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2 働く従業員たち①

 さて、俺にはツンツンしかして来なくなった彼らの、普段の働きっぷりはどんなものなのかを1人ずつ紹介していこう。

 今回は、俺の弟「いなば」の場合。


「い、いらっしゃい……じゃなかった。お帰りなさい、おにいちゃん。」

 もじもじしながらお客さんの前に登場し、歯切れの悪いぎこちない雰囲気で席へと案内する。メニュ渡すときは、客の顔を見ずにこう言う。

「えっと、おにいちゃんのために一生懸命作るから、決まったら教えてね。」

 恥ずかしいといった感じで顔を赤らめて、やっとの思いでセリフを言い終わると、そそくさと従業員ルームに戻る……らしいのだが、俺がいるときは俺のところに来る。

「お、おにぃ!ぼく頑張った!!頑張ってるよね!!」

「うん。稲葉は頑張ってると思うから、キッチンの手伝いとかして来い。……そうこうしてるうちにお呼びだぞ。」

 さっきいなばが案内したお客さんのコールが鳴る。ここのコールは担当従業員直通だ。この場合、いなばにしかこのコールは聞こえない。

「よし!行ってくるね、おにぃ。」

 メモ用紙をポケットから取り出して注文に向かう。

「き、決まった?おにいちゃん。」

「えっと、デリシャスサラダとホットコーヒーをお願い。」

「コーヒーは……えっと、ミルクとお砂糖どうする?」

「たっぷりで。」

「わかった。じゃあ、待ってて!!」

 走ってキッチンへ向かう。……本来はそうらしいが、また俺のところに寄る。最近俺の案内される場所がキッチンとフロアを結ぶカウンターのすぐそばになっているのは、もしかしてこのためなのか?

「サラダとコーヒーだって!!」

「逐一報告しなくていいよ!早く注文言いに行って!」

 ぶすーっとした態度で俺のそばを離れると注文を言いに行く。俺ははぁとため息をつくが、同時に、ちょっと怒りすぎたかと反省する。

 そして、注文の品がいなばの持つお盆に乗せられてカウンターから出てきた。少しぐらついているように見えるが、多分大丈夫だろう。……多分。

「お、お待たせ。デリシャスサラダとコーヒーだよ。」

 そう言いながら、テーブルに品物を乗せていく。サラダはドレッシングが別にしてある。コーヒーもミルクと砂糖は別だった。

 ここからが、従業員の腕の見せどころだ。いなばは恥ずかしがりながらお客さんに言う。

「えっと、ミルクと砂糖はたっぷり……なんだよね。ぼくがおにいちゃんのために入れてあげるね。止めて欲しいときはストップって言って。」

 ミルクの入った入れ物からミルクをコーヒーに注いで、お客さんのストップの合図で止める。砂糖も同様に。その後、コーヒーカップのそばに置かれていたマドラーでかき混ぜ始める。呪文のようなものも唱えている。

「くるくるくるくる……。おにいちゃんのためにおいしくなあれ~。」

 ニコニコしながらかき混ぜる。正直、俺はそれをやられたことがない。なので、お客さんがうらやましい。

 かき混ぜ終えると、今度はフーフーと息を吹きかけてコーヒーを冷まそうとする。

「おにいちゃんが火傷しないように冷ましているんだよ。」

 そして、お客さんの口元にそのカップを近づけてそっと飲ませる。

「はい。おにいちゃん!お味はどう?」

 営業スマイルだと知りつつもお客さんは、その健気ないなばの仕草に釘付けのようだった。

「お、美味しいです。」

「ほ、ほんと!よかった~。ねぇ、ぼくにもおにいちゃんのコーヒーちょうだい。いいでしょ?」

 上目遣いでお客さんを見るいなばの姿は愛玩動物そのものだ。お客さんも躊躇しているようだが、結果的に、自分のコーヒーのカップをいなばに渡す。でも、普通にカップを渡されたことが不満だったらしく、

「飲ませてよ~。ぼくがしたみたいに。」

 お客さんに懇願するが、さすがに出来なかったらしく、ごめんと一言謝った。いなばは仕方ないといった雰囲気で次はサラダをよそってあげる。

「おにいちゃん、ドレッシングは何かける?……おすすめはね~、これかな。」

 オニオンドレッシングと書かれているボトルを手に取ると、笑顔でアピールする。お客さんも照れながらそれにしようと決める。

「ぼく、好きなんだ~これ。すごくさっぱりしてて……」

 稲葉がオニオンドレッシングが好きなのは、本当の話だ。実家でサラダが夕食に出た時には必ずこれをかける。しかも、ドバっと。だから、稲葉が使うドレッシングの減りは早い。ちなみに俺はシーザードレッシング派だ。

 話に花を咲かせている間に、オニオンドレッシングという液体の海にサラダがどんどん浸かっていく。

「あ、あの、もうそろそろかけるの止めて欲しいんだけど。」

「……ご、ごめんね!気が付かなかった。」

 一瞬の沈黙の後、いなばがそのサラダを見て慌てる。後で聞いたら、もう少しで溢れるところだったらしい。

「夢中になってて……その、気が付かなくて、ごめんね。」

 必死に謝るいなば。お客さんは平気だと言って慰めてくれたようだが、相当落ち込んだようだ。

 その後、10分くらいお客さんと話をして、もう店を出ようと思ったお客さんが席を立とうとする。すると、いなばはお客さんの袖を引っ張る。

「もう行っちゃうの?おにいちゃんともっとお話ししたかったのに……」

「ごめんね。行かなくちゃいけないところがあるから……」

 このお客さんなかなか芝居上手だ。設定にうまく乗っかってきた。……とか感心している場合か、俺!

「そう、なんだ。ごめんね、引き止めちゃって……」

 悲しそうに俯き、袖から手を放す。お客さんは、伝票を持ってレジに向かい会計を済ませる。

 お客さんを見送ろうと、入り口付近にいたいなばはお客さんに最後の挨拶。

「おにいちゃん。また、ぼくに会いに帰ってきてくれる?」

「うん。また来るよ。その時はよろしくね。」

 いなばの顔がパッと明るくなる。

「うん!行ってらっしゃい、おにいちゃん!」

 こうして、自分のお客さんがいなくなった後、すぐさまテーブルの片づけをして食器を片づけて最初に戻る。しかしお客さんが来ないと自然に、

「おにぃ、疲れた~。眠たいよ~。」

「我慢しろ、稲葉。お前の客はいないだろうが、他の客は来てるだろ。」

「いいじゃん。ちょっとくらい愚痴とか聞いてよ!!」

「それで疲れが吹っ飛ぶのか?ならすればいいと思うが……」

「やった!あのね、昨日のお昼頃のことなんだけどね……」

 俺のいる場合、稲葉は食器を片付けた後にこうやって俺と話をするのが行程の中に入っているらしい。稲葉の話を聞いているのは楽しいが、これでちゃんと仕事しているのかが甚だ疑問だったりするのだった。

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