表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1 年下カフェ「クリームブリュレ」

 東京は秋葉原。電気街、オタクの聖地と呼ばれる場所。日本でも有数の観光スポットだ。この地には、一風変わった喫茶店、カフェテリアが多く存在する。その代表的なものとして、メイド喫茶というものがある。メイドの格好をした女性たちが、「お帰りなさいませ、ご主人様。」という掛け声とともに客をもてなす。そして、その客のためにひと時の忠義を尽くす。その空間はまさに客にとって夢のようなものだろう。そのサービスは実に多様化して、この地に訪れる人々を楽しませている。

 その秋葉原の某所の2階にもそのようなカフェテリアが存在する。そのカフェテリアの店名は、「クリームブリュレ」。1年ほど前に新しくオープンした店だった。この店の従業員は“お客様の年下”という設定のため、別名、「年下カフェ」と呼ばれている。「お帰りなさい、おにいちゃん。おねえちゃん。」という挨拶で出迎えてくれ、従業員1人1人に設定された役柄で客をもてなす。従業員は年下の設定だけあって、可愛い顔をしていたり仕草をして客をメロメロにさせる。

 しかしその店に、俺、阿久根葛葉あくねくずはは少し悩まされている。なぜなら……

「稲葉の兄ー。最近毎日来てる気がするけど……暇なの?」

「どう見たって暇にしか見えないでしょ。悲しい人だねー。クスクスッ。」

「もっと何かすることないの?彼女作るとか。」

 最近ここの従業員の俺に対する対応がツンしかなくなったからだ。

 確かに、俺もここに通い始めた当初はチヤホヤされたものだった。

「お帰りーおにいちゃん!!今日も来てくれたんだー。うれしいなぁ。」

 こうして出迎えられて席に案内してもらうと、

「おにいちゃん、今日はどうする?おすすめはねぇ……」

 そう言って、メニュー表を見ながら食べるものを一緒に決めたり、

「この料理、おにいちゃんのために一生懸命作ったの。食べて食べて!」

 と、甘い声で運んできた料理をアピールしたり、

「今日はどんなことがあったの?教えてー。」

 と、プライベートな話を聞いて来たり、それはもう至れり尽くせりだった。

 しかし、現在をそれらに当てはめてみると、

「お帰りなさ……あぁ、稲葉の兄か。そこらへんの空いてる席座ってよ。」

 俺を見るなり急に冷たい態度をとられ、自分で空いてる席に座る。

「自分でメニュー取ってきて見てよ。それかいつものでいい?注文取るの面倒だし。」

 品物を選ぶにも頼むにもすべて人任せ。

「品物できたから取りに来てよ。」

 他の人の注文に行ったついでに、取りに来いと言われる。

「稲葉の兄ってさ、ほんとに趣味とかやりたいこととかないの?勉強とかちゃんとやってるの?」

 冷やかすようにプライベートを聞かれる。普通の客からしてみたらかなりひどい対応だ。俺にだけツンツンカフェ。それが売りの喫茶店は周りにあるが、この店はそれが主たる趣向ではない。本当におかしな話だ。

 そのような対応がなぜ行われるようになったのか。それには、少し理由がある。少し過去に遡ってその話をしよう。


 俺には実の弟がいる。阿久根稲葉。つまり、俺がここの従業員から“稲葉の兄”と言われているのはそういうことだ。その稲葉がこの店でアルバイトを始めたのがちょうど1か月前。4月のこと。俺は1人暮らしをしているため、稲葉がアルバイトを始めたことなど知らなかったが、母親からその話を聞いて俺は稲葉の出勤している時間帯に足を運んでみた。稲葉は「いなば」というネームプレートをつけて店の中を行ったり来たりしていた。本当にきちんと仕事しているんだと思って席に着いた俺は早速「いなば」を指名してみた。

