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3 働く従業員たち②

「稲葉の兄、今日も来たのね。最近毎日顔を見るから覚えちゃったじゃない。」

 俺のところにわざわざ来て言うことがそれか。そういえば、今日はせりかが席に案内してくれたな。ちょっと珍しい。いつもは率先して稲葉が来てくれるのだが、いないみたいだ。

「べっ……別に、あんたの顔が毎日見れて嬉しいだとか、全然思ってないんだからねっ!」

「俺に会えて嬉しいのか?」

「嬉しくないって言ってるじゃない!!分からず屋!!」

 俺は少し苦笑する。俺に自分の役割で接してくれるのは、今では多分せりかだけかもしれない。元々、そういう性格なのかもしれないが。彼女の普段の働きもこんな感じだ。


「おにいちゃんおかえり。あそこの3番のテーブルが空いてるからそこ座って。」

 お客さんに空いてる席を教えて自分で座ってもらう。忙しい時は、「空いてるとこ見つけて座ってて。」と言って、人任せにしている事があるそうだ。

「はいこれ。メニュー。こっから早く決めてよね。私、そんなに待てないから。」

 立ったまま、腕組みをして待っている。右のつま先で床を叩く音がさらにお客さんを急かす。気の毒だものすごく。でも、この子のいいところはちゃんと決めるまで待ってくれるところだ。

 ようやくお客さんがメニューを決めて、注文を聞いたせりかが「ちょっと待ってて。」と一言言って、カウンターに行く。

 数分後、カウンターから料理を持ってせりかが出てきた。お客さんのもとへと届ける。

「おにいちゃんが頼んだものよ!ありがたく受け取りなさい!!」

 そして、少し乱暴に料理の乗ったトレーをテーブルの上に置く。お客さんは少し驚いた表情をしている。

「何?そんな顔して。冷めない内に早く食べなさいよ。残したら許さないから。」

 せりかはお客の隣に腰かけて、お客さんが食べる姿を見る。この状況は、俺じゃ耐えられない……かも。

しばらく食べ進めるとせりかがこんなことを言う。

「ねえ。それ、一口頂戴よ。」

「ど、どうしてですか……?」

 心の中で相当ビビっているのか、目を見開いてお客さんが尋ねる。

「私が作ったのよ。食べる権利はあるわよね?だから頂戴って言ってるのよ。」

「そうですね……えっと……」

 お客さんは、辺りを見回す。多分、箸かフォークを探しているのだろう。人に食べ物をあげるのに自分のは使えないと思ったから。しかし、そのテーブルの上にはそれらのものは無かったようで、

「えっと、新しい箸を使わないといけないと思うのですが……」

「何言ってるの?ここにあるじゃない。それでいいわよ。新しい箸を持ってくるなんてめんどくさいから嫌よ。」

 素直に「おにいちゃんの箸で食べたい。」と言えばいいのに、と思う。なんでそんな遠巻きな言い方をしなければいけないんだ。お客さんだっておどおどしてるのが傍から見てもわかるぞ。

「ほら、早くして!」

 せりかが強い口調で言い放つとお客さんに口を向けて待つ。いわゆる、「あ~ん」のポーズ。お客さんは意を決して、自分がさっきまで使っていた箸で料理を一口取ってせりかの口へと運ぶ。

「ん……なかなか、美味しいわね……。」

 少し口角をあげて料理を食べて小声で感想を漏らす。彼女が笑ってる顔は俺も少し可愛いなと思っている。お客さんもそう思っているに違いない。

「おいしかったですか?」

 微笑んでせりかに質問するお客さん。するとその声にドッキリしたのか、

「べっ……別に、おにいちゃんが食べさせてくれたからこの料理がいつもより美味しく感じるだなんて、思ってないんだからね!勘違いしないで!!」

 捲し立てるようにしてせりかはお客さんから顔を背ける。きっと今顔が赤くなってるだろうなぁ。

「そ、それより、早く全部食べなさいよ!冷めちゃうじゃない。」

「わ、わかったよ。」

 お客さんを困らせてしまっているじゃないか。とても気の毒だ。お客さんは料理を急いで食べる。その途中でむせてしまった時に、せりかがそっと水を差しだしてまたそっぽを向く。それからも、ちらちらとお客さんの方を向いてはまめに世話をしていた。

