一九四三年 見送り
哲生はバスを待っていた。この当時、ここには鉄道が走っていた。路面電車だ。当初は土浦駅から荒川沖駅へ至る計画だった、が、予算の都合でこの阿見まで建設された。が、それも過去の話だ。一九三八年には全面廃止され今はバスだけが運行されていた。
ここには他の予科練生もいた。哲生以外にも筑波で教育を受ける。ここまで土浦海軍航空隊の職員の引率できた。職員というのだから軍人じゃない。文民教官だ。これは予科練ならではの制度で軍人ではない文民が一般学。国語や数学、英語の授業を受け持っていた。
そこに香奈がやってくる。
「てっちゃん」
息を切らせ走ってくる。
「もう、先にいってよ」
哲生、無言で香奈を見つめる。
「本、記者さんからもらったよ」
彼女は霞ヶ浦の湖畔にいた。いつも哲生はその場所にい来る。だから先にってそこで彼を待っていたのだ。もちろんいつもの釣竿持参していた。
「大事ににするからね」
「大したものじゃないけどな」
照れかくしか哲生はそういった。が、実はこの本を見つけ出すのに彼は土浦市内えお本葬した。当時は物不足だ。だから本、希望の本を手に入れる事は容易ではなかった。
二人がそんな会話をしていると後ろから声がした。それはここまで引率してきた兵士の声だった。その兵士がいうにはなんとももうすぐ電車がでるらしいのだ。
といっても実際会話したのはそこまでだった。お互い見つめあうだけでそれ以外の言葉をかわしていない。というよりは交すことが出来なかった。お互い話したいことがあったはずなのにいざとなったら出てこないのだ。
「今行きます」
彼はその教師にそういうとまた香奈を見た。そしてまた彼女を見つめた。ようやく決心がついたののか。
「もう行くからな」
香奈にそう告げた。その彼女は無言でそれにうなずいた。
哲生はその電車に乗り込むとその窓から彼女の姿を見送った。それを見送る香奈もその電車に向かって手を振った。哲生は彼女の姿が見えなくなるまで、香奈はその電車が見えなくなるまで見送った。
[なんか食いにいくか」
その香奈の背後からそんな声がした。彼女が振り返るとそこに記者がいた。そして彼女はその彼を見たとき一瞬力が抜けた。いや抜けそうになった。ちょっとだけ涙がでそうになった。釣竿とバケツをもった記者の姿がどこか滑稽にみえた。でも香奈は気丈だった。
「こんな朝早くお店ないてないですよ」
彼女は記者にそう言った。