のある納屋から出た。   

 時間は真夜中だ。記者の見える範囲は真っ暗だった。いや、そのはずだった。が、そうではなかった。遠くに小さな明かりが見えた。この当時には携帯用の電灯が存在し普及していた。記者はその明かりだと思った。いつもならそれ以上何かをすることはなかった。でも今回はそうではなかった。どういうわだか記者はそれが気になったのだ。記者はその明かりを追った。

 記者はその明かりが向かったであろう方向に向かった。どうやらその明かりは青宿の鹿島神社に向かっているようだった。その境内には拝殿意外に防空壕があった。

 アメリカはサイパンを陥落させるとそこを拠点に日本に空爆を開始した。通常、空爆というものは軍事拠点を中心に行うものだ。確かに交通網分断のため橋梁や鉄道、テレビやラジオ局などの放送局を攻撃することはある。が、原則的に民間施設や住宅を攻撃することはない。非戦闘員に危害を加えるなど言語道断。一九八六年に制定されたジュネーブ条約にもそう定められている。当時、日本もアメリカも国連に加入してはいなかったがそういった国もその対象だった。

 確かそのはずだった。が、でもアメリカはそうではなかった。米国は大型の爆撃機でそれも日本の戦闘機が届かない高度から無差別爆撃を行ったのだ。船島康作が所属する震天制空隊はそれにたいする苦肉の策だった。 

 記者はそこへ向かう道すがらそんなことを考えた。それはやはり鳴門屋の宿泊客のせだろうか。彼女は東京から遥々予科練生である兄を訪ねてきたのだ。予科練を卒業しても出世は少尉どまり。いったとしても中尉がいいところだろう。確かに哲生のように甲種予科練なら出世は士官並にはなやかった。通常は海軍兵学校に進学しそこを卒業後に海軍大学に進学する方が多かった。

 幸い阿見村も土浦町もまだ空爆されていなかった。が、大都市部は毎日のように空爆されていた。東京はもちろん、阿見からはるか遠い大阪や名古屋、神戸、福岡などもそうだった。もしかしたらこうしている今もどこかの都市が空襲されているかもしれないのだ。

「うぅ、寒い」

それは独り言だ。倉町は歩きながら背中を丸め冷たく冷えた両手に息を吹きかけ手を合わせこすり合わせた。そんなことをしていると暗闇の中から音が聞こえた。それは何かが砂利を踏みしめる音がした。倉町は物陰に隠れるとそっとその方向を覗き見た。

 そこには女性の姿があった。倉町はその女性の顔をまじまじと見た。確かにその女性は美形だったがそれ以上に彼女の顔は倉町の興味を引いた。その女性は記者がよく知っている女性だったのだ。それは高岡香奈。倉町が下宿する鳴門屋の看板娘だ。

 その彼女は神社の入り口にある石柱までくると石を拾うと境内に向かう階段を素足で登り降りてきてはまた石柱のまでくると石を拾いまた階段を登っていく。香奈はこれをなんども繰り返した。

 それはお百度参り。世間ではお百度と呼ぶことも多かった。このお百度参りの方法は自社の入り口から拝殿、や本堂に参拝し入り口に戻る。これを百回繰り返す。世間ではこれを「お百度を踏む」といった。回数を間違えないように小石やこより、竹串など本殿や拝殿に一つづつおいたりするなどして数えた多ようだ。八恵はおそらく小石を拝殿に置いて数えているのだろう。

 おそらく彼女は哲生の安全を祈願してお百度を踏んでいるのだろう。哲生は防空実施部隊に所属している。硫黄島が米国の手に渡ると戦闘機がそれに同行するようになり震天制空隊の無抵抗機は全くの無力になってしまった。それだけではないその飛行機は無抵抗な人々を殺害した。それは軍隊で働く兵士だけではない。そこに出入りする女子挺身隊といわれる少女たちや非戦闘員であるはずの子供や老人。日本いる人々すべてがその対象になっていた。

 鬼畜米英

 この当時そんな言葉が巷を闊歩した。それは政府が国民に流布したらかではない。飛行機に乗って無差別殺戮をおこなうのだからそう呼ばれるのは当然の事だろう。

 哲生は零戦にのってその鬼畜と戦っている。防空実施部隊といっても元々は若い兵士に飛行機の操縦を教えている教官や教員だ。中には実践経験がある教員もいた。哲生も短い期間だがそれを経験をしている。彼は現在まで二機撃墜している。が、教員のすべてがそうではない。十分な経験がないまま戦闘に駆り出されるのだ。

哲生は経験がある。だからといって撃墜されないとは限らない。戦死しない保証はないのだ。香奈だって本当なら哲生にそんな危険なことをしてほしくない。辞めてほしいと思っている。でも、言えない。

彼は飛行機が好きで海軍の飛行機乗りになった。それ以外の理由もあったが八恵はそれを知らない。その哲生は今は帝国海軍の上飛曹だ。飛行機が好きなだけの青年ではない。彼は天皇の命で大日本帝国を守る義務を負ってるのだ。彼は帝国海軍の飛行機乗りとして国を守らなければならない。香奈はそのことをよく理解していた。だから彼女の口からその言葉が出ることはなかった。だからだろう。それを口にする代わりにお百度を踏むのだろう。

『誰かお百度って誰かに見られると効果なくなるんだよな』

記者はそのことを思い出し香奈に気づかれないようにそっとその場を離れることにした。彼は何度か後ろを振り返ると音もたてないようにそっとそこから立ち去った。

 

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