「おにいちゃんがどんくさいのが悪いんだからね!」

 口ではそう言うものの気遣いはきちんとしている。まんざらでもなさそうだ。


「せりかちゃん、一緒に写真撮ってくれないかな?」

 食事の片づけをしているせりかにお客さんは問う。せりかは手を止めお客さんと目を合わせる。

「何言ってるの?おにいちゃんとなんかするわけないじゃない!」

「お願い!どうしても記念に1枚持っておきたいんだ。」

 手を合わせ必死にお願いするお客さん。しかし、せりかは怪訝な顔をし続けていた。ついには、そっぽを向き続けたまま皿を持ってキッチンへと戻って行ってしまう。お客さんはこの世の終わりが訪れたのかというほどにひどく落ち込んでしまっていた。目には涙を浮かべて。俺はキッチンから出てきたせりかを捕まえて問い詰める。

「せりかが担当しているお客さんが気の毒すぎるんだけど。」

「だって、私が初対面の人と写真を撮るなんてことできるわけないでしょ!しかもツーショット!」

「サービスの一環でそれもできるって広告とかに書いてあるんだからやらないといけないんじゃ……。」

「本人が了承しないとそういうのもダメ!」

「……恥ずかしいだけだろ。」

 と俺は小声で言うと、せりかが顔を真っ赤にする。そして足早にお客さんの元に行く。

「お、おにいちゃん!そそ、そ、その、写真撮ってあげるわよ。い、い、いい一緒に撮れば、いいんでしょ!」

「で、でもせりかちゃん無理しなくてもいいよ。無茶なお願いだとは思っていたかr……」

「いいから!!カメラ貸して!!」

 せりかは強引にお客さんから持っていたカメラを取り上げて、隣に座る。そして、カメラを上に掲げてレンズの方を自分たちの方に向ける。自分とお客さんが入るように位置を調節するがうまく入らないらしくせりかがぐいっと自分の方へ寄せる。

「もうちょっと、寄りなさいよ。写らなくなるわよ。」

 自分から頼んだこととはいえ、お客さんはそれはもうたじたじだった。先ほど少し泣いていたようなのでせりかより顔を真っ赤にしている。せりかがシャッターを切るとフラッシュが焚かれ、カシャっという音が鳴る。

「はい、出来たわよ!多分、きれいに撮れてるはずだから、か、感謝しなさいよね!!」

 カメラをお客さんへ返し、席を立つ。

「ありがとう。」

 お客さんは大事にそのカメラをカバンの中にしまった。それがなぜか切なそうに見えたせりかはもう一度お客さんの隣に座る。

「ここに帰って来れば……いつでも会えるわよ。だから……そんな顔しないでよ。」

「えっ。」

 神妙な面持ちで小さく言ったせりかの言葉にお客さんが驚く。

「で、でも勘違いしないでよね!私だってプライベートがあるんだからいない時だってあるわよ。その時に裏切ったとか思わないでよね!!いい?!」

「うん、大丈夫だよ。それじゃ、また来る。せりかちゃんに会いに。」

 柄にもないことを言ったと思ったのか、せりかはツンツン全開で捲し立てると、お客さんも少し安心したような感じで席を立つ。そしてお会計を済ませて、見送る。とにかくお客さんが喜んでいたようでよかったと思う。


「疲れた~。稲葉の兄、仕事変わりなさいよ。」

「流石に無理だと思う。せりかのポジションはせりかにしか出来ないだろ。」

「そんなことないわ!出来るわよあんたにだって!!」

 いや、無理だろ。せりかのツンデレはやっぱりせりかにしか出来ない。仕事ぶりを見ていてそう思う。どの場面を見ても本当にせりかは素直じゃない。でもそういうところがいいのだと思う。だけど、今日は小さくこう言う。

「……ほ、褒めてくれて……ありが、とう……。」

 ちょっとだけだが、素直に感謝するせりか。このちょっとの成長がとても大きな一歩に繋がるといいと俺はせりかの頭を撫でながら思った。

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