一九四五年二月 面会人
それある日曜の出来事だった。昼時を少し過ぎ店には身なりのいい紳士が一人いるだった。その男は年齢は三十代前半。身なりはよく白いシャツにサスペンダーにネクタイ。空いている椅子に上着を掛けそこに鞄を置いていた。その男はカレーライスをながしこむように掻き込んでた。
「あんたはこれ」
その声は里美だった。彼女はそういうとその彼をみていた記者の前に一本のふかしたさつまいもと数枚の漬物がのった盆を置いた。記者はそれ見た彼はその紳士を再び見た。
「あの人はいいの」
そんな話をしているとその紳士の声が聞こえた。
「お代ここに置いていきますよ」
そういうと先生は里美のいつもありがとうございますという声を背中で聞いて店から出ていった。
「あ人は先生なのさ」
里美はそういうとテーブルに近づくとそこに置かれた紙幣を回収した。彼女はそれを前掛けのポケットに収めると記者のいるテーブルのそのそばにもどると彼の斜め前の椅子をひきそこに腰かけた。
「知ってますよ。文官教官ですよね」
倉町はその里美そういった。
予科練でいわば海軍の学校である。そこでは教官を准士官、兵曹長以上。教員は下士官が務めていた。その予科練の中には文官教官と呼ばれる軍人ではない教師が存在した。通信やカッター、軍事、武道などそれらは軍人が担当し国語や算数、英語などは普通学と呼ばれるそれは彼らが担当した。
「いらっしゃい」
そんな話をしていると来客があった。里美が振り返り元気よく出迎えるとそこには少女が立っていた。どうやら来客があったようだ。この日は平日。金曜だった。時間も昼時を過ぎていた。だから香奈は来客はないと高を括っていた。香奈はあわててその手紙を席を立ちながらそれを前掛けのポケットに押し込んだ。
その来客は年齢は今でいうと十四、五ぐらい。いまでいう中学生ぐらいだ。この時代なら高等小学生ぐらいだろう。もしかしたら少し大人びて見えるだけでもう少し幼いかも知らない。服装は白いシャツにもんぺ。髪を後ろで太くよじりロイドめがね、肩掛け鞄をかけていた。.
「あの宿泊だいじょうぶですか?」
彼女はそういった。現在の時刻はもう昼時もおやつ時もすぎ夕方になっていた。
「できるけど」
そいったのは静だった。彼女は店の奥で夫と一緒になにか作業をしていたが来客があったからそこから出てきたのだ。
「あのお金があまりないんですけど・・・」
「今いくらあるんだい」
静がそういと彼女は鞄から財布を取り出し掌に小銭を並べた。
「これだけかい」
「はい」
「それにしてもお嬢ちゃん見ない顔だね」
静はその少女にそう尋ねた。
「はい、東京から来ました」
「ご両親は?」
「はい、日立です」
「そこから一人できたのかい」
そういって彼女の言葉に驚いた。日立は阿見と同じ茨城にあった。といってもこの時代の鉄道は蒸気機関だ。いわゆる汽車といわれるやつだ。それは現在の鉄道に比べたら速度も遅かった。今より移動に時間がかかったのだ。
「はい、兄に会いに来たんです」
「お兄さんはこの辺にいるのかい」
「はい」
「もしかして予科練かい?」
「はい、乙種です」
「そうかい。お嬢ちゃん名前は」
静はそう訪ねた。彼女は予科練おばちゃんと呼ばれている。彼女はそれぐらい彼女は彼らに慕われている。彼女が知らない予科練生はいない。それは言い過ぎかもしれないがそれだけ知っていた。
「え?」
「名前だよ。名前」
「太田朱里ですけど・・」
「あんた、乙種の太田くんの妹さんかい」
「兄をご存じなんですか」
静の言葉を聞いた朱里の表情が急に明るくなった。
「知ってるものにも予科練生はみんなあたしの子供みたいなもんだよ」
「そうなんですか」
「で、今日は面会かい」
当時、予科練生は外出先ではこの高松屋のような海軍指定食堂でしか食事ができなかった。その彼らは海軍に内緒でこの指定食堂に家族などを呼び寄せここで面会することが多かった。が、彼女はどうやら予科練で面会をしてきたようだった。
「はい、兄に戻ってくるようにって」
「ご両親がいったのかい?」
「いいえ」
「じゃぁご両親になにかあったのかい」
「いいえ」
「じゃぁなんで」
「兄にそんな危険なことやめさせるためです」
その言葉を聞いた一同は驚いた。それは意外だった。当時、予科練は憧れだった。都会の子供たちは先にあったように兵学校から海大に進むケースが多かったがそれでも予科練は特別だったのだ。
「この前お父さんと東京に行ったとき大きい飛行機が何機も来ていっぱい爆弾を落としてっいったんですけど陸軍の飛行機が来て・・・」
その当時、東京の大都市も毎日のようにアメリカの爆撃機が大量の焼夷弾を投下し攻撃機がそれから逃れるために逃げ惑う人々を機銃で狙い撃った。それを阻止するために陸軍や海軍の飛行機が迎え撃った。もちろんそれを撃墜することもあったが墜落させられることも多々あった。
「撃墜されたのかい」
静は彼女がそれを言う前にそういった。朱里はそれに首を縦に振って答えそしてこういった。
「こんなことしたらおにいちゃんも死んじゃう」
「それで辞めさせに来たわけかい」
そういったのは里美だった。
彼女はそいうとお膳を朱里の前においた。そこには握り飯と味噌汁、それと魚の塩焼が置いてあった。当時にしたらご馳走だった。
「お食べ」
静はその少女にそういった。
朱里はそれをみて驚いた。当時、麦飯は貴重だった。東京では麦飯の鮨をだした店に行列が出来たぐらいだ。
「え、でも・・・」
「少し早いけど晩御飯だよ」
「・・・」
その少女はそれを見て戸惑った。自分にこの代金が払えるかそんな心配をしたようだった。
「お代は心配しなくていいよ」
そういったのは静だ
「えっ」
「それと、あんた、今日は遠くから来たんだろ」
「あ、はい」
「お代はいいから泊まってきな」
「え、でも・・・」
「大丈夫、部屋ならいくらでもあいてるんでね」
そしてそんなことをいってると厨房から夫の芳郎が顔を出した。その夫はそ静の言葉に無言でうなずいた。
それを見た朱里は深々と頭を下げた。