「え……えっと、いなばですっ!おにいちゃんは何を食べるのっ……?」

 マニュアルにあったであろうセリフを言いながらこちらに目を向けないで早口でしゃべる「いなば」。俺は内心驚いていた。俺がまだ実家にいたころの稲葉は、俺を見るとすぐに部屋に駆け込んで行ってしまったり、話しかけても一言二言しか返事が来なかったり、どう見ても避けられている感じだった。でも、今この場にいる「いなば」はきちんと会話をしようとしてくれている。それに感動してしまったのだ。

「じゃ、じゃあ。このオムライスをお願いしようかな。」

 俺も変に他人と接するような言葉遣いになってしまう。自分からばらしてしまってもよかったのだろうが、あえてそれはしないことにした。「いなば」の普段の働きを見たいと思ったからだ。

「お、お待たせー。オムライスだよ。えっと、ぼくがおにいちゃんのために作ったんだよ。」

 緊張しているのか明らかにぎこちない。俺は心の中で「頑張れ!」と応援したくなった。

「まだ熱いから、ぼ、ぼくがフーフーして食べさせてあげるね。」

 「いなば」はスプーンで一口掬ってフーフーと冷ますように息を吹きかけると、「あーんして」と言って俺の口に持ってくる。口を開けると中にオムライスが入ってきた。食べてみれば普通のオムライス。しかし、いつも稲葉がしてくれなかったことを「いなば」がしてくれたということがスパイスになって、

「とてもおいしいよ、いなば。」

 俺は泣いてしまった。本当に嬉しかった。ここまで、実の弟のことを思っていたのかと自分自身が思い知らされた。その後、俺は「いなば」に俺だということを明かすと、一気に彼の顔が真っ赤になって今度は稲葉が泣きながらポカポカと俺を殴った。

 それからというもの、俺はほぼ毎日のようにこの店に通うようになった。次第に他の従業員とも仲良くなっていたのだが、ある日、俺が稲葉のストーカーなんじゃないかと一方的に従業員の間で噂され、結果的に冷たい目で見られるようになったのだ。過保護とも言われたこともある。最初は確かに稲葉が心配でここへ来ていたのだが、最近ではここへ来ることが日課となっていた。それとも1つの習慣という方がいいだろうか。いずれにしても、毎日飽きもせずに来ていたということがどうも原因らしかった。


「しっかし、なんで稲葉の兄は毎日ここに来てるの?こんなに冷たくしてるのに根性あるよねぇ。」

 自覚あったのか、君に。彼女はせりか。黒髪のツインテールをしたツンデレだ。少し聞いた話では、ある財閥のお嬢様らしい。しかし、なぜこの店で働いているのかは謎だ。

「ふん!その根性は認めてあげてもいいわよ。感謝しなさいよね!!」

 せりかは腕組をして勢いよく俺から顔を背けると、ツンデレ特有の態度をとる。どうやら調子はいいようだ。

「ほんとにせりかの言う通りだわ。私も見飽きてきたし、いっそ1か月くらいあなたの入店を禁止したいくらいよ。……ふふっ。」

 せりかの隣でクスクスと笑うのは、かれん。後ろについている大きなピンクのレース付リボンが特徴のブラウン系のロングヘアーの子で、店ではドジっ子という設定だ。可愛く甘い声が男たちや年上の癒されたい女の人たちに受けているらしい。俺も1度彼女に心を揺さぶられてしまったことがある。しかし、彼女の本性はご覧のとおり。これには最初、本気で驚いた。

「おにぃ、ぼくのことが心配なのはわかってるけどさ、ここに来るの控えた方がいいと思うよ。来てくれるのはうれしいけど……」

 そして、今俺の隣に座っているのが実の弟の稲葉。こげ茶色のショートヘアで小柄な体系をしていることから、お客に甘える立場であるデレを担当している。初めのころと比べると、大分その役割が板についてきているようだった。


 そんなこんなで、今や俺の日常の1つとなってしまったこの店でのひと時は瞬く間に過ぎていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