一九四四年 アルバイト
「里美さん、アルバイトしませんか」
記者はそういった。
「アルバイト?」
里美はそういって首を傾げた。
「ドイツ語でお仕事の事です」
彼は里美とそんな会話を交した。里美はその彼の言葉に疑問詞が満載だった。
「変なことさせないから大丈夫です」
倉町そういって彼女を店から連れ出した。もちろん静の了解済みである。
ここ、阿見村に写真館あった。そこも鳴門屋同様に海軍の指定を受けていた。予科練生はここで家族や友人へ送る写真を撮影した。倉町は里美を連れてここを訪れたのだ。
彼が鳴門屋を初めて訪れたのは去年のことだった。確かその時期は哲生がもうすぐ予科練を卒業直前だった。その彼は海軍の飛行機乗りになるための訓練を受けるため他の航空隊で訓練を受け現在は零戦の搭乗員になっている。
それから今まで里美とこうしてでかけたことはなかった。よく考えてみれば鳴門屋の人らと一緒に出かけたことがあるのは香奈だけだった。それも彼女に釣竿とバケツを持たされ霞ヶ浦に釣り糸を垂れただけだった。
倉町はいつも里美と一緒だった。意識をしたことはなかったが高松屋にいるときは必ずと言っていいほどそばに里美がいるような気がする。
倉町は特に里美を意識したとはなかった。確かに彼女は美形だった。どこかのデパートのポスターのモデルになっても問題はない。おそらく記者の予測ではあるがその誘いはあったと思う。でも里美はそれをやらないだろう。彼女は人前にでるのが苦手だった。彼女はきがやや強く少々勝気だった。が、里美は目立つことが嫌いだった。
思えば彼は里美の事で知らない事が多い。つい昨日まで彼女が酒に弱いということは知らなかった。里美は酒が好きだった。ビールでも焼酎でも日本酒でも好んで飲んだ。だから里美は酒が強いと思い込んでいた。
その他にも街に出てから知ったことはいくつもあった。記者は鳴門屋では姉御肌の里美しか見たことがなかった。それはその店にくるお客の大半が未成年の予科練生だ。ときどきふんぞり返った海軍士官もやってくるがどうもそういう男が好かないらしく軽くあしらっていた。
でもここでは違った。写真館までの道中の彼女は花が好きだったし幼い子供が好きだった。そこには少しだけ少女の面影を残す里美がいた。そして以外に恥ずかしがり屋だった。
「アルバイトって」
里美はここにはいるやいなや辺りをきょろきょろと見回してそういった。阿見村に写真館あった。そこも高松屋同様に海軍の指定を受けていた。予科練生はここで家族や友人へ送る写真を撮影した。記者も里美を連れてそこを訪れた。
「モデルです」
記者はそういって彼女の後ろにまわり里美の上着を脱がせた。
「モデル・・・」
「はい、帝国グラフで海軍指定のお店を特集しようかと思って」
「それに載せるの・・・」
「はい。まだ企画は通ってませんが」
「それならあたしじゃなくてもいいじゃない」
里美は少し恥ずかしそうにそう言った。それを聞いた記者は里美さんは美人ですからとそういって返した。そしてそこの店主に趣旨を説明し撮影を頼んだ。
そこの主は白髪でメガネをかけ国民服を着ていた。その主に促され里美はカメラの前に立たされた。それから数分間、写真館の主は苦戦した。
「いきますよ」
彼がそういってシャッターを押そうとするとちょっとまってといって止めるのだ。それを数回繰り返した。
「少し休憩しましょうか」
それを見かねた記者は里美に提案する。その里美はそれに応じなかった。
「んん、いい」
そういって彼の申し出を断ったのだ。
「じゃあいいんですね」
主がそういうと里美はまた軽く首を縦にふった。主はそれを確認すると少し声をはりいきますよといってシャッターを押した。